禁書庫侵入(後編)
図書館で皆を集めたエリスフィーズは簡潔に状況を説明し、自分達もいち早く王都に戻らなければならないと熱弁する。この中で夜空の後を追えるのは彼女だけであり、誰も異論を挟む事なく皆はテレポートで王都へと帰投する。
「彼が何処で何をする気なのかは分かりませんが───」
とにかくまずは王城に、そう彼女が言いかけた時だった。
「え───きゃあっ!!?」
「うわあっ!?」
「な、何!?」
一瞬、空へ向けた彼女の視界に青白い軌跡が映り───次の瞬間、轟音と共に激しい揺れが彼女達を襲う。
何が起こったのか、それを理解する間も無く彼女の視界に巨大なキノコ雲が映り込む。
彼女にはあれに見覚えがあった。神話の時代、世界を恐怖の渦に陥れた大魔王が極大殲滅魔法を使用した際に出現したという雲、それを描いた絵画に酷似していたのだ。まさか大魔王が復活したのではないか───彼女は絶望でその場に膝をつく。
一方、召喚者組はまた別の物を幻視していた。それは勿論、原爆だ。生で見る事になるとは全く思っていなかった彼等はその場に立ち尽くす。
「ッ……有り得ません。そう、大魔王が復活したなど有り得ない」
エリスフィーズは自分に言い聞かせる。
大魔王は確かに死の直前、自らはいずれ復活すると言い残した。しかし黒い太陽が我を招く、そうとも言ったのだ。黒い太陽などという物はまだ確認されていない。ならば、アレをやったのは大魔王ではない。そう信じなければ動く事など出来ないのだ。
「皆さん! 足を進めて下さい!! 今、我々は人類存亡の分水嶺に立っているのです!!」
「で、でも……」
「ど、どうして異世界にか、核なんて……」
「貴方達には神より与えられし"力"があります! 必ず勝てる、その意志の力があれば我々は"最強"なのです!!」
皆を鼓舞する。その裏で彼女はある1つの最悪の想像をしてしまっていた。
あの大爆発を自分達が見たのは櫻井夜空を追ってきたからだ。そして今、彼の反応はこの王都で静止している。
───もし、あれをやったのが彼ならば……
「───ッ……王城に急ぎましょう。まずは国王陛下の裁可を仰ぐのです」
何はともあれ、ここで止まっていても何にもならない。皆は竦む足を無理矢理動かし、王城へと駆ける。
そして到着した直後、彼女らは兵士から驚愕の報告をされる事になる。
「聖女様! 非常事態です!」
「あの爆発の事ですか? あれならば私も」
自分ですら恐怖で動けなくなったのだ。一般の兵士など恐怖に震えて聖女たる自分に縋るのも無理はない。
そう思っていたのだが、状況は違った。
「違います! 何者かが禁書庫に侵入しました!」
「───は? な、何ですって!?」
その報告に彼女は一瞬呆然とし、次の瞬間には血相を変える。
禁書庫。ハルメス王城の地下にある書物庫の名称であり、そこにはタイトルすらも知る事が許されない様な様々な禁書が保管されている。
その殆どが読むだけで精神を汚染される様な代物であり、正直賊が侵入したとしても大した利は無い。
だが、侵入出来た、という事実が重要だった。
彼女らは急ぎそこへと向かいながら詳細を聞く。
「あそこを封印する扉には大魔導師アルマ様が絶対防壁魔法を付与されていた筈です。多少時代と共に劣化していたとしても破れる様な物ではない筈ですが?」
「しかし現に破られており……」
「そもそも警備の者は何をしていたのです!?」
「先程の大爆発で持ち場を離れておりまして……該当騎士は厳罰に処す所存です」
その様な報告を聞きつつ、彼女らは禁書庫の前へとやってくる。
とは言っても、扉の前までは行けなかったのだが。
「現在扉の前に一人の女が立ち塞がっており近付く事すらままならない状況です」
「強行突破は出来ないのですか?」
「石をも穿つ強力な魔法を乱射しており、既に負傷者も多数出ております」
「強力な魔法……?」
彼女は扉の前からの射線が通らない位置から少し顔を出し、様子を窺う。
「───あ、あれは……」
そして、驚愕した。
「9分16秒ぶりですね、聖女エリスフィーズ」
「図書館の……! まさか私もこれ程早く再会するとは思いませんでした。怪しいとは思っていましたが……!」
そこで奇妙な形の杖を構えて立っていたのは、つい先程マシュロレーンの図書館で話した銀髪の少女だったのだから。
少女は彼女に無表情で抑揚の無い声で話しかける。
「貴女は……大魔王の手先ですか?」
「……」
「それとも……っ、櫻井夜空と何か関係があるのですか!?」
「それ以上近付けば撃ちます」
少女は質問には答えず、ただ奇妙な杖の先端に空いた穴を彼女へ向けるのみだった。
「あれって……銃!?」
「銃……田中様が櫻井夜空に使われたという?」
「同じ物かは田中君に聞いてみないと分かりませんが……ただの銃なら」
如月は腰の聖剣を握り締める。
彼のレベルは120を超えており、筋力も2000超と通常の成人男性の実に20倍となっている。少し前に試した際、既に至近距離で放たれた矢を避けられるまでになっていた彼は、音速超えで飛来する銃弾も避けられるのではないか、そう考えたのだ。
そして彼は聖剣を構え、少女の手元を凝視しながら物陰からゆっくりと出ていく。いつ撃たれたとしても弾道を見て回避出来るように。
その瞬間、少女の指が動く。彼は避けようとして───
「───え?」
───発射された弾は一切見えず、彼の右手は肘から千切れ飛んだ。
「如月様!?」
「リュート!?」
見守っていた他のメンバーから悲鳴が上がる。"勇者"たる彼がこれまで戦闘において傷付いた姿など殆ど見た事がなく、ましてや欠損するなど有り得ない筈なのだ。
しかし、目の前の光景は紛うことなき現実である。彼の右肘の断面は焼け焦げて血が流れていない事が唯一の救いであろうか。尤も、当の右手が地面に落ちている彼にとってはあまり関係はないだろうが。
信じられない光景に呆然として動けない彼に、彼を慕う女子生徒が慌てて近寄ろうとする。
「ぎゃあっ!!?」
「警告はしましたよ」
だが次の瞬間、発砲音と共に彼女の左腿が深く抉られ、彼女はバランスを崩しその場に倒れ込む。あまりの痛みに彼女は悲鳴を上げてのたうち回る。
「り、里奈……」
「あああああっ!!!? あっ、あああっ!!?」
その様子にまたも別の生徒が近寄ろうとするが、その前にエリスフィーズが静止する。
彼女には意味が分からなかった。あの少女が指を少し動かしただけで狙ったと思わしき部位に穴が空く。弾道は少しも見えず、彼女にはこれが即死魔法とかそういう分類の魔法に見えた。
実際には弾道は存在する。ただ単にこの銃から放たれているのがレーザーであり、速度が速すぎて───距離は約15メートルなので発射されて約0.00000005秒で命中する───見えないだけなのだが。
彼は絶望した。
これまで彼は必死に鍛えてきた。魔王を倒し、世界を救う為に。そんな涙ぐましい努力の結果がこの惨状である。
自分の利き腕が落とされた。レベルが上がり、また"勇者"として痛覚耐性が付いている為に冷静な思考を保てているが、少しでも気を弛めてしまえば痛みと絶望で発狂してしまうだろう。
と、その時だった。
「ミズリ! 帰る……ぞ。久しぶりだな、如月」
「櫻井……君……」
禁書庫の奥からバイクの様な物に乗った少年───探し求めていた櫻井夜空その人が来た。彼の乗るそれはバイクとしか形容し難いが、しかしよく見るとタイヤが何故か横向きに付いていて車体が宙に浮いているという不思議な事になっている。
その後部の荷台には白い袋が括り付けられている。ぞわり、と背筋に感じる不快な感覚から、恐らくあそこに禁書が入っているのだろう。
そして、久しぶりに会った彼は───
「……変わったね、君は」
「そうか?」
「ああ、変わったよ。それに……君もスキルに目覚めたんだろう? なら何故その力を人類相手に振るうんだ。それは……魔王に対して使うべき力だろ……!?」
「……」
───変わっていた。以前の櫻井夜空と姿形は変わらない。いや、寧ろ細かな傷が無くなって好転していると言ってもいい。
だが、その眼に灯る光は何処か薄暗く、不気味だった。
そして、彼はその問いに答えることはなかった。代わりにその右手に何か丸い物を出現させる。
それは濃い緑色でレモンの様な形をしていて───
「ッ!!? 全員伏せ───」
───彼がそれを言い終わる前に、夜空はピンを抜いていた。
そして次の瞬間、彼の視界は眩い光に包まれた。
───────
「すまんな如月。まあどうせ治癒魔法で治るだろ、俺は使われた事ないから知らないけど」
めぼしい本を雑に袋に詰め込み、俺は早速退散する事にした。意外と大荷物になってしまった為、箒ではなく備品のエアバイクに乗る事にしたのだ。
そして入口まで戻ってきた俺が見たのは、右手が取れている如月、足が千切れて悲鳴を上げる女子生徒、呆然とするその他メンバー、という光景だった。
派手にやったな、と思いつつ如月と軽く会話を交わす。色々と言ってやりたい事はあったが、彼の背後で他メンバーがコソコソと何かしようとしているのが見えてしまった為に話を打ち切り、やむなく閃光手榴弾を使ったのである。
自分やミズリは目をつぶっていたから大丈夫だったが、モロに光を受けてしまった彼らは大変だろう。実際視線の先で皆目を押さえてのたうち回っている。
そうして、ミズリも乗せてバイクで階段を駆け上がろうとした、その時だった。
「待って下さい」
俺を女の声が呼び止める。振り返ると、そこにはよろよろと立ち上がるエリスフィーズの姿があった。
彼女の足元には空の瓶が転がっており、恐らく回復薬でも隠し持っていたのだろう。今の彼女は全くの無傷だった。
後部に座るミズリが銃を向けて警戒する中、彼女は俺に問いかける。
「貴方の目的は何なのです。ダイラント山は何の為に、どうやって爆破したのですか?」
その口ぶりは、もう山の爆破が俺の仕業だと確信している様な物だった。まあタイミング的に推察は容易か。
「その禁書も、読むだけで精神が汚染される様な代物です。貴方が持っていても意味がありません」
「ああ、それな。汚染に関しては大丈夫だったさ」
「は……?」
「じゃあまたな。ミズリ」
「待って! もしや帰還が目的ですか? なら大人しく」
そこまで言った所で、ミズリが放ったショックビームが命中する。彼女は白目を剥き、その場に倒れた。
俺はバイクを走らせながら一人呟く。
「……誰が自分を拉致した奴等の事なんて信じるかよ」
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