一方その頃

「……う……ぐ……ッ!!?」


 レファテイン王国、王都ハルメス。その王城にある病棟内である一人の男が目を覚ます。彼の名は田中───先程夜空によって銃撃され、気絶させられた男である。

 彼は目を覚ますとすぐに飛び起き自分の腹と手足を確認する。記憶では確かに撃たれたそこは既に綺麗に治療されていた。


「目を覚ましましたか」

「ッ……アンタか」


 そんな彼にかけられる声。田中は身を強張らせその声の方向を向くが、そこに居たのは心配そうな顔で座る聖女エリスフィーズだった。見知った彼女であっても警戒心を解き切れない様子である田中に、彼女は何があったのかを尋ねる。

 本来出歩いてはいけない夜、彼のレベルであれば死ぬ事はおろか傷つく事すら少ないであろうダンジョンで倒れているのを発見された彼。それだけならば無断で外出して何かミスでもおかしたのだろう、という事で済まされるのだが、彼の傷がそうはさせなかった。脇腹と両腿。そこに小さな孔が空いており、その周囲は焦げており無理矢理な止血がなされている。そんな状態になる様な攻撃をするモンスターの出現報告は今まで一度も無く、もしそんなモンスターが存在するのならばすぐに周知しなければならない。

 だが、現実はより彼女を驚かせる。


「櫻井……そうだ、アイツだ!!」

「櫻井様が?」

「そうだ! アイツが俺を撃ちやがった!! 野郎能力を隠してやがったんだ!!」

「そんな……」


 彼女は本心から驚く。

 櫻井夜空、その名前は召喚初期から王国内で悪い意味で有名だった。スキルを持たず、ステータスも極端に低い召喚者。これまでもステータスが低い者は少なからず居たがそういう者は限ってスキルが強力であり、どちらも持たない者など初めてであった。だからこそ王国上層部は彼を価値無しと定め、ヒーラーも治癒しないなどしていたのだ。

 そんな彼が、この男を倒す程の能力を隠し持っていた? 有り得ない、そう彼女は思う。まず召喚直後のトラブル時に『鑑定』のスキルを持つ安田によって低ステータスとスキル無しが判明していた。また、その後王国側でも一斉に全員を鑑定し、それが事実である事も既に確認済みだ。

 そして、スキルとは神が人間に等しく与えた権能である。こちらの世界───イルミスの住民の中には少なからずスキルを持たない者は存在し、そして後から発現した者は誰一人としていない。生まれた時に無ければその者は生涯スキルを持つ事はないのだ。

 とにかく、今は確認が最優先だ。彼女は兵士に伝えて召喚者を集めさせる。今は夜明け前、全員部屋で就寝中の筈だった。


「エリスフィーズ様、召喚者一名が部屋に居ません」

「誰がですか?」

「櫻井夜空です」


 しかし、案の定櫻井は部屋に居なかった。


 大聖堂───召喚の儀式が行われたそこに召喚者は集められる。皆はいつもよりもかなり早くに起こされた事で困惑していた。

 しかし、深刻な表情をするエリスフィーズを見て何か起こったのだと少なくない人数が理解する。こういう時に一番槍を務めるのはやはり如月だ。彼は皆の前に出て彼女に尋ねる。


「何があったんですか?」

「つい先程、田中様がフロンティア・ホールにて負傷した状態で発見されました。彼は既に治療を受け、現在は病棟にて安静にしているのでご安心下さい」

「田中君が? 何故こんな時間にダンジョンで……」

「どうやら手数料を嫌って監視の無い夜に潜った様です。それについては後程追求すると致しまして……今、話したいのはそれを行った犯人についてです」

 

 彼女は告げる。


「田中様には脇腹、両腿に小さな孔が空いた状態で気絶していました。そして、それを行ったのは……櫻井様だと仰られたのです」


 そう言うと、途端にその場が騒然とする。自分達のクラスメイトがその様な惨い事をしたという事、そして、それを行えたのが櫻井夜空という男だという事に。


「ま、待って下さい。櫻井君はその、田中君を傷つけられる程のステータスは持っていなかった筈です。何かの間違いではないのですか?」

「ええ、我々もそう思ったのですが……現に今、この城に彼は居ないのです」


 彼女のその言葉で皆が周囲を見渡し始める。下手に関わると自分まで虐めの対象になりかねないので如月以外の人間は彼を視界にすら入れようとしてこなかった。その為ここまで彼がこの場に居ない事に気付かなかったのだ。


「居場所を分かる方法は無いのですか?」

「あるにはあります……しかし……」


 そこで彼女は地図を取り出し、とある位置を指し示す。


「ここが私達の居る王都、そして探知魔法によって判明した櫻井様の位置がここ、知の街マシュロレーンです」


 彼女は「探知魔法で探した」と言ったが正確には違う。実は召喚に使用する魔法陣には発信魔法が仕込まれており、召喚者はいつどこに居ても場所が分かる様になっているのだ。しかし自分達の位置が常に筒抜けだと知れば嫌悪感を抱く者も出ると考えこの様な嘘をついたのだった。

 それはさておき、彼女が指差したのは王都から西の山脈を超えた位置にある街。技術的に距離は正確には記されていないが……


「ここは……一晩で行ける様な場所なのですか?」

「いいえ。テレポートでも使用しない限りはどれだけ早くとも数日はかかります。ですので最初は誤作動を疑ったのですが……何度試しても魔法はここを指し示すのです」


 もし一晩でこの街に行こうと思えば、それはスキルによる移動かワイバーンなどの飛行生物に乗る他無い。彼に協力者が居たのかは分からないが、今分かっているのはダンジョン内部で倒れていた田中が彼にやられたと言い、その彼は何故かこの街に居ると魔法が示している、それだけだ。


「何はともあれ、全ては彼に聞いてみれば分かる事です。そこで私達はマシュロレーンに向かおうと思っています」

「し、しかし数日かかるのでは」

「私はマシュロレーンをテレポートの転移先として設定しているのですぐに到着する事が可能なのです。あまり大人数では行けませんが……行きたい方はいらっしゃいますか?」


 彼女が訊くと、すぐに数人が手を挙げる。


「僕は行きます。何故櫻井君がそんな事をしたのかを知りたいんです」

「俺も行く! ダチをやられて黙ってられるか!!」


 如月と安田。如月はクラスを実質的に率いている事からの義務感から、そして安田は彼の言葉通り───自分が彼にしてきた事は棚に上げて───夜空に向かって憤りを感じているから。

 その他にも多くが挙手し、結果として選抜された10人が向かう事になったのだった。


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