第14話【護る者】
「ニレ。水の女神。少しだけ干渉します」
シギの言葉には、惑いがなかった。
直後、向けられたのはヒトの紡いできた術式の類ではない。
地に伏せさせられたときにビサイに覚えた違和感に少し似ている、だが、比較にならない。
目に映らない、手にも触れない、しかし気配がある。
間髪入れず恐怖に本能が騒ぎ出し、激しく頭の中で警鐘が鳴るのに、次には柔らかく優しい手のひらで撫でられるよう、逆らおうとする心が消えてしまう。
自分の根源、奥底にあるもの。
忌避もできず、掴み取られている。抗えない。一度捕らわれたら委ねるだけ。風が吹き雲が流れるのと同じ、どうにもならない。
「渡り鳥、私たちに何をした?」
ミナセも拒絶することができなかったのだろう、落ち着いていても、かすかに震えの混じった声で問いただす。
ニレはまだしも、水の一族でさえ防げない力で、獲っていこうとする。
「記憶に触れられないよう、彼の力を僕が相殺します。ただ、僕自体が害でもある。水の女神、あなたには無理をさせるでしょうが、結界は保っていてください。街の人たちに影響を与えたくありません」
「馬鹿な、どういうことだ?」
「僕たちの力の根源は同じなんです。長短の差はあってもヒトに等しく与えられている、時間。ヒトであって平常より遥かに長い時間を与えられ、そこから力を生じさせるのが『獲る者』と『護る者』です」
シギが前に立っていたミナセの腕を取り、後ろに下がらせる。
ニレはその横顔を見つめ続けることしか、今はできない。
「僕は、時間を獲ります」
ヒトの持つ時間。
言い換えるとするなら。
命、そのもの。
苦痛も覚悟も相手に与えない、純粋に生命を奪う。
避けられない病や傷が削り取るのとは違う、まさに今この瞬間を最後に未来を断ち、死の淵へ投げ込む力。
範囲内にいるだけで『護る者』『獲る者』の力の根源に直接触れてくる、発現に要する分を奪って抑え、ただの人間と等しくしてしまう。
ヒトの天敵、同じ役割を天地から与えられた『獲る者』にさえ災禍と言い表される者。
これが、シギ。
「やァ……、痛い痛い。でもまあ、全員揃ったから良シとしよう」
あちこちをさすりながらビサイが立ち上がり、口元を歪めて笑う。
見世物小屋の道化のように、大仰で優美な、しかし礼儀のない辞儀を一回。空洞ゆえに響くといった具合の声だ。
「さて、お集まりの皆様方。おオかた、皆様方は、おれをどうにかしたい、と。お喜びを、実は利害が一致してる」
「一方的な判断の押しつけは遠慮したいですね」
「じゃあ、説明しよう。唯一かつ最も重要なのは、『強奪者』の頂点にもなれるだろうあんた様に、是非とモおれの願いを叶えてもらいたいってことだ。水のお嬢様は見届け人。そこの坊ちゃんは自分から飛び込んでキたわけだが、ははっ、これはおれに運が向いてるな」
「僕に何をさせるつもりですか」
慎重な声色で問うシギと相対して、悠々と立つビサイ。
気色が悪い、とニレは思う。
国境どころか海を越えて追われ、まさに逃げる進路を塞がれているはずの男。おまけにシギの力の影響下にいるのに、緊張を欠き、弛緩している。
ビサイが言った。
「時間の『強奪者』。おれを殺してくれ」
聞き違えたかと思わされる、気安さ。
半ば予想がついていたのかシギに動揺はないようだったが、一瞬で後ろ背にひりつきを帯びる。
「ああ、いやいや、あんた様が罪に問われるようなことはナいから、安心してもらいたい。そうだろう、お嬢様? 例の手配書は思うに、生死問わずの賞金つき、予想が正しければ破格。おれには価値があるからな」
隣にいるミナセが忌々しそうに眉を寄せるのを見て、ニレはその懸念に察しがつく。
高額の賞金首。
街で異変が起きた情報が手配書と共に出回り、広く知れ渡っていけば、関連を睨んでビサイを狙う者が出入りを始めるだろう。北大陸の調査団が派遣されてくるくらいならまだいい方で、賞金稼ぎが組織化して動き始めたり、金欲しさに無法な連中がのさばったり、そうなれば無関係の人間が面倒ごとに巻き込まれないとも限らない。
街に暮らす者の生活が脅かされるのは間違いなく、治安が乱れるのは避けられまい。
民と領土が踏み荒らされることを、ミナセが許すわけはない。
「何故だ。貴様は捕虜となった後に死罪を言い渡されたと聞いている。その裁きを逃れておきながら、命を捨てる? あまつさえ無関係の者に手を下させるか!」
「評判通りの高潔なお嬢様だ。そもそもだ、ここに来たのは、ちょっかいを出せばお嬢様がおれを死なセてくれるかと思ったからなんだよ。ちょいとやって肺に水を満たすだけで済むだろう? でも、しないな? こんな大仰な仕掛けまでして、まだおれを捕まえようって腹でいる」
「私は貴様を断罪する。だが、罪の告白と弁明の機会も与えずに死に至らしめる道理もない」
「ははっ、罪? おれの罪? お望みとあらばいくらでも話そう。奪った記憶、誰がどんな半生だったか、一から十まで説明できる。オ互い途中で何度か反吐が出るだろうな、付き合ってくれるかい? ……おれは、死罪でよかった。断頭台でも絞首台でも、磔台でモ、泣いて騒いで喚きながらだって、自分の足できっと上ったろうに」
朗々と、けれどかさついた声が続ける。
取り引きを持ちかけられましたか、そう呟いたのはシギで、ビサイが嬉しそうに指を鳴らした。
敗れれば土地や資源と等しく、人間も戦勝国に取り込まれるのは常だ。天地由来の特異者となれば、無論、手懐けて使役したいと大概の為政者は考え、同時に、懐柔が難しいと判断すれば大きな力を他所で奮われないように存在を抹消するだろう。
どんな場所でどんな言葉だったのかは知り得ないが、死か、新たな忠誠か、選ばされた。
「……、でも、え? おかしくないか」
ニレは図らずも、疑問を漏らす。
まず死罪の決定があり、次に命と引き換えの交渉が行われた。しかしビサイの言葉を正とすれば、取り引きには応じずに、裁きのままの死罪を自分で選んでいるはずだ。待っていれば望みの死を与えられただろうに、脱獄してきたのは、理に適わない。
「いやはや、坊ちゃんは綺麗なところでぬくぬく暮らしてきたんだなァ。酸イも甘いも、とはいかないか。まだお子様だ、かくあれかし」
「ニレ。あなたも含め、僕たちは、力を一切使わずには生きていけません。逆に、命さえあれば、力もそのままです。忠義を誓わないなら道具として、手足を落とされるか、眼玉を抜かれるか、そういうこともあるでしょう」
「嬉しいねえ、やっぱりあんた様とおれは近イ! よくよくおわかりだ」
選択という言葉がつけられている脅迫と強制、従うか、従わなければ自由を取り上げられて、だが延々と、使役されることのみが絶対的に定められている。
「自害もいろいろ考えたさ。でも丈夫な身体だ、死にきれるかは怪しいからな。半端に生き残ったらそれこそ、ドうなるかわからないだろう? 他人様を頼るくらい許してもらいたいねえ。……どう思う、坊ちゃん?」
悲壮感もなく喋るビサイに答えを委ねられ、ニレはわずかに言葉に詰まった。
街や友人を混乱させられた怒りや敵意があっても、相手が迎えようとしている現実は、あまりにも血生臭すぎる。いつだったか、ミナセが『護る者』『獲る者』はヒトの理とは別にあると言っていた。罪に罰を与えるのは当然だとしても、ヒトとは違う枠とされ、長い生を逆手に囚われ続けて尊厳までもが取り上げられようとしているのは、正しいのか、否か。
いつまで考えたとしても、きっと答えは出ないか、出ても不正解だろう。
ただ、確かに言えることが、ひとつある。
「だからって、シギを人殺しにはさせない」
ニレはシギの正体を知った。凄惨な記憶を見た。前に聞いた過去の話。全てがあるから、わかる。
命を獲るのはどうあっても捨てられない力、けれど誰かを直接的に死なせることは絶対になかったはずだ。他者の死に際に触れて誰よりも怯え、本能に刻まれていながら拒絶せずにはいられない矛盾を抱えて、壊れてしまう寸前だったから。
それに、シギの語ったことが真実なら、特異者の寿命と力は比例している。既に八百年ほどを生きてきたのだとして、それでなお、まだ二十代の若い姿なのは、ほとんど力を使ってこなかった証明だ。
「憐れみはないか。残念だ」
ビサイが深く、長く、溜め息をつく。
さっきまでの貼りついていただけのような喜怒哀楽が消え、今の息遣いは腹の底から出た重みがあった。
「災禍が贔屓する『守護者』。坊ちゃんから頼んでくれりゃ望みもあったのにな」
「ニレを侮辱するのはやめてください。僕もあなたを殺したくはない」
「頑固だねえ。おれなら同意済み、合法、しかもヒトより長い時間が獲れる。なのに断るか」
「……、叶うなら、ただのヒトのようにいたいだけです」
平穏の片隅を借り、そっと、生きて暮らして死にたい。
ヒトの生き死にに直結している自覚があるからこそ、凡庸に見せるために努め、戒め、抑えて、ようやく叶うかどうか。
授けられた力の大きさの真反対に据えられた、何かひとつ間違えただけで呆気なく滑り落ちてしまいそうな望み。
一瞬、ビサイが真顔になったように見えたのは、気のせいだったか。擦れた喉を咳き込ませ、だが、堪えきれない震えと素振りで大きく、けたたましく笑い出した。
「っははははァ! あんたが、単なル人間に? あっはははは、天地から賜った力に背くか! 許されることじゃない、許されない、でもやってのけるつもりだな……、その若造がいるからか? 狡い、狡いな! はははははは!」
乾いた馬鹿笑いだ。
そして、ざらりしたものに触れられる感覚。砂を浴びてしまったときの不快感と共に、何かが、こそぎ落とされていく。
ニレは身体を這うざわつきにあちこちを撫で回し、物理的な欠落のないことはすぐ確かめられたが、頭の芯から一気に血の気が引いた。
「え……?」
震えた声が出て、傍にいるふたりが何事かと振り返ってくる。
ニレは向けられた顔を見返した。
「ニレ?」
「若木君?」
「……、名前……、おまえたちの名前が、わからない」
旅商人の、黒髪の青年。この土地を護る美しい領主。
ふたりと自分が、どういう間柄か、いつから何をして過ごしてきたのか、話してきたのか。相手に呼びかけ、親しくしていたことは疑う余地もなしに身体に染みついているのに、名前が浮かんでこない。脳裏のどこを探っても、出てこない。
あるいは、名前のみならず、今もなお、削り落とされているのか。
眼前のふたりより生きてきた時間が短い分、獲られる記憶の量が一定であっても、自分がまず先に空になるだろうことは明白だ。
成す術を講じなければ、誰が誰であったか、自分が何者か、何を失ったのかさえもわからなくなってしまう予感。
あったはずのものが消え、身体の奥から茫漠が広がり始める。経験した喜び、悲しみ、かいた恥や過ち、選び取ることさえなく奪われて、力ずくで身軽にさせられていく。
「おまえ……!」
青年の、怒号。
黒炭に青の双眸が、憤りを迸らせる。穏やかな理性を湛えていた姿とは違う、初めて、先を行く感情に任せて吼える声。
ビサイが肩を竦めて応え、ただし怯みや反発ではなく、滲むのは恍惚と歓喜だ。
「おれを殺す気になりそうか? いや、ならないと駄目、もう駄目だ! 交渉と猶予はクれてやった。穏便な方法は嫌なんだろう? じゃあ、どうする? 全開で力を使う! 災禍、あんたの話を信じるよ、つまるところ力を使いきれば死ねるとも言えるからな! おれの時間を獲って殺すか、おれがこの一帯にいるやつらの記憶を奪って死ぬか、面白くなってきた!」
特異者の力そのものに優劣がなく、拮抗するのだとしたら、一で十を抑えることはできない。
ビサイの命を握れるとしても、青年がしているのは牽制と相殺、それよりも強く開放されれば力は溢れて発現してしまう。ましてや捨て身、一度に全てを投げ打たれたら、被害がどれほどにまで大きくなるかは想像できない。
「あんたノ記憶は最後まで残してやろう。ヒトの命を奪う、その本性を忘れてもらっちゃ困るからな!」
まるで、大渦。
街道。門。『あたしの勝ち!』笑顔。『に、するからね』波の上。釘を打ちつける。石ガ生マレタ日ノコト。『さあ、麦を載せて』激しい風が吹いている。病床の水差し。『筋は悪くない、やっぱりうちの子だな』昔ダ。飾リト、石。『嵐だ! 錨を下ろせ!』『海、そこより連なる土地と民を治める任を与える』侮蔑する言葉、嫌悪感。『新しい名前を決めたよ』『鱗取って内臓取って』どこかの部屋。港。『ここに記してください』金の粒。本の頁。鶏の首を落とす。店先に並べる青菜。デキルコト。スベキコト。定メラレテイルコト。『てめえ、死にてえのか!』『すっごく素敵』詰問。計測する。田畑。『火加減、これくらいでいい?』陶器が落ちて割れる。『一杯やってくか?』砂浜。まとめていた髪を解く娼婦。崖。平凡デアリタカッタ。平穏ガ好キダ。『妥協は許さん』火にかけられた鉄鍋。指先のひびわれ。染料で描く文様。『じいちゃん、薬』『店主、そっちの棚だよ』『金がねえ』皮肉。食卓に並んだスープ。ダッテ、ドウシテオレガ。何ヲ。誰ノ、タメニ。『誰も死なせたくない』『毎度ありがとうございます』祭りの灯。『あなた好きでしょ』『っくしゅん!』花を摘む。擦り寄ってくる猫。金勘定。『祈りを、敬いを常に心に』ごろつきたちの殴打。ワカラナイ。大キスギル力。ソウ思ッテイタ。網の中の魚。飾り。『規則となっておりますので』『友として』棺桶を担いで墓場へ向かう。刺繍をする。赤ん坊。『術式を展開するにはまず』『だから言ったのに』執着。路地裏の掃き溜め、臭気。荷車。『酒は』『尋ね人だって』『我らの女神が』役場。違ウ。今ハ、違ウ。花と神具で飾られた祭壇に膝をつく。『一族の誇りに誓って、私が』『おやりよ。楽じゃないだろうがね』雑巾で桟を拭く。駆け出す夜警。力ヲ持ッテイル意味ガ、アル。『ね、旦那』『いくらかまけてくれよ』果実の木。鳥を追い払う。吊り橋の軋み。泣き声。『よろしくね』『死んじゃったって』空。画策。『明日の道具、揃えておけ』『おめでとう!』護ル。
少しずつ自分が空白に近づいていく、同じくして、様々に、褪せたもの、彩りの豊かなもの、想い、感情、動作、景色や音がなだれ込んでくる。四方八方から徐々に増え、手足にまとわりつき、見せ、聞かせ、通り抜けていく。圧も感触もないはずなのに、人々がひしめき合っている中に放り込まれているようだ。
振り払えば掻き消える虚ではなく、全部が、誰かが営んできた日々の断片。
青年の、領主の、そして自分の断片。
「水の女神、僕の影響下ですが、あと少しだけでも、護りを強められますか」
「なめるな。しかし、どうするつもりだ」
「彼を止めます。これに対抗するなら、加減はできません」
気丈に言いながらも領主の呼吸が辛そうに浅く速くなりつつある。
青年にも苦渋が浮かぶ、だが、はっきり口にする。望んではいなくとも、己の禁を破る覚悟はあるのだと。
配った石と水の壁があっても街の人々に害が及んでいるのは明白で、力づくでも相手を止めなければ何もかもが終わりだ。手段を選ぶ暇も、手心を加える余裕も、最早ない。
多くの過去にまみれて見え隠れする、青年と領主、ふたりの短い会話、これは実時間の出来事。
「駄目だ」
考えるより先に、ニレは口からこぼした。
欠落と喪失の裏側で、過去から繋がるしがらみや躊躇いが解けていく、理性的な保身や歯止めが断ち切られる。
衝動だけが浮かび上がる、際立つ。
これ以上、奪わせるのは。
奪わせるままにするのは。
新たに積み上げていくための、過去や経験の礎を壊されるのは。
傷つけ、傷つけられ、痛みを味わうのは。
もう、要らない。
明瞭、心が透き通る。
ニレが小さく息を吐くと白くたなびく、寒さゆえではなく、空気には混じっていかない。
代わりに、呼気は重みを持って落ち、微かな音を撒く。『護る者』『獲る者』、両者の力で混沌としている場では、次から次へと砕けていくが、目を凝らせば、砂粒程度の貴石だとわかっただろう。
そうしようと思わずとも、現れ、溢れる。
脈拍と同じ。瞬きと同じ。呼吸をするのと同じ。そう、同じだ。いつもと。変わらず。止められはしない。が、意思でもって制御し、転じることはできる。
否、研ぎ澄ますことが、できる。
「あ……? 若造、おまえ何をしテる?」
対峙した向こう側、ビサイが警戒した声を投げてくる。いくらか身を引いてみせるのが、ようやく人間らしいと、思考の遠くで思う。
ニレは一層、自分が空洞になっていくのを覚え、だが、恐れはない。むしろ多くを忘れていた方が、今は枷にも箍にもならない。
ただ、全てを忘れて失う前に。どうすべきかを、理解しているうちに。
自分の底の底に、とうの昔からあった、力だけを取り出す。
貴石を生むときの白い弱光が身体から立ち昇る。自身から削り出す、いくらでも、足りるまで。光は霧や霞のように周囲を覆いつつ、結晶と化して足元へ降り積もっていく。
小さなさざ波に似た音。さりさり、ざらざらと、いくらでも湧き出す、細かな貴石。
色も形も様々の、どれもが煌めく、ニレから広がっていく。
「これは……、石?」
青年が険しさから驚きに表情を塗り替える。領主が事態を察して口を開きかけるのを、ニレは頷いて応じる。
極彩色の鳥の羽。地平に滲む朝焼け。古道具のくすみ。凍る手前の水の雫。木々から枯れ落ちた葉。切り傷の血。
流れていく記憶にある色を写し取り、小さいながらも形になる鉱物。けれど屑石。まだ、屑石ばかりだ。
それぞれが砕けていく間に、その輝きを、踏み越える。
青年の隣に立ち、ニレは言った。
「あいつを止めるんだろ」
「ニレ」
「でも、殺させたりしない。おまえは誰も殺したりしない。……任せてくれるか?」
ニレの横、視界の端で、ほんの束の間、青年が微笑んだようだった。
心底困ったような、それでもつい笑ってしまったような。
「勿論」
前にも青年のこんな表情を見た、ニレが思ったときにはその残像も消えていく。
でも構わない。怯まない。
「さあ! さあさあ! やってみセろ! おれかあんたらか、幕引きの時間だ!」
ビサイの叫び。
傍らの青年の気配が増す、静かに、そして絶対的な力を、猛らせる。
万事を心得て呼応するように、領主の水の壁が一際厚く、強く飛沫を上げる。
ニレは瞬いた。
広場の真上、空が柔らかく清らかな青。
大切な相手、居場所、知る限りの豊かな彩りを、借りる。
忌まわしさ、呪わしさ、災いを余さず受けてなお硬く、砕けず、澄んでいるもの。
ただ出でるばかりの屑石から、あるべき石へ、貴い石へ。
ニレの掲げる両の手指の内に、初めて、抑えきれないほどの光が載る。
溢れ出る、瞳に焼きつき影さえ白ませる、閃き。
「護れ!」
光は、姿を成す。
まごうことなき、『護る者』の貴石として。
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