知の街マシュロレーン

「『帝歴431年、第五次魔界進出作戦開始……』……見つからねえー……」


 ペラリ、ペラリ、質の悪いガタガタの羊皮紙をめくっていく。表紙を見ると約300年前の日付が書かれており相当な歴史的資料である事が分かり、しかし本その物は保護魔法が付与され書かれた当時の品質が保たれている。

 ここはマシュロレーン中央図書館。荘厳で巨大なバロック建築の中に、壁一面に収められた大量の本。そこで数多の人々が知識を求めて立ち寄っており、俺もその中の一人である。昨晩からずっと本棚を探しては運び出し読み続けているのだが一向に目当ての物───人間の蘇生について明確な方法が書かれている書物は見当たらなかった。

 隣では同じくミズリが本を読んでいる。ただしそのスピードは段違いで、一冊あたりに掛かる時間は十秒程度という驚異的な物だった。あれは多分読んでいるというよりも画像認識をしているのだろう。


 しかし、見つからない。「蘇生」という単語は出てくるものの、それは「亡者を甦らせる事は出来ない」という類の物ばかりだった。


「『帝歴713年、コントリール海に隕石が……』か。はあ……」


 直方体の到底岩石とは思えない様な物が火を纏って落ちてきている絵が添えられている。隕石だと主張するならばもう少しマトモな絵を描いてほしいものだ。隕石の一部が王城に飾られているらしいが、そんな事は今はどうでもいい。

 そんな事を思っていると、ミズリが顔を近づける。


「マスター。興味深い記述を発見しました」

「どうした?」

「どうやら王都ハルメスの王城には禁書を収めている地下室があるそうです」

「禁書、か……」


 禁書。世界に災厄をもたらすとして封印され所持や閲覧が禁止されている書物の総称だ。

 内容としては使えば世界を破滅させる様な魔法などらしいが、もしかすれば蘇生魔法も載っているかもしれない。


「次の行先はそこか……また戻るのか」

「では、直ちに準備を───ワープアウト反応を確認しました」

「ああ……何?」


 と、その時。彼女が言葉を打ち切ってそんな事を言う。


「ワープ?」

「10時の方向、距離800メートル。通常の人類の様な形状をした物体が10体、現れました。逆探知に成功、ワープ元は王都ハルメスです」

「おい、それって……」

「物体は秒速8メートルの速度でこちらに向かってきています」


 王都からワープしてくる人間、しかもこちらに走りのスピードで一直線に向かってきているとくる。明らかに追手だった。


「こっちの場所割れてんのかよ!? 召喚の時にでも付けられたのか……?」

「マスター、どうなさいますか」

「応戦……いや、多分アイツ勇者も居るだろうし下手に戦うのは不味い……取り敢えず逃げるか。お前は一旦ここに残って奴らの様子を窺ってくれ」

「了解しました」


 そう言うと、俺は反重力式の箒に跨りその場から一気に移動する。そして反対側の出口から飛び出し、空へと駆け出した。

 宇宙を目指し飛んでいる最中にコスモパンサーを出現させて乗り換え、大気圏外へと飛び出す。そして、待機させていた宇宙戦艦へと飛び込んだ。これで取り敢えず安心だろう。

 奴らがどんな仕組みで俺を追跡しているのかは分からないが、1つだけ言える事がある。それは"奴らの使うワープは万能ではない"という事だ。

 奴らはワープしてから一直線にこちらに向かってきていた。それはつまり俺があの場に居る事を知っていたからであり、もし仮に無制限にワープ出来るのならば俺の目の前にでも直接現れればよかったのだ。

 そうしなかったという事は、奴らは決められた位置にしかワープ出来ない、という事なのではないだろうか。単に誤差が酷いという事も有り得るが、その時はその時だろう。


 俺は実験の為に宇宙戦艦を図書館の真上へと移動させる。これで奴らが俺に付けているであろう発信機(仮)が立体方向の距離も知る事が出来るのかが分かるだろう。

 そして、俺はミズリへと通信を繋げた。


───────


「おかしいですね……」

「エリスフィーズ様、本当に探知魔法はここを指しているのですか?」

「ええ。多少の誤差はあれど間違いなく彼はこの図書館の中に居る筈です」


 夜空の反応を追って図書館へと駆け込んできた一行は、しかし反応はあるのに本人が居ないという不可思議な事態に遭遇していた。

 つい先程は猛スピードで図書館から出ていく反応を感知していたので勘づかれたかと思ったが、その後すぐに戻ったので偶然だったのだろう、エリスフィーズはそう考えていた。

 しかしどうだろう。現に今、反応の直下に居るというのにそこに自分達が召喚した少年の姿は無い。


「……私の魔法では高度は分からないのです。もしかすれば空中や地下に居るのかもしれません」

「今すぐ確認してきます」


 そう言うと、皆が散開する。残された彼女はその場に居る人々───といっても、見える範囲には一人だけしか居ないのだが。まあ早朝から図書館に籠る者はあまり居ないだろう。

 そうして、彼女はその銀髪の少女に話しかけた。


「すみません。この辺りで黒髪の少年を見かけませんでしたか?」


 その問を聞き、少女は視線を読んでいた本───レファテイン第三王国の興亡───から外し、ゆっくりと彼女へと向ける。その動作は滑らかで……少し、不気味だった。


「黒髪の少年、ですか?」

「……は、はい。この辺りに居る筈なのですが」

「それなら先程あちらへ走っていきましたよ」


 少女はとある方向を指差す。そちらは図書館のもう1つの出入り口がある方向であり、そして感知していた反応にも合致した。


「ありがとうございます」

「そうですか」


 表情を一切変えずに本へと視線を戻す。言葉の抑揚も全く無い。人間が発する微かな振動すら感じない。そして何より少女は───不気味な程、美しい。まるで人々の理想をそのまま具現化した、そんな外見だった。

 傾国の美女、という言葉がある様に時にその様な人間が現れる事はある。感情を外に出さない人間も居る。だからこそ、そこまで警戒する必要などない筈なのに、彼女は何故か少女を警戒せずにはいられなかった。

 だが、今はそれよりも櫻井夜空の方が優先だ。彼女はその場を離れようとして───


「何故、貴女はそこまでその少年を探しているのですか?」

「え?」


───その少女に呼び止められる。


「何故、ですか。それは……」


 召喚した異世界人の一人を傷付けて逃げ出したから。しかしそんな事、大っぴらに明かせる訳もない。

 召喚という行為自体は国民にも周知されているものの、召喚した者達を完全に制御出来ていないなどと知られてしまえば最悪王家の信頼まで損なわれてしまうのだ。


「……すみません。部外者の私が訊く事ではありませんでしたね。どうやらお邪魔の様なのでここらで失礼させて頂きます」

「え、ええ」


 パタン、と本を閉じ、少女はその場を離れていく。何故か彼女は、その後ろ姿から目を離す事が出来なかった。



 そしてその直後、彼女は自らの魔法を再び疑う事になる。


「……な、なんですかこの速度は……!」


 彼女の発信魔法が異常な反応を示していた。これがただ移動しているだけならばよかっただろう。もしくは一瞬で移動しているのならばテレポートを使ったのだと理解出来る。

 だが、その反応はテレポートではなく、ただ単に速いスピードで動いている様な物だった。そしてそのスピードとは、今こうして唖然としている間にこの場から王都へと辿り着いてしまう、そんなレベル。

 この様な芸当、伝説の勇者や魔王ですらも不可能だろう。魔法の誤作動も疑ったが───


「……っ!! 皆さん!! 急いで私のもとに来てください!!」


───今は疑うよりも行動が先だ。彼女は通信魔法を開き、今なお捜索を続ける皆を呼びだす。


「彼の位置が変わりました!! 我々は早急に王都に戻ります!!」


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