魔界侵入

 無数の禁書をスタイリッシュ()に盗む事に成功した俺は早速ミズーリ艦橋で中身を確認する事にした。


「あからさまに禍々しいな」

「精神防御プロトコルは正常に作動しています」

「ホント便利だなあ」


 読む時に障害となるのが精神汚染なのだが、そんな問題も俺のスキルは解決してくれた。

 精神防御プロトコル。精神への外部からの介入を確認した際に自動でそれを妨害するシステムである。俺が禁書庫で本を開いた時に突然そんな文言が脳内に流れてきたから驚いたものだ。

 また、この汚染は読んだ者が持つ魔力へと大きく影響する物らしく、魔力0の俺にはそもそもあまり効果が無いのだろう。


 さて、そんな事は置いておいて本を読み進める。

 大規模殲滅魔法、部隊級極大閃光魔法、獄炎魔法……大体攻撃魔法についてしか書いていないその中に、1つだけ興味深い文言が見つかった。


「死者との会話……?」


 冥府と現世を隔てる壁に一時的に孔を空け、死者との通話を可能にする技。

 かつてこの世界を恐怖の渦に陥れた大魔王が使った魔法であり、愛する者と会話させる事で多くの人間達を自殺に導いたという。


「これ、少し気になるな」

「マスター、この魔法は危険だと思われます」

「え?……うーん」


 ミズリが苦言を呈す。それもその筈で、俺が文章を読み進めていくと「ただし、本当に死者と会話していたかは疑わしい。というのも当時の勇者も同じ術をかけられ、しかし一人称の細かな違いに気付きそれを打ち破った。この事から、魔法の正体は単に死者に似せた幻覚を見せていただけだと主張する学者もいる」と書かれていたのだ。

 とんだ罠である。これは禁書として封印されるのも納得だ。ただし、別の場所には「亡者本人しか知らない情報を伝えられた」という記載もあるので、まあ所謂"諸説あり"という奴だろう。

 取り敢えず選択肢の1つとして頭の片隅に留めておき、他の資料を読んでいく。


「死霊魔術(ネクロマンシー)……こういうのじゃないんだよなあ」


 死者の身体を操る術、要するにゾンビ。これでは全く意味はない。


「冥府の実在性の証明……」

「マスター。」

「わ、分かってるよ」


 その後も読み進めていくが、中々有益な情報は得られない。

 唯一興味深い記述はといえば、遥か昔にこの世界に絶望をもたらしたといわれる"厄災の魔女"が自らの従者を蘇生させた、という物だったが、そもそも肝心の方法が書かれていない上に厄災の魔女の名前すらも載っていない。

 となると、今の俺達に取れる手段は1つだけだった。


「……っし。会話を試すか」

「今の我々には魔法の試行は不可能ですが」

「魔力無いもんな。まあだから、出来そうな奴の所に行くことにしよう」


 かつて大魔王が使ったとされるその術。それを現在この世界で使えそうな者といえば一人しかいない。


「───今から俺達は、魔王に会いに行くのさ」


───────


 この世界『イルミス』は2つに分断されている。比喩ではなく、物理的に。

 王都ハルメスから西へ6,000キロメートル程の場所に"世界の壁"といわれる結界が存在する。いつ、誰が展開したかすらも分かっていないこの結界は永遠に続き、人間界と魔界を隔てている。世界の壁には一か所だけ"世界の扉"と呼ばれる孔があり、そこから魔族達は人間界へと侵攻しているのだ───

 これが座学で聞いた内容だが、ミズーリに乗り宇宙空間から見てその実態がはっきりと分かった。

 この星の北極と南極を繋ぐ様にして半透明の薄い壁が惑星そのものを二分している。これほどの規模の魔法となると神話に出てくる世界創生に次ぐレベルだ。正直個人でやれる規模ではないし、もしかすれば本当に"神"というのも実在しているのかもしれない。

 結界の周囲には常に風速50m/sを超える乱気流が吹き荒れ、結界に近付く事すら許されない。仮にそれを超えられたとしても結界の高さは雲はおろか成層圏すらも越え、絶対に2つの世界を行き来させないという確固たる意志を感じさせる。因みにだが、件の"世界の扉"をミズリは緯度経度0度の基準点として計測している。


 それはともかく、結界は別に無限に続いている訳ではない。

 俺は成層圏よりも更に先、惑星から10万キロ程迂回して魔界へと侵入した。


 いつもの如くコスモパンサーで大気圏に突入する。

 人間界のそれとは全く異なる、赤黒く分厚い乱雲に突っ込む。その程度で墜ちる事はないとは分かっていてもやはり雷が鳴り響く暗闇の中を飛ぶのは恐ろしい。

 その雲を抜けると、そこは森だった。ただし、普通の森ではない。


「現在外気温28度、湿度48%。大気構成計測───完了。窒素79.01%、酸素19.28%、アルゴン0.89%、二酸化炭素0.045%。また、未知の物質……推定名称"魔素"が0.082%、未知の毒性物質が0.154%含まれています」

「へえ、それって生身で外に出たらどうなるんだ?」

「即死です」


 らしい。

 ここは"世界の壁"から少し離れた場所にある腐った森だ。俺達が普段地球で見ている様なそれとは全く異なる複雑怪奇な植生を持つその森は常に毒の息吹を吹き出し続け、外界の生物の侵入を拒んでいる───座学で学んだ事である。

 コスモパンサーは本来宇宙空間で使用する物であり確実な気密性が保たれている。だからこそ今俺は生きているが、もしもキャノピーが無ければ即座に血を噴き出して死んでいるだろう、後ろに座るミズリは声色1つ変えずに言った。


 また、ここには環境に適応した狂暴な生態系も存在している。


「前方下部より大型生物接近中です」

「りょ───キモっ!?」


 彼女がそう言った瞬間、葉の傘を破って出て来たのは巨大な芋虫だ。体長20mはあろうかというその青い芋虫には六枚の羽根が付いており、それなりに速い速度で俺の正面に回り込んでくる。そして顔にあたるであろう場所を小さな口を中心に六枚に分裂させてそこに火の弾を形成し始める。

 明らかな攻撃の印。俺は思わず機銃のトリガーを引いた。機首から青白い光弾が無数に放たれ、芋虫を正面から食い破る。


「対象の生命反応、ロストしました」

「……思わずやっちゃったけど、これちょっとマズイのでは───」

「下部より生命反応多数接近。先程よりも大型です」

「ほらやっぱり! 一旦雲の上に上がるぞ!」


 俺の嫌な予感は的中し、葉の傘から無数の芋虫───先程の二倍はある───が無数に飛んでくる。俺は慌てて上昇し、難を逃れた。


 そんなアクシデントもありつつコスモパンサーは進んでいく。

 雲の上空を暫く西に飛んでいると雲から顔を出している幾つかの山頂が目に入る。森が続いているのはこの山脈までであり、毒性の大気もそれ以降は無い。この山脈によって阻まれているのだ。

 俺は山頂を越えると高度を下げ、再び雲の下に入る。


「現在位置北緯36.223度、西経80.115度。目的地までの距離約152.34kmです」


 そこは死んだ大地だった。

 分厚い雲に覆われ、太陽の恩恵を殆ど受けられないそこは白く化石化した木がぽつぽつと点在するのみであり、低木はおろか僅かな芝すらも生えていない。黒茶けた土と岩に覆われたそこには無数の地割れが走り、動く物といえば風に吹かれて舞う砂埃のみ。

 腐った毒の森にすらもあった生命の営みが、毒の無い筈のそこには一切感じられなかった。


「凄い土地だな……」


 緑と生命に溢れた人間界とは打って変わり、魔界ではこの様な土地がデフォルトである。宇宙空間からの地表計測でそれが分かった時には2つの世界の格差に愕然とした。こんな物、魔王が人間界に侵攻したくなるのも当然だ。正直同情してしまう。

 ただし、その代わりといっては何だが人間界よりも魔素濃度が高い。具体的には五倍から十倍程度には。だからこそ人間よりも魔法適正に優れる魔族という種が生まれたのだろうか。


 まあ、今はそんな事を考えていてもしかたがない。

 俺は今、地表計測を行った際に発見した目的地───魔王城に向かっている。魔王城の外観は座学で見せられたので知っており、それと得られたデータを照合すれば一瞬で発見する事が出来たのだ。人間側が未だ特定出来ていない情報をこうもあっさりと見つけてしまうとは宇宙戦艦様様である。


 黒茶色の平原、赤黒い湖を越えてやがてぽつぽつと建物が見えてくる。下で魔族達がこちらを指差して何か言っているが無視する。どうせ追いつく事など出来ないのだ。

 などと言っていると背中に翼を生やした兵士達が飛んでくる。だが未知の飛行物体、それも自分達の常識では到底考えられない程の超高速で飛ぶコスモパンサー相手には尻込みしてしまう様で、彼らは俺達を見送るだけとなっていた。


「見えた! あれか!」


 そうしているうちに、その城は見えてくる。

 見るからに禍々しいデザインをした巨大な城。下部は普通の城だが、上部には巨大なこれまた禍々しい顔と二本の角があり、十人に聞けば九人は魔王城だと答えるであろうそれが今俺の目と鼻の先にあった。


「城全体を覆う様にエネルギーシールドが展開されています」

「話に聞いてた結界か」


 魔王城に接近しているというのにも関わらず迎撃があまりにも少ない。その理由はこれだ。

 魔王城の周囲には結界が張られており、魔族はそれに圧倒的な自信を持っているのだろう。座学でもこれは教えられており、これを破壊するには結界の核となっている魔王軍の四天王を倒さなければならない、そう教師は言っていた。

 だが、今の俺に四天王を一々探していられる心の余裕は無い。

 俺は魔王城にロックオンすると、下部に装備された空対艦ミサイルの発射ボタンを押した。一発のミサイルが煙の尾を引きながら魔王城に向かい───


「シールド貫通、対象に着弾しました」


───結界を易々と貫き、魔王城の角の一本に命中する。角は根元が消失し、残った先端部はゆっくりと落ちていった。

 結界は何処か一か所にでも孔が空くと脆くなり、そこを起点として消失する───だからこそ、世界の壁の異質さが際立つのだが───為、こうして貫通させてしまえば結界は消失する。実際そうなり、たったの一発で魔王城は無防備な状態になってしまった。


「天守の顔にあたる部分に一際強い魔力反応を伴う生命反応を感知。恐らく魔王と思われます」

「弾頭を近接信管に変更、天守に孔を空ける」


 ミサイルの弾頭を変え、魔王城に命中する直前で爆破する様にする。こうしなければ貫通したミサイルが内部で爆発し、下手をすれば魔王が死んでしまうからだ。

 そして発射されたミサイルは何の妨害も受ける事無く起爆し、想定通り顔に大穴が空く。

 そこに接近しようとして───


「巨大なエネルギー反応を感知。回避運動を行います」

「へ───うおおっ!? 何だアレ!」


 突然ミズリの操作で機体が上昇し、次の瞬間に俺達が居た場所を深紅の光線が通る。直撃していれば流石にヤバかったかもしれず、俺の背筋に冷や汗が垂れる。


「自動追尾! 魔王の四肢を飛ばす!」

「了解しました」


 重力制御装置によって浮遊する機体が少しづつ動き、その機首が先程の穴に向けられる。

 そんな事をしていると、突然脳内に声が聞こえてくる。尊大な、女の声だった。


『……我が名は魔王デルデオーラ。人間よ、我が結界を破壊した事は褒めてや───うぎゃあっ!!?』


 その言葉はテンプレ通りの魔王ムーブな物であり、俺は無視して引き金を引く。瞬間、呻き声が聞こえ脳内の声は消えた。

 それを無力化した証左と捉え、機体を進める。

 そして穴の中に飛び込み、魔王城の一室に着陸させて俺とミズリはコックピットから出る。

 そこには石造りの玉座にもたれ掛かるようにして倒れている美女が居た。深紅の長髪に深紅の瞳、そして頭部には先程破壊した魔王城のそれと同じ様な形状の角。

 背丈は俺よりも少し低いくらい。されどその四肢は無く、切断面は黒く焦げている。そして、こちらを睨みつけるその瞳には大きな怒りと微かな怯えが見えていた。


「ッ……何だ、貴様は……!」

「初めまして、魔王デルデオーラ。俺は櫻井夜空、ただの人間です」


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