第二話 サカキ

 それはクリスマスの夜だった。

 店内のBGMがモミの木に変わったときに小さな女の子が歌い出した。

 私が動き出したときにその女性が立ち上がった。

 それだけで店の雰囲気が変わった。

 先ほどまで、彼女は普通の人のようだったのに立ち上がっただけで雰囲気が変わる。

 そして女の子と一緒に歌い出すともう目が離せなくなる。

 そうだあの女性は歌手の神崎美玲だ。

 化粧を落とすとそこらに居る女性と変わらなく見えるのに、歌うと決めた彼女は輝いて僕たちに光を届ける紛う方無きスターだった。

 店に広がったモミの木の歌はひと夜のキセキのようだった。

 去り際の彼女も慎ましく、とても素敵な女性だった。

 そう、それだけのはずだった。彼女はスター。私はやっと店を出してそこそこの常連客もつくようになった店のマスターだったはずだ。

 叔父の夫婦が亡くなり、跡継ぎもいなかったために引き継いだ山と父の実家に帰り、年末の年納めに山に残された神社から降りてくるまでは。

 こんなところで彼女に再び出逢うなんて事があるなんて。

 気がつけば、神社の由来も店を持つのにやっとで今まで独身だった事も話し込んでしまっていた。

 気がつけば彼女がちょっと寒そうだった。

「あの時の紅茶があるんですが、一緒に飲みませんか」私は彼女を誘っていた。


「私、歌手を目指すようになったのはここに遊びに来た時に出逢った人の言葉のおかげなんです」

 彼女は母の実家のここに盆と暮れには遊びに来ていたのだが、内気で田舎の子供達の輪にも入れず、一人でいることが多かったらしい。

 その日も仲間はずれになって野原で一人で歌っていたところ通りかかった男の人に声をかけられた。

「歌が好きなんだね。それにとても上手い。きっとその歌が君の道になるよ」


 私にも同じような記憶があった。

 自分もそれまでの道を見失いそうになって田舎に帰ってきた時、そんな少女に声をかけてしまっていた事を。

 自分の道さえ判っていなかった自分が彼女の支えになっていたことを。

 あの日、気をひきしめてイチイを持って山の神社にお参りしたことを。

 イチイの花言葉は『揺るがない気持ち』。あの日から二人はお互いの道を進んで来たのだ。

「神崎さん。もし、よろしければ明日の元日に一緒にこの山の神社に年明け詣でをしませんか。

 そしてまたここで二人で紅茶を飲みませんか」

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