魔王脅迫

「ただの人間……だと。そんな訳があるか!!」


 俺の言葉に激昂するデルデオーラ。その顔の前面に魔法陣が浮かび上がるが、それが発動する前に俺は取り出していた銃で彼女の脇腹を撃っていた。

 苦悶の表情を浮かべ、魔法陣が解除される。彼女の瞳に含まれる怯えが少し増えた様な気がした。


「まあそんな事はどうでもいいんすよ。俺はただ、あなたに1つだけやって欲しい事があるんです」

「ぐ……誰が、人間などの言う事を聞くと思う……!? 我は魔族の王、デルデオーラだぞ……!」

「勿論タダで、という訳ではありません。俺に出来る範囲なら何でもしますよ、出来る範囲ならね」


 人間界への侵攻の手助けをする、などという事は出来ないと暗に伝える。あくまでも恨んでいるのは王国上層部や他のクラスメートだけであり、一般の人々には何の感情も無いのだから。

 そして、俺には万能戦艦がある。俺の"出来る範囲"は相当広い。それも伝えるが、彼女は睨むばかりであった。


「魔王様! ご無事で───ぎゃあっ!!?」

「曲者を捕え───ぐぁっ!?」

「お前達!! や、止めろ!!」


 と、そこで慌てて突入してきた魔族達をミズリが撃つ。彼ら彼女らは等しくショックガンを食らい気絶していく。

 その様子を見てデルデオーラは声を上げる。どうやら彼女は部下思いの王らしい。


「安心して下さい、気絶してるだけです。まああなたの返答次第では気絶じゃ済まなくなりますが」


 軽く脅しをかけてみる。ミズリが銃口を再び倒れた魔族達に向けるのを見て、彼女は苦悶の表情を浮かべ、絞り出す様に言った。


「……要件を、聞こう」

「はは、そうこなくっちゃ」


 俺は軽く笑い彼女に向き直る。

 まずはダメ元で尋ねてみる。これが出来れば万事解決なのだが……


「死者蘇生、出来ます?」

「そ、蘇生……?」


 俺のその言葉を聞き、彼女の瞳の中にある怯えが絶望に変わる。閉口する様子を見ると、どうやら流石の魔王であっても死者蘇生は出来ないらしい。そしてどうやら、俺がその事に怒って自分を殺す、などとも思っているらしい。

 元々ダメ元で聞いたのだ、流石にそんな事はしない。それに本命は別にある。


「なら───死者との会話は?」


 禁書に書いてあった大魔王の秘術。かつて多くの人々を自殺に追い込んだらしい禁術だが、果たして今代の魔王も使えるのだろうか。


「そ、それならば、可能だ」

「おお、よかった。じゃあ早速」

「ま、待て! き、貴様が望んでいるであろう会話を為すには大規模な術式と会話したい相手の感情の結晶が必要になる……まずは、我の四肢を治す時間をくれまいか……?」


 彼女は言う。その口ぶりから、どうやら件の魔法には二種類───偽物との会話と、本当に冥府と現世を繋いで行う物───あるらしい。つまり、禁書の記述は両方とも正解だったという訳だ、彼女の言葉を信じるなら、だが。

 さて、どうするか。自分としては偽物と会話しても仕方がないのでその大規模な術式とやらを用意してもらわなければ困る訳だが、かといって彼女を自由にして自分が殺されても困る。俺自身に生身の戦闘能力はほぼ無いのだ。


……あ、そうだ。


「いいですよ」

「おお、そうか。では早速───」

「だけどその前に、対価として振るう力の一片を見せておきましょうか」


 俺はそう言い、ミズリを艦に戻らせる。突然彼女が消えた事にデルデオーラは警戒する。


「ミズリ、あっちの荒野を吹き飛ばす」

『了解しました』

「お、おい貴様何を……」


 ミズリとの交信は俺にしか聞こえていない。デルデオーラには俺が独り言を突然言い始めた様にしか見えないのだろう。

 そんな事はともかく、俺は破壊された魔王城の壁から見える地平線を指差す。先程上空を通った、誰も居ない死の荒野だ。


「あっちを見てて下さい」

「な、何をする気だ」

『主砲発射準備、完了しました』


 デルデオーラが恐れと焦り、声をかける。それを無視しつつ、俺はミズリに答えた。


「撃て」


───次の瞬間、空から雲を突き破って青白い光線が地平線の彼方に突き刺さる。そして、眩い光が起こりそれが収まった時にはそこには巨大なキノコ雲があった。

 所々で炎の赤が混じる黒い雲は、稲光を纏わせながら更に空へと昇っていく。俺にとってはついさっき見た光景、しかしデルデオーラにとっては初めて見る───絶望の雲。ふと見ると、彼女は前進を脱力させて目を見開いたまま動かなくなっていた。


「どうです? 少しは分かってもらえましたか?」

「……あ……え……?」

「これだけの力があれば大抵の事は出来ますよ。あ、でもさっき言った様に人間界への侵攻の手伝いは出来ませんがね」


 俺が言うが、彼女の視線は遥か彼方の地平線を捉えて離さない。既にキノコ雲は天上を塞ぐ分厚い雲すら貫いていた。もしもあの攻撃がこの場に向けられれば、この魔王城は───いや、この王都その物が蒸発してしまう事だろう。


───今、彼女の脳裏にはそんな光景がくっきりと浮かび上がっていた。

 数万の民が、突如天上から降り注ぐ光によって何も分からないまま死ぬ。自分も、その中に入っている。魔王と囃し立てられた自分は結局何も出来ず、自慢の結界も歯が立たず塵となって消えるのだ。この一人の狂った男によって。

 彼女も子供ではない。今見せられたものが脅しだという事は分かっている。今の彼女にとって選択肢は1つしかなかった───


「……っ、分かった。このメイテル・リリィ・デルデオーラの名に誓って、ここに居る間は貴様には絶対に危害が加えられない事を約束する……」

「おお、話が早くて助かります」


 俺は笑い、彼女が回復するのを待つ。元々人間とは程遠い紫色の肌、しかし何処か蒼白になっている様な気がした。

 彼女は声を震わせながら治癒魔法を展開していく。身体が淡い光に包まれ、焦げた切断面がボコボコと膨らみ、肉や骨を形成していく。やがてそれは腕や脚の形をとっていき、最後には綺麗に修復された。

 流石のスピードである。レファテインの治癒師ならばもう少し時間が掛かっている所だが、やはり魔王と呼ばれるだけはあるらしい。


「ぐ……」

「一体……何が……」

「……お前達、目覚めたか」


 と、そこで気絶していた部下の魔族達が目覚めてくる。

 ここまで早く目覚める筈はないのだが、魔族とは何とも強靭な種族である。


「ま、魔王様!」

「お前達、この男には手を出すな……客人だ」


 そういう事にしておくらしい。


「きゃ、客!?」

「そうだ。レックス、他の者達にもそう伝えよ」


 レックス、と呼ばれたオーガの男───体長が俺の倍程もあり、とても強そうだ───は彼女にそう指示される。

 彼女は顎で彼の視線を外に誘導する。そこにあるのは巨大なキノコ雲、彼は暫く唖然とする。が、すぐにそれをやったのが俺だと暗に示しているのだと気付いた様で、こちらを睨みつけてくる。その瞳に宿る殺気だけで死んでしまいそうになる。


「し、しかし……畏まりました。おい、お前達行くぞ」


 彼は少し戸惑い、やがて苦悶の表情を浮かべて他の魔族を引き連れながら部屋を去っていった。

 そういえば、四天王の一人がオーガだった様な気がする。きっと彼がそうなのだろう。


「死者との会話だったな……ついて来るがいい」


 さて、彼女が歩き出しそれに俺と、そして今呼び出したミズリがついていく。如何に危害を加えないと約束されたからといってやはり一人で魔王の傍にいるのは怖いのだ。

 その点ミズリが居れば常に全方向を警戒していてくれる。つくづく彼女には感謝しかない。


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