花言葉の杜 その2

菜月 夕

第一話 イチイ

その日は25日のクリスマス。

 私たちは年始までの録画を済ませ、年末年始の休暇をもぎ取った。

 私、神崎美玲も実力は歌手として長く、年末年始の番組には呼ばれる事も多い。

 その手の先撮りを済ませて、一週間の休みを取れたのでスタッフと打ち上げにこのちょつと雰囲気の良いレストランを取ってくれたマネージャーにも苦労をかけた。

 落ち着いた雰囲気のレストランは私の好みにもぴったりだった。

 食事もそろそろ終わりにさしかかった頃、店内BGMにモミの木のメロディーが流れて来た時に近くの席の小さな女の子がその歌を歌い出した。

 両親は慌てて止めようとしたけれど、私は小さな頃の自分とその可愛い女の子を重ね合わせてしまい、両親に手を差し伸べて制して私も女の子に逢わせて歌う。

 店内の客の視線を向けたところでニコッと笑い観客達にも大きく手を振ってモミの木の歌を誘った。

 よくステージで使う手だ。

 やがてモミの木は店に充ちて歌が終わったところで女の子に拍手を贈る。

 みんなも笑顔でその輪に加わった。

 その向こうでは雰囲気に押されたのか男女のカップルがいて男の子が告白を始めている。

クリスマスだなぁ。私はとても気持ちよく食事を済ませ、レジに向かう。

「お騒がせしたかしら。ごめんなさいね」

「いいえ、大変ありがたいご配慮をいただきました。本当ならステージ代を出してもやって頂きたいことを。本当にありがとうございました。お客様皆様の笑顔を守って頂きました」

 本当に気持ちの良い店ね。マスターらしきその人は今回の代金を固辞したけれど、これはクリスマスの奇跡。みんなが気持ち良くならないとダメ。

 わたしはお金を払い、店を出る。出がけにマスターがそれでは、とイチイの木の棗を渡してくれた。

「中にはこの店オリジナルブレンドの紅茶が入っております。

 食事にお持ちした紅茶が大変お気に入りのようだったので、これは私からのクリスマスプレゼントです。

 イチイの棗に入れたのはイチイの花言葉が『高尚』だったので神崎様のイメージに合っていたので使わせてもらいました。メリークリスマス」

 あまりにも鮮やかに渡されたので受け取ってしまった。あちらもプロ、という事だ。

 でもイチイって花言葉に慰めって無かった?

 あのカップルをちょっと羨ましく見つめたのも見られてたかな。

 ずっと歌の世界を走り続けていた。

 歌うのは好き。みんなを笑顔にする。

 それに不満はないけれど、ちょっと隣に居てくれる人を探してしまうのも本当だ。

 イチイか。そう言えば母の実家は山奥で榊が生えない北国だったので、玄関の松飾りや神棚にはイチイを供えていた。

 イチイは正一位の木とも言われる尊いものなので神に供えていた。

 しばらく、あちらには行ってなかった。気分転換に祖母のあるあの田舎に行ってみよう。

 夏休みや正月にはよく遊びに行っていたが祖父母が居なくなってからは疎遠になっていた。

 きままに一人で過ごすにはあの片田舎はのんびりするのに最適かもしれない。

 私は暮れにレンタカーを借りて出かける事にした。


 変わったなあ。あの頃遊んだ田舎は所々山が削られて畑になっていたり、離村して行った廃墟が目立つようになっていた。

 久しぶりに寄った祖母の家も新しくこぢんまりした物になっていた。

 それでも歓迎してもらい、祖母の位牌にも手を合わさせてもらえた。

 姪っ子や甥っ子に歌をせがまりたり、お年玉を先渡ししたり。

 周りにこうした光景がある。そんな物を私も求めていたのだろう。


 少し寒いけれど気持ちの良い天気なのでゆっくり散歩を始める。

 雪が少し積もった山に人の足跡がついていて誰かが上っていったような跡が残っている。

 こんな何もないような山になんだろう。

 そう思って見ているとその雪を割った道を誰かが降りてきた。

 厚手の防寒着を着込んで降りて来たその人を見て私はびっくりしてしまった。

 その人はあのレストランのマスターで私にあの棗を贈ってくれた人だった。

「奇遇ですね神崎さん。こんな田舎で出逢うなんて」

 私こそびっくりして言葉を無くしてしまう。

「私は桜坂と申します。ここは私の祖父の地でこの山は先祖から伝わる社を護る一族なのですが本家が途絶えて私に残されたものなんですよ」

「私もここは母方の祖母の地で久しぶりに寄って、ちょっと散歩して」

「私もここを残されて、普段はあちらなのですが暮れと正月には社にお参りに来ているんですよ。

 こんな偶然もあるんですね」

 そしてこんな寒い中、立ち止まってこの地の思い出を二人で話し合った。

 彼も夏休みと正月はここに遊びに来ていた、と言うからどこかで逢っていたのかもしれない。

 ちょっと話しが長くなり、さすがに寒さが身に染みてちょっと震えたのを彼は見逃さずに。

「話しが長くなりましたね。こんな寒い中で。どうです。あの紅茶を一緒に飲みませんか」

 私はその笑顔にドキッとした。

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