スキル獲得タイム

『マスター、お困りでしょうか?』

「ああ困ってるよ! 誰でもいいから助けて……え?」

『かしこまりました』

「え? え?」


 その時、誰か女の声が聞こえてくる。色々な意味で疲れていたので勢いで返答してしまったが、よく考えてみればこんな声は聞いた事がなく、またそもそも外から聞こえてきたというよりは寧ろ脳内に直接響いた様な……? そう思った瞬間、目の前の空間にどこからともなく現れた光の粒子が集まり、人の形を成していく。

 筋肉が表面に見えない丸みを帯びた体つき。すらりと伸びた足にやや太めの腿、その付け根に相応しい尻に細い胴、そして適度に膨らんだ胸。それらが光の形のみ形成された所で次に服が形作られる。ヒールタイプの靴、下着、タイツに始まり、シャツが現れその上から膝上まであるコートタイプの服が着せられ最後にベルトが腰の位置に巻き付けられる。

 それが終わると色が付き始める。黒いタイツ、焦げ茶のベルト、白いコート。肌は陶磁の様に白く、腰の位置まである長い銀色の髪は絹の様にさらさらとたなびく。顔は人間離れした美しさを持っているが、不思議と不気味さは感じない絶妙なバランスを保っていた。

 最後に瞼を上げ、そのルビーの様に紅い瞳がこちらの顔を捉える。


「……初めまして、マスター。私はアイオワ級宇宙戦艦三番艦ミズーリのサポートAI搭載型自律式アンドロイドです。何なりと、お申し付けください」

「へ? え? へ?」


 突如現れた彼女は無表情かつ抑揚の無い声でそう言う。俺の頭は既にパンク寸前だった。


「えっ……と、え?」

「まず、スキルのご説明を致します。ステータスパネルをご覧ください」

「あ、はい」


 言われるがままに例の画面を開く。相変わらずステータスは殆ど伸びていなかったが文字化けしていたスキル欄には大量の通常の文字が並んでいた。が、そこに書いてあった文字は微塵も信じられない物だった。


「……『宇宙戦艦』?」

「はい。それがマスターのスキル名です」

「何か……何か違くない?」

「仰る意味が分かりません」

「いやだって……いや、うーん……ジャンルが」


 今、俺が居るのは剣と魔法の世界である筈で、ここはモンスターが無限に湧いてくるダンジョンの中だ。そんな場所で手に入るスキルとは思えない文字列なのだが。宇宙戦艦? どう考えてもジャンルが違う。この銃もスキルの産物なのだろう、道理で形が若干SFじみている訳である。スキルを得た嬉しさよりも困惑の方が上回っていた。

 それはともかく、スキル欄を読む。今はこの唯一の力を何としても理解して自分のモノにしなければならなかった。


スキル:宇宙戦艦ミズーリ

レベル:1 次のレベルまで???EXP

・宇宙戦艦ミズーリを出現させ、完全に操る事が出来る。出現させた場合の自分の位置は自由に選択可能。出現方法は出現させる事を念じる事。搭載機や備品のみを出現させる事も可能。ただし、生物を乗せたまま収納する事は不可能。

・スキル解放条件:所持者が生命の危機に陥る事

・諸元

全長:340m

全幅:ーーー

ーーー

ーーー

搭載機:

 空間汎用戦闘機コスモパンサー 32機

 空間汎用輸送機コスモエーゼル 2機

その他:シールド展開可能。ロケットアンカー2基装備。各種備品


「なるほど分からん」

「マスターの持つその拳銃は六五年式汎用拳銃、通称『ゲリエドラグーン』です。殺傷力の高いパルスレーザーを発射する通常モード、対象を気絶させる光弾を発射するショックモード、対象を切断する際に用いるレーザーナイフモードがあります」


 ゲリエドラグーン、それがこの銃の名前らしい。コルトドラグーンを模しているからリボルバーの様な形をしているのだろうか。しかし不思議なのは、この説明を受ける前から俺はこの使い方を全て完全に知っていたという点だ。説明にある「完全に操る事が出来る」という文言は出現させた備品にも適用されるらしい。

 試しにダイヤルをレーザーナイフモードに動かし、引き金を引いてみる。銃口から光弾は発射されず、代わりに15cm程の赤い光の刃が伸びてくる。それを岩壁に刺してみた所、ほんの僅かな抵抗のみで刃は岩を溶かし中にするすると刺し込まれていった。人間など一瞬で切れてしまうだろう。

 兵装や戦闘機なども気になるが、今は出す事は出来ないだろう。となると次に気になるのはどの様な備品があるのか、だ。不親切な事に、あくまでも見なくとも分かるのは使い方のみで、何があるか、などの情報はきちんと見なければならないらしい。


「備品を確認する際は「各種備品」の部分を触れて下さい」


 俺の問いを分かっていたのか、丁度良すぎるタイミングで彼女がそう告げる。


「ゲリエドラグーン54丁……54丁? コスモライフル、グレネード、フラッシュグレネード、スモッググレネード……兵器ばっかりだな。あ、ここ兵器の欄か。えーと、見つけたい物は……あった」


 備品の欄はご丁寧にも種類ごとに分けられており、俺が欲しい物はすぐに見つかった。


「これを出すときはどうすればいいんだ?」

「名前を強く念じるか、もしくは声に出して下さい」

「了解した。……出てこい『医療ポッド』」


 瞬間、またもどこからともなく現れた光の粒子が集まり、今度は人間が一人眠れそうな大きさのカプセルへと変化する。

 これが俺が欲しかったものだった。宇宙戦艦を名乗るならばこの様な物もあると思ったのだ。今、俺の身体はボロボロであり正直今も気合いで耐えているだけなのだ。幸い使い方は出した瞬間に頭に流れ込んできた。服を脱いで中で寝る。それだけで機械が勝手に診断して適切な治療を施してくれる。


「俺はしばらく寝るから……えーっと、名前とかある?」

「私に名前は与えられておりません」

「じゃあ……戦艦がミズーリだしミズリでいいや。ミズリ、俺が寝てる間守っててくれ。そいつが起きかけたらまた気絶させといてくれればいいから」

「かしこまりました」


 俺は適当に彼女の名前を決め、指示を出して銃を渡し服を脱いでカプセルに入る。完全に寝ころんだ瞬間に蓋が閉じ、薬液が中を満たしていく。そこまで来て俺の身体は限界を迎え、俺の意識は暗闇の中へと沈んでいった。



「マスター、おはようございます。お身体の調子はいかがですか?」

「ん……ああ、バッチリだ。何分くらい経った?」

「32分14秒、現在の時刻は午前1時21分です」

「意外と短いな……よっと。おお、身体が嘘みたいに軽い。凄いなこれ」


 治療が終わり、意識が現実に引き戻される。相変わらず洞窟の中は不思議と明るく、加えて眠る前よりも少しだけ明るく見えた。治療の成果だろうか、俺の身体にあった無数の傷は全て完治し、折れていた骨や歯も治り、満ちていた疲労は完全に取り払われていた。

 体を起こし、立ち上がる。ミズリが持ってくれていた黒い軍服の様な服───元々着ていた服はボロボロかつゲロ塗れで到底着られたものではない───を着てカプセルから出る。カプセルは消えろと口に出したら光の粒子になって───出現する時の逆再生の様にして消えた。田中はまだ気絶して倒れていた。


「そいつどうしようか……」


 ううん、と悩む。彼に感じていた怒りは白目を剥いて鼻水を垂れ流している無様な様子と腹と腿に空いている痛々しい銃創を目にしてすうっと冷えていった。

 したのは他ならぬ自分なのだが、いざ落ち着いた状況で見てみると中々にエグイ事をしてしまったものだ。後悔は一切していないが。それ程の事をこいつらは俺と達也にしたのだ。特に達也などは……っ。

 しかし、だからといって殺すのは二の足を踏んでしまう。これは良心か、現代日本の道徳教育の賜物か、いざ額に照準を合わせるとその引き金が果てしなく重く感じるのだ。


「……はあ、あほらしい。なんでこいつの為にこんなに悩まないといけないんだ」


 ため息をつき、銃を下ろす。そして腰についていたホルスターに仕舞い、田中の足を両脇に抱える。


「マスター、私が行います」

「いや、いいよ。俺がやりたいんだ」


 そう答えると彼の頭をずるずると引き摺る様な形で出入口へとゆっくり進んでいく。これで後頭部の毛根にかなりのダメージが行くかもしれないがそんな事は俺には一切関係無い。そうして、出入口付近に彼を放置し、外に出る。相変わらず衛兵は居眠りしており、外は日本では山奥でしか目にかかる事が出来なさそうな雄大な星空が広がっていた。

 結局の所、俺には人を殺す勇気など無かったのだ。そして、殺して心に少なからず傷を負うのであれば殺さなくてもいい。そんな負債を奴みたいなクズの為に負いたくはない。それに奴を殺した所で達也が戻ってくる訳でもないのだ。


「さて、と。これからどうしようかね……」


 ああ。何故この様な中途半端なタイミングで覚醒したのだろう。最初から覚醒していれば奴らに暴力を振るわれる事も無く、もう少し早く覚醒していれば達也は死なずに済んだのに。俺が自殺未遂でもしていればよかったのだろうか。俺が中途半端に打たれ強かったばかりに、俺は達也を殺してしまったのだ。


「……達也を生き返らせたりは出来ないのか?」


 その返答はほぼ分かり切っていた。でも、何かに縋りたかった。


「不可能です。瀕死であれば可能ですが完全に死亡している人間を蘇生する事は出来ません」

「だよな。それこそ魔法でもない限り……魔法?」


 だが、そこで俺は思い出す。


「そうだ、魔法だ」


 ここは、この世界は───


「───剣と魔法の世界じゃないか」


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