フォイニクスの傭兵隊
「だからって、踊りを披露しろとは言わないから安心しろ」
フレッドが軽口を叩く。
「踊るのも戦うのもリズム感の問題だろ? それに踊りながら戦えば、敵は動きを予測できなくなるかも」
アリウスが静かに咳払いをした。
「フレッド……それはあまり現実的な戦術とは言えないよ」
「それより」
フォイニクスが席を立ち、テーブルの地図に近づいた。
「明日の戦いの具体的な配置について詳しく聞きたい。おれたちの部隊はどこに配置すべきか」
ミハエルはエウメネスの表情を見た後、地図に視線を移した。
歴史を変えると宣言してしまったからには、具体的な行動計画が必要だ。
エウメネスの命運はアンティゴノスとの対決にかかっている。
しかし、まずは強豪クラテロス戦を勝利に導かなければならない。
(わたしたちが加わったから逆に負けとか、申し訳ねーからな)
「フォイニクスの傭兵隊は機動力が高いな。わたしの考えでは、こちら側の騎兵隊と共に右翼に配置するのがいい」
ミハエルは地図上の右側を指差した。
「あのダンディちょいヒゲの短髪武人気質クラテロスは左翼に自らの精鋭を配置する癖がある。
左ね。それに対抗するために、エウメネスはネオプトレモスとの一対一の戦いに集中できる」
「はて?」
エウメネスが不思議そうな顔をした。
「ぼくがネオプトレモスと直接対決するつもりだとは言っていないが」
「だってしそうな顔つきしてたんだもん。ネオゴリラと」
ミハエルは子どものような口調でそういう。
フレッドが素早く話を引き取った。
「そもそも、あんたと蛇女オリュンピアスの護衛までしてたネオプトレモスは因縁があるだろ? だからそういう流れになるさ。で、俺たちの考えでは」
彼は地図上で三つの位置を指し示した。
「まず、ミハエルとおれはお前の傍についている。
お前とネオプトレモスの対決を援護する。
アリウスは後方で魔法…いや、工学的な支援をする」
テントの入り口から差し込む夕日の光が、ミハエルの顔に金色の輝きを与えていた。彼は若い兵士の告げた言葉を聞いて頷き、フレッドとアリウスを見やった。
「夕食か。エウメネスの恋愛事情の話で腹が減ったな。なんちて」
ミハエルは立ち上がりながら言った。
「食事をしながら、今夜の戦略会議の準備をしよう。私たちが歴史を変えるなら、万全の状態でなければならない」
食欲とともに疲労感も彼の体に広がっていた。
ケルトのトゥアハ・デ・ダナーン(ダーナ神族)の女神モリガンのVRによる異世界への突然の転移(風)に乗っかるのは、霊波動を使ったとはいえ、体力を消耗する行為だった。
彼は胸元を軽く叩き、霊波気を整えるための呼吸法を静かに実践した。
フレッドは滅炎剣と滅氷剣を鞘に戻し、腰に固定した。
「食うか。じゃあ行くか」
彼は軽快に言って、テントの入り口に向かった。
「向こうで詳しい話を聞かせてくれよ、ミハエル。クラテロス戦の詳細とやらをな」
アリウスは静かにテーブルにあった地図を見つめ、メンタルマップとして記憶していた。
「エウメネスは興味深い人物だね。彼が地球の歴史書で描かれているのとは少し違う印象を受けるよ」
彼は静かな声で言った。
「特に彼の東洋的な容姿は…日本人に似ているというミハエルの指摘は的確かも」
ミハエルはアリウスの方を振り返った。頭の中で様々な可能性が巡っていた。
「それについても考えていた。彼の容姿についての記述は歴史書に残っていなかったはずだ。もしかすると、これはただのVRシミュレーションではなく、何か別の…」
「おいおい、んなこと今考えたってわからねーぞ」
フレッドが入り口から振り返り、話を遮った。
「今は腹が減った。食いに行くぞ」
三人はテントを出て、兵士に案内されるまま食事用のテントへと向かった。宿営地には既に夜の気配が漂い始め、兵士たちが松明や灯りを準備していた。
食事用テントに着くと、エウメネスの姿はまだなかったが、長いテーブルの上には既に食事が並べられていた。パンと肉、ワインの壺。質素だが充分な量だった。
ミハエルは席に着きながら考えた。
この時代の食事を体験する機会など二度とないだろう。
しかし、本当に重要なのはこれから始まる戦略会議だ。エウメネスをアンティゴノスの罠から救うための計画を立てなければならない。
「いよいよ本格的に始まるな」
彼は呟いた。テントの入り口が開く音が聞こえた。
テントの入り口から食事用のテントに入ってきたのはエウメネスだった。彼の東洋的な顔立ちが夕日の残り火に照らされ、より一層際立って見える。彼の後ろには、フォイニクスとエウメネスのお気に入りの副官であるフォスフォロスが続いた。
「暁の明星か。名前的には引っかかるが……」
ミハエルがうめく。
「はい?」
フォスフォロスが聞き返す。不意の名前いじりだから無理もない。
(だって堕天使ルシファー想像しちゃうんだもんーち○こ)
ミハエルは胸の内でそうぼやいた。
「すまない、お待たせした」
エウメネスはテーブルに近づき、ワインの壺から自ら器に注ぎ始めた。
彼の動きは流麗で、フレデリック=ローレンスの指摘通り、葡萄酒を注ぐ手際は確かに良かった。
「数人の斥候が戻ってきたところだ。クラテロスの部隊はわれわれの予想より早く進軍している。それと見慣れない服を着た100人力の神が数人いると偵察部隊から情報入った。心当たりはあるかい? ミハエル」
ミハエルは一瞬、驚きを隠せなかった。ギクッとする。
歴史書では、クラテロスの進軍速度はもっと遅かったはずだ。
もしかすると、彼らの存在がすでに歴史の流れを少しずつ変えているのかもしれない。
「どのくらい早いんだ? そしてその神とやら、巫女装束や十二単でエネルギー波とか光り輝く熱衝撃波撃ってなかった!?」
ミハエルは、目の前のパンを手に取りながらげんなりとした顔でエウメネスに尋ねた。
「冬華やさゆと敵対か~? VRだからって、こりゃ」
ミハエルはそうごちた。
(マジで油断すると負ける。水鏡冬華や桜雪さゆが敵対陣営にいるとなると。
他にもホワイトライガーの因子を持つサリサ=アドレット=ティーガーや黒竜の因子を持つ竜神フィオラ=アマオカミなんていたら洒落にならん)
「おい、ミハさん! やべえぞサリサとかVRだからって楽しんで敵対しそうじゃねえか! あんのバトルマニア!」
フレデリック=ローレンスが慌てていう。
「まずいね……そういえばモリガンのVRの術に巻き込まれたのは女性陣もそうだった。今まで気にしないでおいたけど……気にせざるを得なくなったね。わたしも全力出してもサリサちゃんや冬華ちゃんに勝てるかなぁ……」
と、アリウス。
「明後日の朝には接敵するだろう」
3人の慌てっぷりは置いておいて、フォスフォロスが答えた。
彼は痩せ型で、鋭い目をした男だった。
「クラテロス本人が前衛を率いている。ネオプトレモスは右翼を指揮しているようだ」
「どこらへんがネオなんだろうな? ネオプトレモス」
名前いじりを始めるミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒ。
「ゴリラっぽい外見がネオなんじゃねぇ? ネオプトレモス」
フレッドが笑ってそういう。
エウメネスはワインを一口飲み、地図を広げた。
「ここが問題だ。クラテロスは左翼ではなく前衛にいる。ネオプトレモスは右翼。これではあなた方の予言とは少し違っているようだが」
「そうだな。それに加えて冬華やサリサや位置を考えてもしかたがない。だってわたしたち音を置き去りにして接敵できるもん、お互いに。そして惑星を一撃で破壊できる攻撃力でお互いを攻撃できる。わたしたちも嫁軍団も、お互いに」
ミハエルの心の中で警鐘が鳴った。これは想定外だ。
クラテロスが前衛にいるとなると、エウメネスとの直接対決は避けられなくなる。そしてサリサ=アドレット=ティーガーや水鏡冬華がいるとすれば、容易に作戦がつぶれる事もある。
それはつまり、ネオプトレモスとの一対一の対決もなくなる可能性大。
「わたしたちの存在自体が歴史の流れを変えているね……」
アリウスが静かに言った。
「クラテロスは何かを察知したのかもしれねーな。あのちょび髭」
フレッドはパンをちぎりながら言った。
「まあ、どちらにせよ奴らを倒すことには変わりがないだろう」
エウメネスはフレッドの言葉には応えず、ミハエルの方を見た。彼の目には複雑な感情が宿っていた。
「それで、ぼくの命運も変えられるって?」
彼の声は静かだったが、その問いの重さがミハエルの胸に迫った。
ミハエルは口の中のパンを飲み込み、ワインで喉を潤した。
霊波動によってエウメネスを守れるだろうか? 自分と互角のサリサや冬華が敵陣にいたと仮定して。
アンティゴノスの罠から救い出せるだろうか?
彼自身もまだ確証はなかった。
(サリサや冬華があちらにいたとしたらなあ……う~ん……)
「できる限りのことをする」
ミハエルは誠実に答えた。
「わたしたちの霊波動の力をもってすれば、アンティゴノスとの対決でも心配はいらない。嫁軍団がクラテロス側にいなければ!」
エウメネスはしばらくミハエルを見つめた後、ゆっくりと頷いた。
「わかった。それなら、明日は全軍に休息を取らせ、明後日の戦いに備える。今夜は詳細な戦術を練ろう」
彼は地図の上にいくつかの小石を置き、陣形を示し始めた。
「ここが我々の主力となる歩兵隊だ。ここに騎兵隊を置く」
食事を進めながら、ミハエルたちは明後日の戦いについて、深夜まで話し合った
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