ヘレスポントスの戦い前
戦略会議。
まずはミハエルが銀盾隊の情報から言っていく。
傭兵部隊フォイニクス隊のミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒだ。よろしく。
フォイニクスが
(俺知らねーぞてめーらなんて!)
という顔でミハエル、フレッド、アリウスをギャグ顔のような、苦虫をかみつぶしたような顔で睨む。
が、ミハエルは無視して、
【銀楯隊(アルギュラスピデス) 完全解説】
基本情報:
アレクサンドロス大王の精鋭歩兵部隊
名称の由来:銀箔を貼った盾(1枚あたり5kgの純銀使用)
嫁のサリサが「当時の価値で1部隊分の盾=小都市の年収」と計算
戦闘特性:
● 装備:
→ 3m長サリサ(嫁の名前に似てるけど! 両手持ち槍)
→ 銀盾(実際は銅製に銀メッキ)
→ 重量:全身装備で32kg(現代特殊部隊の2倍)
● 戦術:
→ 「歩兵の壁」戦術の要
→ 1分間に6m前進しながら槍を突く規律
→ 嫁、水鏡冬華が「動く城壁」と評す
ミハエルは銀盾隊の解説しながら、エウメネスに向かって笑みを浮かべた。
彼らのテント内での会話は、やがて真剣な戦略会議へと変わっていた。
「銀盾隊について、わたしたちの世界での研究結果を共有しよう」
フレッドとアリウスも頷き、三人はエウメネスを囲むように座った。
エウメネスは彼らの言葉に耳を傾け、時折眉を寄せたり、驚きの表情を見せたりしていた。
「アリウスくんが考えた改善案がある」
ミハエルは言った。
「エウメネスくんに足りないものとして、感知兵の配置と陣形魔導陣の導入が有効だろう」
アリウスが静かに説明を続ける。
「特に銀盾隊の裏切りを予測するには敵意感知の魔法が使える兵が効果的だ。
さらに、パラエタケネの戦いでは陣形魔導陣を導入すれば、効果は倍増するでしょう」
エウメネスは首を傾げた。
「敵意感知の魔法兵とは? 陣形魔導陣とは?」
「わたしたちの世界の技術だ」
ミハエルは言った。
「簡単に言えば、裏切りの兆候を事前にある程度察知し、戦場での陣形の効果を高める方法だ」
エウメネスは考え込みながら頷いた。彼は三人の話に興味を示しつつも、信じがたそうな表情も見せている。
そのとき、アリウスが危険な提案を口に含んだが我慢して出さずにいた。
(理論上は、アレクサンドロス大王の亡霊を魔導兵器化することも可能だけど……そこまでは、ね。そういうのは妹弟子のヴェザリーヌの方が得意だし)
ミハエルはアリウスをしずかに見ていた。
フレッドも銀盾隊について自分の見解を述べ始めた。
「エウメネスちゃんに足りないのは、給料問題の解決策と兵士の士気向上だ。
給料未払い問題は美女会計官を雇えば解決するし、銀盾隊に女性兵士を混ぜれば士気は向上するぜ!」
エウメネスは呆れたように少し笑い、興味深そうに聞いていた。
フレッドはさらに続けようとしたが、ミハエルが制止した。
「フレッドよ……ペルシャ式ハーレムの話はやめておけ。別にの意味でピンチになる。わたしたちの股間が」
その言葉に、テント内の空気が笑いと共に軽く変わった。
「ところで」
エウメネスが真剣な表情で質問した。
「あなたたちは本当にこれから起こる戦いを予見できるの? ぼくの運命も?」
ミハエルは静かに頷き、テント内のランプの光が揺れる中、エウメネスの目を見つめた。
エウメネスはミハエルの静かな頷きを見て、自分の運命を本当に知っているのかという緊張感が彼の顔に浮かんだ。
「あんたらが未来から来たと信じるなら、ぼくはどうなるんだ?」
エウメネスが再び問いかけた。彼の眼には決意と不安が混在していた。
ミハエルは思い悩んだ。どこまで話すべきか。
エウメネスの真剣な表情を見つめながら、どこまで話すべきか慎重に考える。
このギリシャ人は才能に溢れているのに、マケドニア社会で常に外部者として扱われ、最後は裏切られる運命にある。
一方で、ここでの情報が歴史の流れを変えてしまうとしたら……。
「エウメネスくん」
ミハエルは静かに口を開いた。
「クラテロス戦はきみの才能を示す重要な戦いだ。そしてきみは勝利する。わたしたちがいなくてもな」
フレッドが身を乗り出し、追加した。
「だが注意が必要だぜ。
あんたの正統性を認めない連中は多いし、勝利の後も油断はできねえ」
アリウスが静かに続けた。
「特に銀盾隊には気をつけてね。彼らはあなたの力になるけど、同時に……」
「裏切りの可能性があるということか」
エウメネスが言葉を引き取った。
「それは予測していた。マケドニア人はギリシャ人の指揮下にいることを本心から喜ばない。それでもぼくを支持する者はいる」
ミハエルは立ち上がり、テント内を歩きながら説明を続けた。
「クラテロス戦の後、きみは次第に友人の隻眼のおっちゃんアンティゴノスと対立することになる。彼こそがきみの最大の敵だ」
フォイニクスがテントの隅から咳払いをした。
彼はまだ三人の謎めいた来訪者に不信感を抱いているようだったが、話の内容には興味を示していた。
「具体的な戦術についても教えろよ」
フォイニクスが口を挟んだ。
「せっかく未来人を名乗るなら、役立つ情報を出せ」
ミハエルはフォイニクスに目を向け、微笑んだ。
「まあそう焦るなって。不死鳥の名を持つオールバックのにーちゃんよ」
この男は記録に残っていない人物だが、エウメネスの側近として重要な役割を果たしているようだ。
「クラテロスの戦術は伝統的なマケドニア式ファランクス布陣だ。
しかし彼の真の強みは兵士たちからの絶大な信頼にある。
指揮の高さと士気の高さ。
さらに彼は、『エウメネス軍のマケドニア兵が自分の姿を見た途端寝返る』所まで計算に入れているだろう。
それほどに彼はマケドニア軍人の中では人気のイケメンちょび髭だ。
だからこそ、エウメネスくん、きみの作戦は正しい。
クラテロスの姿をこっちの兵士たちに見せないことが重要だ」
エウメネスは思案げに頷き、テーブルの上の地図に視線を落とした。
「それで……ぼくの最期はどうなる?」
テント内が静まり返った。
ミハエル、フレッド、アリウスは互いに視線を交わした。
「アンティゴノスは君を捕えた後、自分の指揮下で仲間にしようというつもりでいたんだ。実は。
でもそれを許せないマケドニア貴族主義のやつらが、牢屋にいる君をぶっ殺して終わり。君の人生は。
でも敵将アンティゴノスでさえ認めたエウメネスが灰を君の妻へ返還する。
妻への灰返還は『古代における最高の誉れ』だったっけ?
それで我々はここで歴史を変えるつもりだ」
ミハエルは決意を込めて言った。
「君をその流れから救う。気まぐれでな。救世主は気取るつもりはない。ただの気まぐれだ」
ミハエルは咳払いをして照れたように笑い、言葉を口に出した。
テントの中の空気がひんやりとしている。ランプの光が揺らめき、エウメネスの東洋的な顔立ちを照らし出している。
歴史を変えるとミハエル達が宣言した後、テントの中は静まり返った。
エウメネスは目を少し見開き、彼の運命を知っていると主張する三人の間で視線を移動させた。
アンティゴノスとの将来について明かされたことが、彼の心に重くのしかかっているようだった
エウメネスはテーブルの上で指で無意味な模様を描きながら、
「つまり、ぼくはアンティゴノスに敗れる運命なのか……」
とつぶやき頭をかいた。
「実力負けでなく、銀盾隊の裏切りでな」
ミハエルはそういいつつも前のめりになり、自分の魔法で目の前に出現させた奇妙な文書を調べた。
エウメネスの個人生活とロマンスの詳細について、彼の目は体系的に情報を追っていった。
なんと魅力的な発見だろう!
エウメネスにはペルシャ人の妻がいた—―歴史がその名を忘れてしまった女性だ。
夫の遺灰から青銅像を作ったという詳細は、ミハエルの心を深く打った。
これは愛のない政略結婚の女性の行動とは思えない。
「あなたはペルシャ人女性と結婚してるんじゃん。悲恋だらけの人生じゃなくてよかったね」
とミハエルは静かに言った。その声は知識の重みを帯びて優しく響いた。
エウメネスは鋭く顔を上げた。
「どうしてそれを知っとるんじゃ~~い! ぼくはこの陣営の誰にも妻のことを話していないぞ!?」
フレッドとアリウスは視線を交わし、はっきりとこの確認に驚いた様子だった。
「ふむ、この文書は真実を語っているようだな」
とミハエルは続けた。
「君の結婚はスサノオに名前と似てるあのスサの街でアレクサンドロスの文化融合政策の一環だったが、そこには本物の愛情があった。
歴史的記録によると、きみの……ある出来事の後、彼女はきみを深く敬ったんだ」
エウメネスの表情は柔らかくなり、ひそかな微笑みが一瞬彼の唇に触れた。
「彼女は素晴らしい人さ。ぼくたちの絆を理解する者はほとんどいない」
「面白いのは」
とフレッドは笑みを浮かべて付け加えた。
「私たちの厳格な司令官エウメネスが、葡萄酒を注ぐのが上手で、宴会では踊りさえしていたと知ることだ!」
エウメネスの頬がわずかに赤らんだ。
「人はさまざまな一面を持つものだ。ペルシャ人の妻が両方のスキルを教えてくれただけだよ!」
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