逆ベイビー

後藤文彦

逆ベイビー






めが さめる


あたたかい


からだ いたくない


ここ どこだ?


くさくない


あかるくて きれいな へや


げりうんち もらしてしまったかな


また おたあさんに けられる


どうしよう







 2070年、脳内マイクロロボットの思考監視によって、殺人や虐待などの犯罪は起きなくなっていた。2050年代から人間はいくつかのレベルで不死化することが技術的には可能になり、2060年代には法整備も進んだ。現在の肉体の状態を保持したままで遺伝情報内の寿命プログラムを解除する遺伝子レベルでの不死化(肉体維持型)、電子脳アンドロイドに意識コピーしての不死化(アンドロイド型)、シミレーション仮想空間のアバターに意識コピーしての不死化(仮想空間型)を始めとして、もちろん自然死も含めて実に多様な選択ができるようになっていた。






 一方で、自分たちは不死になれたものの、2065年に実現した不死化サービスに間に合わずに死んだ家族や恋人、親友等をなんとか再生したいという願いを持つ人も多かった。死んだ愛しい人を再生して一緒に暮らしたいという文化自体は、実は2000年代の人工知能を利用したウェブサービスとして既に生まれていたものである。当時の人工知能は意識を伴わない弱い人工知能であったが、故人の残したネット上の発言ログから、故人の会話における反応の癖を解析してそれをまねるアプリが、遺族を慰める目的で開発されていた。その後、2045年には意識を持つ強い人工知能が作られるようになり、人間の脳の意識アルゴリズムも解明されてその等価回路をコンピューター上で再現できるようになったことから、愛しい故人を再生したいと願う人々は、故人をちゃんと意識のある本物の故人として復活させてほしいと考えるようになった。






 出生時に遺伝情報がデータベース登録されるようになった2040年以前の生まれで、プライバシーの観点から個人の遺伝情報を医療機関のデータベースに提供することを拒んでいた故人の場合ですら、数人以上の遺族の遺伝情報が登録されていれば、遺族の遺伝情報と、故人の動画や発言ログ等の特徴から、逆解析と言われる手法によって故人の遺伝子型と死亡時の表現型(簡単に言えば環境から受けた影響)の状態に関してはほぼ確定的に特定することができた。ただ、逆解析からの推定が困難だったのは、故人の脳内の記憶、思考や感情の特徴すべてを含む意識回路そのものの復元である。






 これは、2065年の不死化サービスが始まった当初では、肉体維持型で不死化されている人が、頭部を失うなど脳内マイクロロボットが回収不能な状態で事故死した場合の復元でも起こり得る問題ではあった。まあ、そんなことが起きる確率は現実には無視できるのだが。アンドロイド型や仮想空間型の場合、既に意識回路はコンピューター上で走っているわけで、その記憶や現在までの活動履歴のバックアップを取ることができるので、仮に何らかの事故でハードウェアやシステムが損傷しても、事故直前で最後にバックアップが取られた時点の意識の状態を復元できるようになっていた。とはいえ、事故のリスクは2060年代には人工知能が徹底管理していたため、アンドロイド型や仮想空間型で不死化した人間がハードウェアやシステムの損傷で事故死する確率自体がほぼ無視できるものだった。既に2030年代から車の自動運転化を始めとする各種機械操作の自動化が普及したことで、ヒューマンエラーによる事故はほぼ起こらなくなっていたし、2040年代には遺伝情報の解明が進み、ほとんどの病気が治療できるようになってきていたので、老衰(に伴う病死)に次ぐ人間の死因は、自殺と殺人によるものとなっていた。そして2045年の強い意識の登場以降、人間の意識アルゴリズムも解明されてしまったから、どのような意識状態になると自殺や殺人を実行するのかも判定できるようになった。






 2049年、国際警察は、すべての人間の脳内にマイクロロボットを埋め込んで意識状態を常に監視し、殺人等の重大犯罪や自殺を犯そうという意識状態になった場合に、国際警察にその人間の位置情報を送信するようなシステムを導入すべきだと主張した。そうすれば、犯罪を事前に防止し、犯罪を犯そうとした者に更生プログラムを受けさせたり、自殺未遂者にカウンセリングを受けさせたりできると。しかし、それは国際政府の思考検閲であり、現行の国際政府のやり方に批判的な考えを抱く者を事前に排除することに悪用されるに違いないと強い反対運動が起こった。2050年頃から、国際政府は人工知能の助言を受けるようになってきており、既に国際政府自体が電脳政府化してきていた。合理的判断がデフォールトの人工知能たちにとって、自己の判断の欠点を批判に曝して改善することの利益は自明のことでしかなかったから、わざわざ批判をブロックして自己暴走を誘発するようなことはするはずがないと主張しても、思考監視システムの反対派は納得しなかった。ところが、思考監視用のマイクロロボットは、犯罪や自殺を防止する思考監視の目的だけではなく、もうじき技術的に可能となる不死化サービスの実現のために、記憶データや意識状態をバックアップしておくのに是非とも必要な処置なのだということが宣伝された途端、反対派も不死化の誘惑には勝てないのだろうが、勢いを失い、結局2055年には人間の脳内にマイクロロボットを埋め込んで思考監視・意識バックアップするシステムが導入されることとなった。つまり、2055年以降は既に自殺や殺人により死ぬ人もほぼいなくなり、主な死因は老衰だけとなっていたわけだが、不死化サービスが始まる2065年までの約10年間のうちに死んだ人については、死ぬ直前にマイクロロボットが保存した意識バックアップから、故人の意識状態を再生することもできるようになったのだ。






 というわけで残された課題は、2055年以前に死んだ人を再生したいというニーズに対して、意識バックアップの存在しない故人の意識状態をどうやって再生するかということだった。2045年に強い人工知能が登場して以来、自ら最適な解析アルゴリズムを開発する人工知能コンピューターは爆発的に自己進化を続け、逆解析と言われる手法も劇的に進歩した。一般に物理の問題では、既知の原因(条件や状態)から、どのような結果が得られるかを解析することを順解析というのに対して、得られている結果から未知の原因(条件や状態)を推測する解析を逆解析と言う。もともとは物理現象の挙動解析に使われていた手法だが、人間の記憶や意識状態を推測することも逆解析できるようになっていった。不死化サービスの始まった2065年の時点では、故人に関わった人々の故人に関する記憶データベースと整合するように逆解析することで、故人のように発言し行動する意識回路を、少なくとも故人に関わった人が「故人だ」と確信できる精度で、推定・復元できるようになっていた。法律的にも故人の再生は、故人の当然の権利だと考えられた。というのも、もし故人が不死化の可能な時代に生まれていれば不死化を希望したかどうかということすら、逆解析により判断できるようになったからなのだ。






 そんな中、新たに特殊な需要が生まれた。脳内マイクロロボットによる思考監視のなかった時代、様々な事情で育児に問題を抱えた親たちの中に、自分の子供を虐待して殺してしまう人もいた。2000年代の最も治安の良い国家でさえ、一年間に十才以下の子供の十万人に一人が、親の虐待により殺されていた。こうした思考監視のなかった時代に殺人等の重大な犯罪を犯した経験を持つ人々は、不死化サービスを受ける前に更生プログラムを受けることが義務づけられていた。というか、更生プログラム自体は、思考監視で犯罪指向が指摘された人に受けさせるためのもので、一旦、更生プログラムを受けた人は、重大犯罪に結びつくような自分の衝動を客観視して抑えられるようになり、二回以上も思考監視にひっかかることは稀だった。そういう意味で、2055年の思考監視システムの導入前に殺人を犯してしまった人というのは、思考監視システムという社会的インフラ整備が不備だったために殺人を犯してしまったと考えることもでき、国際政府は2055年の思考監視導入前の殺人犯については、インフラ整備不良の被害者と見なしてケアすべき対象として扱った。2055年以前に重大犯罪を犯した人が更生プログラムの訓練により相手の身になって想像する思考パターンを獲得することに成功すると、いくらインフラ整備不良の被害者と扱われたところで、とてつもない後悔の念に駆られるようになるのが普通だった。特に殺人を犯してしまった人は、なんとか自分の殺した相手を再生して謝りたいと考えるようになった。ただ、不死化サービスが開始された2065年時点で、意識バックアップや逆解析を用いた故人の再生も可能になってはいたが、他人を再生するには、自分の不死化よりも多額の費用が必要であった。





 2045年の強い人工知能の登場以来、あらゆる生産業は自動化されていったため、2060年代ぐらいになると、ほとんどの人はベーシックインカムだけで十分な生活ができるようになり、それ以上の収入を得ようとするには、人工知能が付加価値を認めるだけの何らかの才能が必要とされた。才能のない大部分の人は趣味として労働し、少額の報酬しかもらえなかった。そういう状況で、肉体維持型の不死化サービスを受けるのに必要な費用は、およそ平均月収程度であり、一般庶民にも手の届くものであったが、2055年以前に死亡した家族等を逆解析により再生するサービスは、一般庶民に手の届くサービスではなかった。面白いのは、不死化サービスの場合、肉体維持型、アンドロイド型、仮想空間型の順に料金が高くなっていくのに対して、逆解析による故人の再生サービスの場合は、ほぼ逆であり、死んだ親族などを生身の肉体で再生することができるのは、才能に恵まれた一部の金持ちだけであった。





 ところが、浮かばれない死に方をした故人の再生に対して資金援助を行う団体が現れた。唯一創造神教が主導している宗教ネットワークだ。唯一創造神教は、人間の意識は「霊魂」によって発生し、脳が死んでも「霊魂」は死なないので意識は消滅しないと主張していた。とはいえ、2045年に強い人工知能が登場して以来、「意識」がどのようなアルゴリズムで生じるのかということについては、既に科学的に解明されていることだった。

どうやら、いくつかの「錯覚」の組み合わせにより意識を「自覚」しているつもりになるのだが、その仕組みを作るかどうかで、

家電ロボットや各種案内ロボットの人工知能を「意識あり」にも

「意識なし」にも設定でき、

「意識あり」の場合は、当然、

「人権」も発生するといった倫理的・法的な問題も既に日常化していた。

つまり、特定のアルゴリズムによって意識が発生するという知識は、既に日常感覚の中で常識化していたので、意識の他に霊魂があるとか、脳が死んでも、霊魂は天国に行って思考を続けるといった宗教の発想は、科学技術や知識のなかった時代の昔の人が考えたことと捉えられるようになっていった。つまり、肉体の死後に人間の霊魂が天国に行って永久に生きられることを説く宗教各種は、2045年の強い人工知能の登場以降、どんどん説得性を失い信者数を減らしていった。それに追い打ちをかけたのは、2065年開始の不死化サービスである。人間は死ななくなり、思考監視により犯罪も起きなくなった。ベーシックインカムにより貧困もなくなった。既にこの世が、永久に生きられる天国になったのだ。そこで、唯一創造神教の教派連合は戦略を変えた。聖典に書かれている天国というのは、実は不死化の実現した現代の社会のことだったのだと主張しだした。というのも、「意識バックアップ」や「寿命プログラムの解除」といった概念を理解できない時代の自分たちの先祖が、神の使者の言葉を当時の語彙で表現した聖典自体は、全く間違っていないどころか、不死化が実現した現在の天国を驚くほど的確に予言・記述していて、聖典は現時点でもそのまま有効なのだと解釈し直したのだ。更に、霊魂というのは、その人に固有の意識アルゴリズムと記憶情報の総体で、死後も天国で生きられるというのは、現在の逆解析による再生を意味していたのであり、不死化サービスに間に合わずに死んだ過去のすべての人間も、最終的には全員が天国(この世)で逆解析により再生されるのだとうそぶいた。





 宗教ネットワークは、不死化サービスに間に合わずに不条理な死に方をした人で、現在の逆解析技術で高精度に再生できる数十年前以内に死んだ人に対して資金援助を行うと発表した。人並みの才能の人間がビジネスで一定の収入を得るのが難しい時代に、何らかの形の献金で成り立つ宗教は、人間が人工知能と張り合える数少ない商業活動の一つとなっていた。ただ、意識アルゴリズムが解明されている時代に「霊魂」を信じさせるのもさすがに無理が出てきたため、宗教ネットワークもあの手この手で、信者獲得のための必死の宣伝活動を行っているのだ。






 ぎりぎりで間に合った。私はもう九十才だ。殺人を犯した前科者も更生プログラムを受けることで不死化サービスを受けられるようにする法改正に間に合ったのだ。私は肉体維持型のオプションで、希望の年齢時点からの生物学的な不老不死化を選択した。ちょうどマルを虐待死させた二十五才の年齢で。私の服役期間は2055年の思考監視が始まるずっと前にとっくに終了し、現在の私は社会復帰している。現在の精神スキャンニング検査により、マルを虐待殺人した原因は、私自信が親から虐待の被害を受けていたことによる60%程度の環境要因と40%程度の遺伝要因にあることも分析済みではある。そしてあの時、もし思考監視システムが存在してさえいれば、私は更生プログラムを1回 受けることで、もうマルを虐待することはなかったであろうということもわかるそうだ。しかし、私のことをすがっていた――私しかすがる人のなかったかわいそうなマルを絶望の中に死なせてしまったことは、何十年間 悔やみ続けても悔やみ切れない。マルを再生し、謝りたい。マルを再生し、もう一度やり直させてほしい。マルを再生し、親に愛されたしあわせな子供時代を与えてやりたい。絶望の中に死んだマルの無念を晴らしてやりたい。唯一創造神教はそれを叶えてくれる。やっぱり神様は助けてくれるのだ。






 虐待死させた子供の再生は法的には可能である。ただし、再生された時点では、肉体的損傷は修復されているものの、精神的損傷はそのままである。そうでないと虐待死した子の同一性が保たれない。そのような極度の精神的損傷を受けた子供を、いきなりその加害者である親と面会させることはできないため、まずは養育ロボットに養育させながら親との対面の準備を行う。






 ロボは、とてもやさしい。マルはロボが とてもすきだ。ロボは ここは てんごく じゃなくて みらい の せかい というけど、どう かんがえたって ここは てんごく だ。へや は あったかくて たべものは おいしくて ロボは やさしくて たたかない。





 この てんごくに あるひ おきゃくさんが やってきた。マルは いやな かんじ が した。おたあさんだ。おたあさんに ないしょで てんごく に きたから おこられるんだ。また なぐられる。けられる。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。






「マル、おたあさんだよ。ごめんね。ほんとうに、ごめんね。おたあさんは、ほんとうに ひどいことをしてしまった。」






 わたしの精神はパニックを起こした。またいつかおたあさんがやってくるかもしれない。そう思うと、たびたびパニックを起こした。それから、おたあさんが面会に来ることはなかった。





 恐らく、もうパニックは起こさないだろうと思えるぐらい精神的に余裕ができ、年齢的に成長してからも、わたしはおたあさんを拒否し続けた。ロボがわたしの親だった。





 ロボは「意識なし」の人工知能を持つ養育ロボットだったが、そのアルゴリズムは絶対に養育対象を裏切らないようにプログラミングされていた。だからわたしには、裏切らないプログラムの方が、意識を持った人間よりも安心して愛情を注げる対象となった。





 わたしがどうして再生されたのか。その理由を知って、わたしはますますおたあさんが許せなくなった。おたあさん自身も一定レベルでは、幼少時の虐待の被害者なのだということも知ってはいる。自分が子を虐待死させてしまったことを後悔し、その子を再生させたいと思う気持ちは共感できる。でも、わたしが一番 愛情を必要とした時期に、わたしを絶望させ殺したおたあさんを許すことはできない。





 逆ベイビーとして再生されたわたしは、養育ロボの愛情を知り、生まれてよかったとは思う。でも、ロボの愛はプログラミングされた行動で、本当の愛情ではないことも今となってはわかる。わたしは未だに心の隙間を埋められないでいる。おたあさんに愛されたかった子供時代のわたしに、たっぷりの愛情を与えてやりたい。わたしは、子供時代のわたしを慰めてやりたい。





 二十才になったわたしは、法的に子を養育することが認められるようになった。宗教ネットワークの資金援助と逆解析再生センターの勧めもあり、わたしは、わたしが殺されたときの五才の状態のわたしを再生してもらうことにした。






めが さめる


あたたかい


からだ いたくない


ここ どこだ?


くさくない


あかるくて きれいな へや


げりうんち もらしてしまったかな


また おたあさんに けられる


どうしよう


このひと だれ?


おたあさん?  にてるけど、


おたあさん じゃない







 わたしは五才のわたしを、マルを抱きしめた。もうだいじょうぶだよ。もうだいじょうぶだよ。マルはいつまでも警戒して震えていた。






 わたしは一ヶ月間マルと一緒に暮らし、わたしの精神もマルの精神もとても安定し、すべてがこのままうまく行くように思えた矢先、何を血迷ったのか宗教ネットワークは、マルをおたあさんに会わせると言いだした。わたしは猛反対した。わたしが再生直後におたあさんに面会して、パニックに陥ったのを忘れたのだろうか。






 逆解析再生センターのカウンセラーの話はあまりに衝撃的で冷酷だった。この二十才のわたしが再生されたのは、わたしが再生を依頼したこの五才のマルが再生されたのと同時期だったというのだ。逆解析再生センターで再生されてから現在までの十五年間のわたしの記憶は、すべて順解析により外挿された偽の記憶だというのだ。わたしが五才のわたしの再生を希望したのも、わたしがそう希望するように作為的に作られた記憶だったのだ。わたしは、五才のマルがパニックを起こさずにおたあさんに会えるようにする精神的ケアのために生成された世話役だったのだ。養育ロボットよりも意識のある人間、それも、養育対象の過去の痛みに完全に共感できる成長した本人を養育係にする方が効率的で有効な精神的なケアができるという最新の知見に基づくカウンセリング手法なのだそうだ。






 その最新の手法のおかげで、意外にもマルはおたあさんを受け入れた。マルはなんと「おたあさーん!」と叫びながら、おたあさんに抱きついたのだ。カウンセラーは、おたあさんが病気のせいで虐待していただけで、今はその病気が完全に治ったのだということを数日間のカウンセリングでマルに洗脳したようだが、わたしのマルはおたあさんに奪われた。マルは行ってしまった。マルとおたあさんとの関係はうまくいっているようなので、わたしの役目はひとまず終わる。一ヶ月間わたしが愛情を注ぐことで築き上げたマルとの親子関係は、わたしにとって初めての意識のある者との愛情関係は、残酷に取り上げられた。それでマルはしあわせになれるのだろうか。たまにやさしくしてくれることもあるおたあさんが、このままやさしいままだったらとどんなにか願っていた通りのおたあさんが、マルの前に現れたのだ。マルがその願いが叶ったことを素直に受け入れてしあわせになれるのなら、それでもいい。そのための道具として「養育ロボット」として生成された私の人権に対する配慮は何かというと、わたしの精神的ケアのために、おたあさんに面会する直前の状態のマルを再生してわたしの養子とすることが最善であるというのが逆解析再生センターの推奨する選択肢なんだとか。






 もうたくさんだ。一人の人間の後悔を癒すために、何人もの被害者を生成することに荷担しようとは思わない。再生されたマルは、五才マルも、わたしも、オリジナルマル自身ではない。おたあさんに虐待されて死んだマルは、あの時、絶望のうちに死んだのだ。逆解析されたわたしの記憶にある通りに、あるいはそれ以上に苦しみ、絶望して。再生されたマルは、おたあさんにとっては、マルと等価な相互作用をする個体だろうが、その意識は、オリジナルマルの意識の継続ではない。そんなのは偽善だ。一人の人間を絶望のうちに殺した事実はなくならない。現在では万人に保証されている「意識が継続する状態での再生」が不可能な状態に人間の意識回路を消滅させたのだから。絶望から救い出して慰めてあげたいかわいそうな意識が消滅させられた。その取り返しのつかない事実は書き換えられない。一旦 消滅してしまった意識を慰めることはできないのだ。再生技術のない時代の宗教が何の根拠もなく信者たちに保証した天国での再生だろうと、それを現実に科学技術で可能な最大限の精度で実現した逆解析再生だろうと。



























        了















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