短編SF

@sk_darjeeling

老人のいない町

登場人物

トム・レイン(43)


***


 職員の男が書類に書き込んでいく様子をトム・レインが退屈そうに眺めている。壁にかけられた時計の音だけが室内に響いていた。しばらくそのままでいると、男は使い込まれたペンを机上にそっと置きトムを見上げ口を開いた。


「これで手続きは終了です。ようこそユース町へ、レインさん。」


「随分と簡単に終わったな。もう少し時間がかかるのかと思ってたんだが。」


「大した手続きではありませんから。」


 書類を封筒に入れて、男はそれをトムに手渡す。トムはその場で書類を読み直すために中身を取り出そうとしたが、男が自分の後ろに視線をやっていることに気づいてそそくさと席をたった。


「手続きをありがとう、また。」


「またのご利用をお待ちしております。」


 封筒を鞄に仕舞い、トムは町役場を後にした。午後の陽光を浴びて、町で一番大きな建物である教会の十字架がきらきらと輝いている。トムは町の様子を観察しながら歩いた。町役場を中心に、住宅と商店があちこちに軒を連ねている。小さな雑貨屋。お洒落な珈琲店。人の出入りが多いスーパーマーケット。このまま新居に戻ろうとしていたトムはそれらに目移りしながら歩き続けた。

 小さいながらも町には活気があった。公園では子供たちがベンチで楽しそうに過ごしていて、商店街では威勢のいい声が飛び交っている。しばらく町を歩き回ったトムは、新居にほど近いこじんまりとした食堂で昼御飯を食べることにした。店に入ると、年季の入った建物には似合わない幼い少女が愛想よくトムを出迎えた。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ!」


 店内に他の客はいなかった。日当たりのいいテーブル席に腰かけたトムはメニュー表を眺めて少し考えた後、サンドイッチとコーヒーを注文した。料理が出来るまでの間、トムはぼんやりと窓の外を眺めた。外を行き交う人々は皆若く、年老いた人間は見かけなかった。


「お待たせいたしました。サンドイッチとコーヒーです。」


「ありがとう。」


 コーヒーを一口飲み、トムはこの違和感について考えた。たまたま年老いた人たちが自分の目に入らなかっただけかもしれない。公園では子供たちが遊んでいて、お店には成人しているように見える大人たちが確かにいた。しかし、記憶している限り自分自身よりも年上にみえる人間は誰一人いなかったのだ。老人のいない町、老いることのない町。トムはそういう都市伝説の類を思い浮かべた。この町にいることで若いままでいられるのなら、それはそれでいいかもしれない。そう思ったトムだったが、ありえない自身の妄想に苦笑する他なかった。サンドイッチを齧りながら、再び窓の外を眺めるトムの耳に子供たちの楽しそうな声が届く。老人を見かけないことと老人がいないことは同値ではないだろう。小さな町だから町民の数が少ない分老人たちも少ないのかもしれない、とトムは勝手に納得した。そうこう考えているうちにサンドイッチはあっという間になくなった。残っていたコーヒーを飲み干して、少女に声をかける。


「ごちそうさま、お会計を。」


「はい、14ドルになります。」


 慣れた手つきでレジに値段を打ち込む少女にトムは問いかけた。


「いつも君一人でお店をやっているのか?」


「はい、そうですよ。」


「随分と若く見えるが、」


「ええ、もうずいぶんと長いことやっていますからね。」


 少女はそう言うとにっこりと笑った。



 新居に戻ったトムは部屋の掃除や荷解きに勤しんだ。もともとそこまで物が多い方でもなかったので、引っ越し作業は順調に進んでいった。備え付けの家具に細々としたものを収納していきあらかた荷解きが済んだ頃、トムは冷蔵庫に食材が一つも無いことに気づいた。時計に目をやると、時刻は17時を指している。今からスーパーマーケットに行って、戻ってきても夕飯を作る気にはならない。どうせ家を出るなら、夕飯も外で食べてしまおう。トムは思いたって立ち上がると、コートを羽織って外に繰り出した。

 外はすっかり日が暮れていた。大通りでは皆夕飯の買い出しの途中なのか、多くの人々が行き交っている。子供連れやカップルたちが楽しそうに通り過ぎていった。トムは昼間と同じように、スーパーマーケットまでの道のりをあちらこちらに視線を巡らして歩いた。

 ふと、視界の端に十字架が映った。教会だ。町役場を出たときに聖堂は開かれていなかったが、今はどうやらミサが行われているようだ。トムはなんの気なしに教会の前まで足を運ぶと、中を覗き込んだ。聖堂の中には数人ほど若者がおり、祭壇に向かって祈りをささげていた。熱心に祈る人たちの邪魔をしないように、トムは静かに教会の中に入っていった。入口からは見えなかったが、祭壇には布でくるまれた何かが2つのせられている。後ろの方で祈りを済ませようと思っていたトムだったが、好奇心に負け祭壇へと近づこうとした。


「そこの貴方。」


 突然後ろから声をかけられ、トムは驚いて振り返った。声をかけてきたのは神父の格好をした少年で、胸に十字架をかけていた。


「驚かせてしまってすみません。」


 神父はトムに謝罪するとそのまま言葉を継いだ。


「もう間もなく還元式が始まりますので、どうぞこちらにお座りください。」


 聞きなれない単語に首を傾げつつ、言われるがままにトムは祭壇から少し離れた位置に腰かけた。


「神父様、還元式とは一体何なのですか。」


「おや、ご存じないのですか。......あぁ、そういえば見ない顔ですね。」


 神父は少し意外そうな表情をしたが、すぐに微笑んで言葉を続けた。


「還元式は、安らかに眠るために我々人間の罪を神に告白するものです。」


 そう言って神父は祭壇の方へと向き直り祈りのポーズをとった。式が始まることを理解したトムもそれに倣う。ほどなくして、近くに控えていたシスターたちが祭壇の中央にかけられている布をめくった。

 先ほどまで分からなかった2つの何かが姿を現す。それは赤ん坊だった。トムは思わずぎょっとしたが神父は静かに祈りを捧げたままだった。前で祈りをささげている若者たちも動じる様子はなかった。やがてゆっくりと立ち上がった神父は再びトムへと体を向けた後、穏やかな口調で語りかけた。


「今回の還元式はこれで終わりです。」


「あの二人は......」


「そちらにいらっしゃる方々のご家族です。」


 神父が手で指し示した方に顔を向けると、視線に気づいたのか一人の若者が近づいてきた。


「神父様。こちらの方は?」


「還元式に興味があるようでしたので、共に祈りをささげていました。」


 神父が説明すると若者は納得がいったようだった。そしてトムの方を見て会釈をする。


「あ、どうも......。」


 見ず知らずの人たちの還元式に参加したことに今更ながら気まずさを覚えたトムが少しどもりながら会釈を返した。そんなトムの様子など気にせず彼らは世間話を続ける。還元式のこと。年老いた人間がいない町のこと。彼らにききたいことは沢山あったが、どうにも今のトムにはそんな話を切り出す勇気はなかった。結局、神父は少し話をした後足早に去っていった。聖堂に残ったのはトムと数人の若者だけになった。


「すみません、少々盛り上がってしまって。」


「いや、こちらこそ、突然式に参加してしまって......」


 そう言うと、若者は不思議そうな顔をした後思い出したように頷いた。


「ああ、還元式は初めてでしたね。」


「はい。知らない人間が参加して大丈夫でしたか?」


「祈りは多いに越したことは無いですよ。なんだかんだ還るときは寂しいですからね。二人も喜んでいますよ。」


 そう言って微笑む若者に、恐る恐るトムは問いかけた。


「やはり先ほどの赤ん坊は、」


「はい、父と母です。貴方の祈りでより安らかに眠ることができたでしょう。」

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