スキル獲得

「達也が、死んだ……?」

「ああ……事故だったらしい」


 その日、達也は他のクラスメイトと共にフロンティア・ホールというダンジョンへと潜っていた。ダンジョンとはモンスターが無限に湧き続ける物理法則に真っ向から喧嘩を売っている不思議な穴の事であり、この今俺達が居る王都の近くにあるそれに皆はレベルアップや小遣い稼ぎ───モンスターは倒すと魔石と呼ばれる石を落とし、それは売る事が出来る───の為に日々潜っていた。達也も俺よりかは力があるので何度か経験があり、それ程心配していなかった。

 1つ気がかりがあったとすれば今日同行した中に安田が居た事だが、腐っても危険なダンジョンの中でそれ程過激な真似はしないだろうと思っていたのだ。この時までは。

 目の前に立つ如月はあくまでも人伝に知っただけだが、モンスターの対応中に足元にあった落とし穴が作動したらしい。同じ場に居たのは安田を含めた男女数人。落とし穴は彼が落ちた直後に閉じてしまった為、止む無く捜索を断念したらしい。


「───ッ!!」


 こんなの、完全に奴が犯人じゃないか。

 そのダンジョンは王国の歴史の中で手垢が付く程探索された場所であり、罠や湧くモンスターまで完全に記載された完璧な地図が渡されている。達也も当然それを持っていた筈で、更に罠には目印まで付けてあるというのにそんなヘマを起こすとは考えづらいのだ。

 後日、その落とし穴が捜索されたが、中に残っていたのは彼の使っていたショートソード、血痕、そして膝から食い千切られたような右足のみであったという。それをもって正式に死亡認定がなされ、聖女はわざとらしい悲顔で祈りを捧げ───そして俺は独りになった。


「……」


 彼が死に、しかし状況は大して変わらなかった。寧ろ酷くなったと言ってもいい。二人に分散していた安田達の暴力の対象は俺一人に変わり、訓練と称した蹂躙はより苛烈になった。傷は相変わらず治らず、夜部屋に帰っても傷を舐めあう相手はもう居ない。


「……」


 心は加速度的に荒み、見える景色は色を失った。もう誰も信じられない。

 ある日の夜、俺はあの時達也と共にいたメンバーが話している所に遭遇した。そこで聞こえてきたのは達也を嵌めて殺したといった内容だったのだ。俺は我慢出来ずに飛び出して問い詰めたが「証拠はあるのか」とはぐらかされその場で一方的に暴力を振るわれ続けた。

 その後皆にその内容を話したが。


「いや……流石に殺すとかはないでしょ」

「いくら虐められているとはいえ人殺しの汚名を着せるのは流石にどうかと思うよ」


 などと言って誰も信じなかった。いくら何でも殺しなんてするわけない、そんな考えが前提にある為に信じられないのだ。もしくは信じたくないのかもしれない。クラスメイトの中に人殺しが存在するという事を。

 失意の中、俺は見ない様にしていた達也の残した日記を読み始める。彼は現代人には珍しく日記をこまめにつけるタイプの人間であり、「これでバイオハザードが起きても安心だな」などと言っていたのが懐かしい。これまではプライバシーを尊重して開いてこなかったが、最早この時の俺に縋れるのはかつての思い出しか無かったのだ。

 転移前はスマホでつけていたのだが、転移後はそれが使えなくなった為に空いていたノートを使っていた。『数学』が二重線で消されその上に『日記』と書かれたノートをペラリとめくる。そこには転移後の記憶が綴られていた。


───7月26日、今日は異世界に転移した。聖女さんが言うには異世界人にはスキルが現れるらしく、僕は接着、夜空君は文字化けした謎スキルだった。文字化けスキルなんて絶対に強いに決まってる。皆の前で安田達に殴られたけど、そのスキルさえ覚醒すれば一網打尽だ!


───7月27日、今日は訓練と称して殴られた。途中で接着を使ったけど無駄で余計に殴られるだけだった。夜空君はステータスが一般人並みなせいで剣を持つのにも苦労してた。木刀訓練でも力に任せて一方的に殴られてた。ヒーラーは魔力不足だからって治してくれなかった。傷が痛い。帰りたい。


───8月2日、今日も殴られた。痛い。でも夜空君は僕より殴られててそれでも耐えてた。凄い。帰りたい。


───8月7日、今日も殴られた。痛い。帰りたい。

───8月12日、今日も殴られた。帰りたい。

───8月20日、帰りたい帰りたい帰りたい帰りたいかえりたいかえりたい


───8月26日、今日は遂に王国の騎士団長からダンジョンに潜る許可が出た。これでレベルアップしてあいつらをぶっ飛ばすくらいに強くなるんだ。ずっと夜空君に守られてばかりだったんだから今度は僕が守る番だ。


───9月13日、ある程度レベルは上がったけどあいつらにはまだ敵わない。もっともっと強くなるんだ。


───9月28日、明日はまたダンジョンに潜る日だ。更に更に更に強くなる、夜空君を守れるくらいに!


───9月29日


───9月30日

───10月1日

───10月2日

───10月3日

───


───11月6日。ごめんな、達也。


 真夜中、俺は一人でダンジョンの出入口の前に来ていた。レベルはまだ規定値まで達していない為、無許可で潜るのだ。この時間でも警備兵は居るが、噂通り大してやる気も無い様でぐっすりと居眠りしていた。

 強くなるのだ。達也が死んだのは俺が弱かったせいだ、だから強くなる。そんな思いを盾に、もしかすれば俺は自殺をしに来たのかもしれなかった。未だにレベルは3。筋力、体力も各10程度しか上昇していない。そんな状態で単独で潜るなど完全に自殺行為なのだ。この時の俺は自暴自棄になっていたのだろう。傷だらけの身体、まともに振れない剣、安い粗悪品のポーション。死ぬ要素しか無かった。


 ダンジョンに入る。不思議と明るいごつごつとした岩肌が露出する穴の中を進んでいく。


「っ……」


 しばらく進んだ所で、一匹のモンスターが現れた。体長1.5m程の小さな木の魔物、ジャックトロントである。動きは緩慢で攻撃力も弱く、表皮も脆い初心者用のモンスターだが、今の俺には十分脅威だった。

 相手がこちらに気付き、こちらも剣を構えていざ飛び掛かろうとした───その時だった。


「ぐえっ!?」


 突如何かに身体を蹴られ、壁に叩きつけられる。次の瞬間にはトロントの悲鳴が響き渡る。


「あ? 何だ、モンスターかと思ったら雑魚じゃねえか」

「───っ、田中……何故、ここに……」


 横から割り込み、俺を蹴り飛ばしてトロントを倒したのは何度も見た顔───田中だった。

 何故、何故、何故。今は夜で皆寝ている時間の筈。そもそもコイツはわざわざ夜に入らなきゃいけない理由なんて無い筈だ。昼間に正面から堂々と入れる筈なのに、どうして!


「昼に入ったら稼ぎを王国の奴らに半分取られるンだよ。だからこうして侵入する、のさッ!!」

「ぐふぅっ!!?」

「でもお前が居てくれて丁度良かったぜ。今日はモンスターの湧きが少なくてイライラしてたから、なッ!!」

「がっ!! うぶ……」


 楽しそうに蹴りを入れる。周囲の視線が無い分それは強く、より暴力的だった。腹に入り胃液が逆流する。口を押さえようとしたところをまた蹴られ、その場に勢いよく吐く。


「チッ、汚ねえな。オラ! 舐めて掃除しろ! 今後も俺達が使うんだからよ!」


 そう言って顔を吐瀉物の中に押し付けられる。息が出来ずに藻掻くが押さえつける手は弱まらない。確かコイツのレベルは29、筋力は600を超えたと豪語していた筈だ。到底勝てる相手ではなかった。

 そうして、肺の中の酸素が無くなり意識が朦朧としてきた頃。


(……?)


 ふと、何かが右手の中に収まっているのに気が付く。それが何なのか、自分は知らない筈なのにまるで何かに導かれるかの様に俺はそれを奴の腹に押し付け、引き金を引いた。


バン。


「ぐあァッ!!?」


 破裂音、そして悲鳴。頭を押さえつける手は一方的に離され、俺は一気に頭を上げて息を吸い込んだ。少しゲロを飲み込んで咳込んでしまうが構わない。見れば、奴は脇腹を押さえて苦しそうに呻いている。俺は右手の中の物───銃を両手で持ち直し、奴へと向けた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ぐゥぅ……があ……い、痛い……」


 先程までの余裕はどこへやら、田中はその場をのたうち回る。俺はそんな奴の右腿に銃口を向け、再び引き金を引く。パン、と乾いた音と共に狙った場所に穴が空く。先程と同じ様な悲鳴を上げ、今度は腿も押さえてのたうち回る。そこでようやく状況がつかめてきたのかこちらを睨みつけてくる。しかし痛みの方が強いらしくその顔は苦痛に歪んでいた。


「て、手前……痛ェ、な、何、しやがった……」

「はぁ、はぁ……これで撃ったに……決まってるだろ」

「ど、どこから……どうやって……」

「知るか」


 パン。今度は左腿を撃つ。今度は小さく呻き声を上げるだけで息を荒くさせるのみとなっていた。血は出ていない。傷口は焼け焦げ、無理矢理な止血がされていた。


「いてぇ……」

「これで……もう、動けないだろ……」

「───ッ……!?」


 ようやく自分がどういった状態にされたのかを理解し、顔を蒼白にさせる。両足は撃たれて動かせない。上半身も脇腹を撃たれて動かそうとする度に鋭い痛みが走る。今、奴は完全に無防備だった。

 自分に向けられる銃口。現代日本では一般人として過ごしていれば玩具としか思わないであろうそれは、しかし他ならぬ自分の身体がそれを本物だと証明していた。これまで一切感じた事の無かった恐怖が身体を貫きずるずると後ずさりする。


「な、何をする気だ? ま、まさか……」

「……」

「ヒッ!! や、やめ───」


 破裂音。直後に田中は動かなくなる。だが、死んだ訳ではない。直前にダイヤルを動かし銃をショックモード───対象を気絶させる───にしておいた。その証拠に彼の胸に穴は空いておらずその心臓は鼓動を打ち続けている。

 手元を見ると、そこに握られているのは言うなればどこかSFチックな未来的かつ少し古臭い印象も受けるリボルバーを模した様な形状の大き目の拳銃。使った事はおろか見た事すらない筈だというのに俺はこれの使い方を全て知っている。


「……何なんだよ……」


 俺は脱力し、その場にへたり込んでそんな言葉を呟いた。


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