あいのものがたり 2/4


 あたちが眠ってる間にご主人はそんな事をしてたのね。

 きっと弱々しくてグッタリしてたからかもだけど、基本的には優しいのよ。

 でも調子に乗らせるとすぐ意地悪になっちゃうんだから、ちゃんとあたちが手綱を握っていてあげないと危なっかしいわ。


 あの時って、どれくらい眠ってたのかな?

 気が付いたらお布団掛かってて暖かくて、ずぶ濡れだったのが錯覚だったかのように、夢をみてるのかと思った記憶が鮮明に残ってるわ。

 だんだん考えがはっきりして来て状況を理解できると『ありがとう』って云ったの。


 何度も云ったから、お腹が空いて催促してるとご主人は誤解したみたいでミルクを用意してくれたわ。

 お腹も空いてたけどお礼もしないで催促するなんて、あたしはそんな恥知らずじゃなくってよ。

 でも眼の前にミルクが置かれてしまうとぐぅぐぅ鳴ってるお腹には抗えなくて夢中で飲んじゃったけど。

 凄く美味しかったって覚えてるわ。


 空腹は最高のスパイスって云うけれど、あれは本当の事よ。

 だってあの時ほど美味しいミルクは飲んだ事ないもの。

 きっとあの時にご主人の面倒をみて行ってあげようって決めたのだと思う。

 だから毎朝お寝坊さんのご主人を根気よく起こしてあげてるし、あたちが居ないと何にも出来ないのがご主人ってヒトなのだもの。

 ちょっとポンコツなのは可愛いけど程度ものよ。いい?



 にゃんこはまた好き勝手に私の事を云ってるので、ルイの少し恥ずかしいお話を暴露してしまうとしましょう。


 仔猫の診療の可否を確認し予約も済ませると、私は動物病院に連れて行く為に用意をする事となった。

 よくキャリーバックに入れて診療に行く人を見かけるけど、当然そんな気の利いたバックは持ってないので代用出来るバックを探し、クローゼットの中を引っ掻き回した。

 ルイは手の平サイズであまりにも小さかったから、大き過ぎると歩いたり車の挙動で転がり回ってしまうのではと考えたから、適度な大きさで空間が圧迫されないバックとなると簡単なようでも全く見つからなかった。

 そこでバックは諦め、恰好は悪いがダンボールケースを見繕い適当な大きさのものを発見した。


 ダンボールにはバスタオルを敷き、簡単には飛び出したり出来ない様に上蓋代わりにフェイスタオルをガムテープで貼り付けた。

 まぁ、簡易ダンボールハウスって感じですが……

 そして念の為、空のペットボトルにミルクを小分けして、使い捨てのペーパーボウルや替えのバスタオルなんかと共に小さめのショルダーバックに突っ込んだ。


 用意が済めば車で行くのだけなので問題はなかったけど、動物病院で問題が起きたのだった。

 そこは週末で診療して貰える病院の絶対数が少ないのだろうから混雑してた。

 混雑イコール動物の密度も高くなる訳で、それまでこんな密度で他の動物と接した事のないルイは怯えてブルブルと震え、とても不安気に鳴き声をあげては私に懇願してきた。

 その様子は泣いてるように見えたのだ。

 いや、泣いてたに違いない。

 いまでは動物病院で臆さないルイにとって、この赤裸々なエピソードは恥ずかしい事この上ないだろう。



 にゃんてこと云うにょよぉ!

 噛んだ……

 もとい。何て事ぶちまけやがるのよっ!

 あたちは動物病院で泣いたことなんて無いんだからね。

 失礼しちゃうわねっまったくもうっ。


 訂正させて貰うと、あの時は初めて会ったコ達にご挨拶したの。

 なんでもそうだけど挨拶は基本中の基本じゃない。

 そんな事も解かって無いなんて、ご主人はコミュ障な上にデリカシーの欠片もない朴念仁で社会性に乏しすぎる欠落者なのよ。

 毎日あたちがお世話してあげてるのに、まだ悪癖が治らないなんて自覚が足らないのじゃなくて?

 これからはビシビシ躾けて行くことになるから覚悟なさい。


 でも本当はいまでも動物病院の薬品臭は苦手だわ。

 仕方の無い事なのだけど、嗅覚に敏感なあたちは過剰に反応してしまうし、他にも同様に敏感なコ達は揃って同じこと云ってるから、あの独特な匂いを苦手とするコは多いのよ。

 出来れば行きたく無いけど、定期健診とかワクチン接種は避けられないから我慢してるのが本音なの。

 それでも我慢できない事は在るわ。


 それはお注射する前の先生のもの凄く取り繕った満面の笑み。

 あの顔だけは虫唾が走る程に嫌いっ!

 絶対痛い事するんだからあんなワザとらしい顔なんてしないでさっさと済ませてよっ! ってなるの。


 安心させようって意図なのだろうけど、わざわざ高い所に揚げて置き騙し討ちみたいに突き落とすなんて、まさに鬼の所業だわ。

 本当に先生コイツは悪魔か何かなのかって疑っちゃうわよっ!

 お注射が終わったコは皆そう云ってるし、あの顔に二度と騙されたりする愚かなコ達も居なくてバレバレなんだから、あのアルカイックスマイルはさっさとお止めなさいな。

 お注射の針を見ないようにして、頑張って我慢するから嫌なものは見せないで!

 初めてお注射される小さな仔達のトラウマになるような酷い事なんだから……

 そんなのって可哀そうでしょ?

 こんどやったら動物愛護協会に言いつけて怒って貰うわよ。

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