第3話

 広木はどんな女性が相手であろうと体の関係を持っても一定の距離感を維持するように努めていた。フェードアウトしたり疎遠になることもないし、こちらが余程想い入れたりするでも無ければ連絡を交わす頻度が上がることもない。きっと美々とも気が向いたらまたドライブでもするのだろう。

 美々との時間を共に過ごす中では特に話題にならなかったのだが、広木には大阪に遠距離で交際している彼女がいたし、美々も婚約して同棲を始めたばかりだと話していた。互いにそれぞれのプライベートな時間を大切にしているということを共通認識としておくことも重要だと思った。


 その週の土曜日。この日は大阪から早朝に夜行バスで到着する彼女を横浜駅に迎えに行くこととなっていた。

 横浜−大阪間での遠距離の交際も2年目に突入し、交際自体も4年にも及ぶ。好き放題している広木であったが、今年は頻繁に互いの家を行き来し、来年からは同棲してはどうかという話を切り出してもいた。この3連休では、初めて2人でディズニーランドへ行く計画を立てていた。


 早朝の5時を回った頃に電話が鳴った。彼女が予定よりも早く到着したのかと虚ろに携帯電話を手に取ると、着信相手は彼女ではなく美々だった。どうしたものかと思いながらも通話に応じる。

「もしもし、どうしたの?こんな早くに」

「…フフ。起きてるんだ(笑)」

「この着信で起きたけど、どうした?」


 少し間をあけて美々が続ける。

「アナタさぁ。結局人の弱みに付け込んだだけなんでしょ?」

「どうしたの急に?お酒飲んでるよね?大丈夫?薬と一緒に飲んだりしてない?」

「そんなの私の勝手でしょう?」

「いや、それで何で僕に?」

「アナタ絶対に許さないからね。取りあえず人事に言います」

「何を人事に言うの?」

「アナタが先週私にしたことを人事に言います」

「したことって?口でしてもらったこと?」

どうやら会話が出来そうな雰囲気ではない。

「一旦2人で話をしようか。人事とか第3者巻き込む話じゃないでしょ」

「いつ話をするって言ってるの?」

「この3連休は無理だな。大阪から彼女が来る」

「ちょっと何言ってるか分からないんだけど。彼女いるんだ?それで私に何て事してくれてるのかしら(笑)」

「週明けにこちらから連絡するからそこで話そう」

「3連休と言うことは火曜日には都合がつくと言うことね」

「そうだ」と応じ、体を慰るような言葉を掛けながら通話を切った。

 時計の針は家を出ようとしていたギリギリの時間を指していた。厄介な事になるかも知れないと嘆きながら、広木は横浜駅に向かってアクセルを踏んだ。

 横浜駅に着くとバス停の目の前のコンビニから出てきた彼女を拾い、まだ時間も早いのでと自宅へと折り返した。そして早朝のことは一旦忘れることにしようとマッタリ過ごしながら、今度は彼女に口で抜いてもらった。


 この3日間の彼女との時間はとても充実していた。こうして遠距離で行き来しながら一緒に過ごす時間を楽しみにしてくれる姿が健気で愛おしくもあり、広木は外で遊びはするものの、彼女が喜ぶ顔見たさで2人で過ごす時間をそれまで以上に大事するようになっていた。

 2人でディズニーランドでのパレードを眺めている時はとても幸福に満ちていたが、ことあるごとに美々からの電話を思い出し、この関係が壊れてしまったらどうしようかと、少しでも早く話をつけたかった。

 もしかしたらあの日はたまたま飲み過ぎてついついあのような口調になっていたのかも知れない。そうであればそれに越したことはないと願うように、3連休の最後の夜を彼女と部屋でマッタリと過ごし、翌日の出社前に新横浜駅の新幹線の改札口まで見送って楽しいひと時を終えた。

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