第29話 辿り着いたら、そこだけ雨

 背筋がゾッとする。

 クルスは冷気を感じた。

 視界全体が白く覆われ、目が眩む。

 と同時に、鋭い音が耳をつんざく。


ピキィキキイィイインッ!


 ゴーレムの動きが止まった。

 アティナに振り下ろされるはずのゴーレムの拳の群れは、氷漬けになっていた。


「グオゴオオオッ!」

「ゴォッ! ゴッ!」

「ゴオオオッ!」


 突然のことにゴーレム達が混乱している。

 お互いの拳どうしが氷で結合され、身動きが取れなくなっている。

 まるで囚人達が鎖で繋がれたかの様だ。

 身勝手なゴーレムが自分だけは解放されようと、必死にもがく。

 だが、もがけばもがくほど、他のゴーレムにもその焦りが伝わる。

 全てのゴーレムが氷の呪縛から逃れようと、醜くもがく。

 突然の氷攻撃は、ゴーレム達にとって想定外の出来事だった。


(一体、何が起きたんだ?)


 まさか、ガイアナ姫の助太刀か……


(だとすれば、どこにいる?)


「クルス、今の内に……」

「あ、うん……」

 

 考えている暇はない。

 いつゴーレム達が自由になるか分からない。

 この場所から離れなければ危険だ。


「グオゴオオオオ!」


 遅れてやって来たゴーレムが脇から現れた。

 このゴーレムは群れから遅れたことで、氷の呪縛を免れた運のいい個体だった。

 無様な仲間達を置き去りに、アティナに襲い掛かる。


 その時--


 クルスは再び、冷気を感じた。

 と同時に、


「グォゴッ!」


 ゴーレムの動きが止まった。

 それもそのはず、ゴーレムの足元は氷で大地と結合されていた。

 ゴーレムが上を向く。

 クルスも上を向いた。


 夜空には黒い影が。

 黒い影は羽をばたつかせ、クルス達を見下ろしている。


(新たなモンスターか……)


 シルエットから想像するに、まだ小さい子供のドラゴンの様だ。

 あのドラゴンが上空から氷の攻撃をゴーレムに喰らわせた。

 だから、クルスとアティナは命が助かった。


「……もしかして、もしかしたら……」


 アティナが頬を朱に染め、声を震わせる。

 彼女の白い髪の間から見える尖った耳が、ピクピクしている。

 ドラゴンは月明りに照らされた。

 一瞬、白い全身をクルスとアティナに晒した。


「スノウ!」


 二人は同時に声を上げた。


「ピー、ピー」


 スノウはそれに応えるかのように羽をばたつかせ、上空をグルグルと旋回した。


「グオオオオオ!」


 ゴーレム達が怪力で氷の呪縛を解いた。

 我先にとクルス達に襲い掛かる。


 スノウは降下しながら、ゴーレム達に攻撃の照準を合わせた。

 口を開き冷気を吐く。

 ゴーレム達はその氷の呪縛で、何度も足止めを喰らった。


 スノウの援護で、アティナとクルスは逃げ切れた。

 森を抜け、見晴らしの良い大地に出ることが出来た。

 見守る様に、今もスノウが上空を飛んでいる。


「スノウ! ありがとう! こっちに来いよ!」

「スノウ! いかないで!」


 クルスとアティナには、スノウが笑顔で頷いた様に見えた。

 スノウはそのまま高度を上げ、北の方角へ飛び去って行った。


「いっちゃった……」

「あいつなりにモンスターであることを自覚しているんだろう」

「寂しいね……」


 アティナは口をへの字に曲げ、目を伏せた。

 目の前の石ころを蹴り、ため息をつく。

 クルスは話を変えなきゃと思う。


「それにしても、あいつ大きくなったな」

「大きくなったって言っても、鶏程度だったね。だけど、鶏くらいの大きさでゴーレムの動きを止める攻撃が出来るんだから、将来が楽しみだね」


 スノウは立派なホワイトドラゴンに成長する。

 ゲームでもそうだったし、この異世界でもきっとそうだろう。

 

(何たって、恩を忘れない、いい奴なんだから)


 すっかり夜は明け、朝日が昇り始めていた。


「ああ……」


 クルスは自分でも気づかないうちに、絶望の声を上げていた。

 力が抜け、両膝から崩れ落ちた。

 目の前には、パルテノ村の見慣れた風景が広がっていた。


「クルス……」


 アティナがクルスの肩に手を置く。


(一晩中さまよって、結局元に戻っただけか……)


 村の入り口で打ちひしがれるクルスを、村人達が不思議そうな目で見ていた。


つづく

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