第7話
「この間弁護士にも話聞いてもらって『相手にしないのが1番』だってさ」
「弁護士にも相談してたんだ…」
「領収書も控えてある。苦痛を強いられていた事実としてはこれも立派な証拠だ」
「それと『彼女いたの?』って、アンタも同棲してるんじゃん?それを『依存させろ』って知らねーよ。アンタがそんなだから彼もウンザリしてんじゃねーのか?何が依存だよ、ふざけんな!」
ずっと言わずにいたことを数分の間に一気に捲し立てた。相手の切り札を専門家の知見も借りながら真正面から全否定してやったことも効果が有ったのかも知れない。ずっと黙っていた美々がぼやくように口を開いた。
「これで漸く終わりだって思ってるんでしょ?」
この後に及び往生際の悪そうな引っかかるセリフだと感じたが思った通りに返した。
「別に。アンタの理不尽な要求に沿う必要は一切無かったって事だけだろ」
美々が歯を食いしばりながら強い視線を寄越す。
「アンタの方から他に何か言いたいことはある?」
暫く間を置いて美々が「いや…。特に無い…」と答えた。
「だったらこんな所で夜更かししてても時間の無駄だ。この関係は何も生まない」
そう言うと広木は問答無用に車を出し、美々の自宅最寄りの交差点へ車を停めた。
「着いたよ」
「どうせ清々してるんでしょ?」
「いちいちうるせーな。だったら何なんだよ最後まで」
「これで終わってラッキーだって思ってるんでしょ?」
「何度も言わせるな早く降りろよ、ばーか」
美々も気圧されるかもように堪らずドアを開けて外へ出たが、もう一度頭を車内に突っ込んで来て言う。
「これでもう会わなくて済むって思ってるんでしょ?」
「マジでキモいんで早く帰ってもらえるかな?ほら、蚊が入って来るから早く閉めろよ(笑)」
美々が泣きそうな顔で助手席のドアを力無く閉じたと同時に、広木はこれまでの鬱憤を晴らすようにアクセルを踏み込んその場を後にした。
「これで終わりだと思って清々しているのだろう?」と執拗に問い掛けて来る美々は不気味で仕方なかったが、不思議とこれまで警戒していたかのような脅し文句の様にも思えず、仮にそうなるのであれば悪意を持って全面的にやり合ってやろうと、広木もその気だった。
週明けの月曜日。いつものカフェでオーダーしたグリーンカレーを待ちながら、サラダビュッフェに手を付けていた。この店のサラダは日替わりで数種類が食べ放題で、実際に出されるメニューもバラエティに富んでおり広木のお気に入りだった。この店でしか食べられないメニューがいくつも並び、日によってはサラダがメインにも成り得るのだから毎日通っても飽きなかった。
グリーンカレーが出されてそれに手を付けようとしたところで受信したメールを確認すると送信元は美々だった。
「この間言われた事をずっと1人で考えていました。私の言動が追い詰めてしまっていた事は素直に謝らせて下さい。あと、あの日の行為についても、言われた通り良い歳した大人が自分の意志でした事と言えば本当にその通りだと思いました。何か他に言いたいことが無ければ返信は不要です」
土曜日の美々との会話では容赦無く言いたい事をぶつけたため、変な受け取り方をさせて火に油を注ぐ格好になってしまう事も覚悟はしていた。
だが美々のこのコメントを窺う限りでは、案外すんなりとこちらの意図した事が伝わっているような感触があったので胸を撫で下ろす想いでグリーンカレーを啜った。
ココナッツの甘みの後にジワリと刺さる様な辛味が口の中へと広がり、久しく食事を美味しく食せていなかった事に気付かされる。そういえば真夏に汗を滲ませながら窓際の席でこの店のカレーを食べるのが好きだった。
豹変する人 城西腐 @josephhvision
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます