第6話

 坂井の事務所を出た広木は駅前のコンビニでビールを買い、部活帰りの高校球児がコンビニに前で自転車に跨ったまま飲み食いする姿を眺めながら、駅のロータリーの傍に腰を下ろしてそれを口に含んだ。美々と会うのも次で最後だ。

 どうやってそれを実現しようか、その答えは坂井と会話をしながら既に出ていた。支払いを済ませる際に、念のためにと領収書を敢えて受け取り事務所を後にしようとする広木に、坂井は最後まで呆気に取られた様子で最後は本当に半笑いだった。


 その週の土曜日の夜。次回は週末の夜間帯でも身動き取れそうだと事前に告げると、案の定美々は次の約束にその時間帯を指定した。

 何時もの場所に車を停めて待っていると、歩幅を大きくしながら気怠そうに歩いて来る美々の姿が見えた。目を合わせれば笑顔を返されそうな気しかしなかったので、こちらはあれからずっとそんな気分ではないのだと、目もくれず助手席のロックを解除して助手席へ迎えた。

 特に声も掛けず車を出し、最寄りのコンビニの正面に向かう格好で停車させた。

「何か買いに出ないの?」

「いや、今日もうここで良いじゃん」

「照明の光が眩しいので出来れば違う場所の方が…」


 舌打ちしそうになるのを堪えながら返事もせず車を駅に向けて進め、そのまま駅通りに停車する。駅から帰宅する人々が車の直ぐ傍を通り過ぎながら車内に視線を寄越すが広木はもうどうだって良かった。

 暫くすると美々が「ずっと言おうと思っていたのだが」と言わんばかりに平静を装いつつも苛立ちを隠せない様子の作り笑顔で口を開いた。

 坂井の事務所でこの件の話の落とし所が見えてからは、これ以上美々のご機嫌は伺わないと腹を決めていたが、いきなり露骨過ぎたのかも知れない。

「ってかさ、ずっと車停めたままだと私気晴らしにも何にもならないんだけど(笑)」

 何かをキッカケに話を切り出せればと思っていたところ、意外にそれは早く訪れたため広木は流れに沿うように応じた。正確にはブチ切れた。


「今何て言った?」

「だから、車出してって言ってるの!」

「出さねーよ。あれからいつ何言い出すか分かんねーと思って気使いながらこっちは嫌々時間作ってるんだから。こういうのも今日で最後だわ」

「別に会社には言わないよ」

 まだ言ってやがる。コイツは本当に何も分かっちゃいないと改めて感じたので、この際ガツンと言っておこうと思った。

「あの日の事を『人事に言う』とか何とか言ってたけど、オレの視点で喋って良いか?」

 美々が黙って頷く。

「オレも下心で時間作ったつもりは更々無かったし、むしろ機会があれば2回目以降もあると思ってた。あんな電話掛けて来るまでは」

「だからそれはごめんなさい」

「あと『言わないから大丈夫』的なことずっと言うよね?今日も1回言った」

「『車停めたままじゃ気晴らしにならない』って言ってたけど、この時間がどれだけ苦痛か分かるか?」

「初回の行為だって大人の男女が互いの意志で合意の上でそうした結果であって、それを後から振り返って不本意だったか何だか知らねーけど切り札使って脅すような感じじゃん?」

「そんな…。脅すなんて…」

「普通にしていれば男女の関係として発展した可能性もあったとオレは思ってる。それは分かんねーよ男と女だから。それをアンタが自分でぶっ壊したんだろうが!」

「仮に会社に言ったとして会社は何と思う?もしかしたら合意の無い性行為と主張を貫けばオレも何らかのペナルティは受けるのかも知れない。ただその前に、『休職中に何やってんだよ』って感じだと思わないか?」


 美々は黙って聞いていた。

「あとさ、アンタの捉えた視点で会社じゃなく法に訴えようとしたとするじゃん?オレが酔わせたりして後部座席に無理矢理押し込んで行為に及んでいたり、そういう時に傷が出来ていたりとか証拠が上がらないとアンタの言い分で立証なんて出来ねーよ」

 驚いた表情で美々が顔を上げた。

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