料理と鼻水

 私はいま、味噌汁を作っている。

 具は、ご近所からいただいた大根と、水で戻した乾燥わかめ、それに5枚入って税込50円という家計の味方の油揚げ。

 いたってシンプルなものだ。

 出汁は、ちょっと手抜きして市販の素を使う。


 ただの主婦のなんでもない調理風景だ。

 味噌で味付けをして、ちょっとお醤油を垂らして、味を調えていく。

 小皿に少量の汁を入れて、口に含む。


 ――ふむ。分からん。


 だって花粉症なんだもん。薬を飲んでも効きが悪くて、鼻水出っぱなし。

 料理中はマスクをしてるけれど、中は鼻水でびちゃびちゃ。

 ちょくちょく鼻水をかんでいるけれど、料理は集中したいときがあるもの。

 食材を切ってる途中で鼻かみたくない。区切りのいい所まで終わらせてからにしたい。

 そうなると放置することもあるわけで、その隙を狙って、鼻水の奴が脱走していくのだ。


 ちーん、と鼻をかんで、一時的にすっきりした状態で、再度味見をしてみる。


 ――ふむ。やっぱり分からん。


 これまでの料理経験と、主婦の勘で微調整する。なにも、ヒントは味覚だけじゃないのだ。

 汁の色合い、野菜の煮え具合といった視覚情報。

 それに、これまで幾度となく作ってきたことで、私の中に統計情報として蓄積している経験値。

 それらがあれば、及第点の味は出せる。


 さあ、出来上がり。


 ふう、と息を吐いた。びしょびしょになったマスクは、スムーズに呼気を通過させず、紙風船のように膨らむ。そして、息苦しい。

 ところで、マスクへの水分供給は、内側だけではない。

 目の前の味噌汁は出来立てで、火を止めた今は、湯気がこれでもかと立っている。眼鏡をしていたら、間違いなく曇っている。


 内側からの鼻水と呼気。外側からは味噌汁の湯気。

 供給過多の水分が、マスクを伝い――水滴となって落ちた。

 鼻水と味噌汁の成分が混じった水滴。細菌と麹菌の共演。菌の国際交流。菌フェスティバル。


 それが、味噌汁に落ちていく――!



 水滴が落ちた。

 おたまの上に。

 私のゴールドアームが反応し、驚異的な反射神経でおたまを動かし、味噌汁が菌フェスティバルの会場になるのを防いだ。


 ――危機一髪。


 おたまはシンクに退場いただき、味噌汁の鍋の蓋をかぱりと閉めた。


 その日の夕食。味噌汁を口にした旦那が一言。

「おいしいけど、いつもより濃い……?」


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