第30話 時間

 疲労困憊のクルスとアティナは、パルテノ村の門をくぐった。


「おっ! クルスじゃねぇかっ! あ、アティナちゃんも! お前達、村の外で何してたんだよ!」


 キッシーが甲高い声を上げる。

 手にした木剣で、クルスをつつく。

 相変わらず失礼な奴だとクルスは思った。


「何もしてないよ」

「嘘つけ。クルス、お前その顔……寝てないだろ? お前、その年で、まさか……、アティナちゃんと……、一晩中……」


 確かに一晩中寝ていない。

 朝日が、乾ききった目に痛い。

 クルスは自分の頬に手を当てた。

 疲れているせいか、肌が荒れているのが分かる。

 それにしても……


(こいつ何勘違いしてんだ)


「未成年の不純な行為は禁止だぞ! パパに言いつけるぞ!」


 キッシーがクルスに剣を差し向ける。

 アティナの方を見て、悔しそうに歯ぎしりする。

 

「クルスと散歩してただけだよ。キッシーは何してるの?」

「あっ……ああ。アティナちゃん。俺は剣の訓練をしてたんだ」

「すごいね。ちゃんとこの村を守ってね」

「任せといてよ! デルマン家の名に懸けてこのパルテノ村は俺が守るよ!」


 キッシーは胸を突き出し、任せろ、とばかりに胸を叩いた。

 彼は最近、アティナのことを意識し始めた様だ。


(昔はアティナのこと、いじめてたくせに……)


 アティナの気を引こうと、剣の訓練をし始めた。

 お陰で、幼少の頃は肥満児だったが、今は痩せて普通の体系になっていた。

 しもぶくれだった顔も、今では細くなり少し精悍になっている。


「キッシー、何をしている? 訓練はまだ終わってないぞ」


 キッシーの父親、デルマン男爵の声が響く。

 デルマンは噴水広場に立っていた。

 木剣を持ったゴツイ男が横に立っている。

 恐らく、このゴツイ男がキッシーの剣術の先生なのだろう。


「ごめん、パパ!」


 キッシーは慌ててバタバタと走って行った。

 その様子を見たアティナが、口に手をあて目を細めた。


「ふふ。キッシーも大変だね」

「ああ……」


 デルマンは、ラインハルホ城からパルテノ村の監視と治安維持のために派遣された。

 その息子のキッシーが、やがてその任を継ぐのだろう。

 デルマンがキッシーの頭を拳骨で殴った。

 恐らく、庶民と気軽に話すな、とでも注意されているのだろう。


「みんな、大人になって行くんだな……」


 ゲームと違い、ここには時間が存在する。

 だから皆、成長し年を取る。

 時間の経過と共に、クルスもアティナも、そしてこの異世界の状況も変わる。

 クルスはそのことを薄々感じ始めていた。


~~~


「お、クルス君。アティナといつも遊んでくれてありがとう」


 オシドスがクルスに向かって軽く頭を下げた。

 若干薄くなった頭を撫でながら、オシドスは細い目をさらに細くした。

 相変わらず、優しそうな人だ。  


「じゃ、クルス! またね!」

「うん」


 アティナはオシドスと一緒に、三角屋根のボロ家に帰って行った。


(オシドスさん、何も訊いてこなかったな)


 朝起きたらアティナがいないことにビックリしただろう。


(それにしても……)


 家に帰りにくい。

 ナツヤと大喧嘩した上に、ユナに殴られて、衝動的に家を飛び出した。

 もう戻らないつもりで家を出たのに、一晩で帰ってくるという情けさ。


「あ、クルス君!」


 オシドスの声に、クルスは振り返る。

 オシドスは一人、クルスの方に歩いて来る。

 手にした羊皮紙をクルスに見せる。


『クルスと一緒だから、心配しないでね。 アティナ』


 そう書かれていた。


「クルス君、何かあったらアティナを、よろしく頼みますよ」


~~~


 オシドスとアティナの信頼関係を確認したクルスは、家に帰ろうと思った。


「クルス!」

「お兄ちゃん!」


 扉の前で、ユナとデメルが笑顔でクルスを迎えてくれた。


つづく

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