第4話

 週明け。思いの外平穏な3日間が過ごせたが、幸福感に満ちた3日間の余韻に浸ることは叶わなかった。


 その日は21時前に帰宅途中で夕食を済ませて家路についたが、自宅に到着したところで図ったように着信が入った。悪寒を感じながら通話に応じる。

「彼女帰った?楽しめたかしら?」

「今朝送ったよ」と無難に返す。

楽しかったかどうかを美々にとやかく言われている事自体に違和感を覚える。


「それで『人事に言う』とか言っていたのはどういうこと?」

「あぁ、アレね。大丈夫だよ。言わないから」

 ニュアンス的には「カードはこちらが握っている」とでも言いだしそうな様子だ。少なくとも広木と美々との間に、あの日の出来事の捉え方に相当な乖離があることは確かだった。

「ああいう言い方されるとどう関わって良いか躊躇するよね?」

「だって連絡寄越して来ないじゃない」

「同棲している女性に連絡なんて出来ないよ」

「彼は私のことで疲弊しているし、関係も上手くいってないから。だからというわけじゃないけれど少しの間だけ依存させて欲しいの」

「依存って何?僕に?何故?」

 言っている意味が分からなかったし家の中の事は自分達で何とかして欲しい。


 彼女の中でのストーリーはこうだった。婚約と同時に同棲生活を始めたはものの、程なくして関係がギクシャクし始めた。そこへたまたま連絡を寄越した広木との深夜の都内でのドライブは、非常に有意義な時間だったと言う。なのでその様な気晴らしの時間を継続して設けたい。だが性的関係に及んだにも関わらず、その後広木が距離を縮めようともしないことに痺れを切らした。


 広木にしてみれば、気が向けばいくらでもドライブへ連れて出たに違いなかった。あの美乳も何度でも手にしたい。だが、美々の自分本位の正義や偏った論理は、一歩間違えれば広木にとって脅迫行為のようにも受け取れた。

 仮に広木と美々があの日をきっかけに交際に発展したとしても美々が不本意な形で破局に至るようなことがあれば、良いように遊ばれたと、会社に言い出しそうではないか。こんな一方的な主張が通ると勘違いした強気な姿勢が歯痒くて堪らない。


 だが事実認識が広木と真逆の美々は続ける。

「この間の事を知人に相談すると、『絶対会社に言うべきだ。然るべき対応を取るべき話だ』と言うの。でもお互いの生活もあるじゃない?ただ彼にも墓場まで隠し通せと言われたわ」

 一方的な美々のストーリーを聞かされた者がそのように助言していると言う。墓場まで持って行けとここで彼を出されようが知ったことではない。むしろ美々も広木の彼女に合わせる顔があるのだろうか。


 その後の美々との向き合い方には難儀した。夜に会う時間を作るなど、美々の要望に応じる羽目になった。決まった時間に必ず鳴る電話が不気味で仕方がなかった。度が過ぎた美々の言動に強い口調で返そうものなら、今度はそれを恫喝だと指摘される。

 その度に決まって「大丈夫だよ。人事には言わないから」という言葉が添えられる。「ああいう言い方は悪かった」と詫びながらも、やはり美々は自分のやっている事が分かっていないようだった。そうまでして美々は広木と同じ時間を共にして一体どのような形を望むのだろう。


 平日会う時間を作っても拘束は深夜にまで及ぶ。これなら残業して仕事をしていた方がマシだ。これ以上は続けられないと意を決した広木は、美々からの拘束から解放された翌日に休暇を取得し、平穏な生活を取り戻すための対応に移った。

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