第31話 母と息子

「母さん、寝てなくて大丈夫なの!?」


 安堵も束の間、クルスはユナの体調が心配になった。

 家の前の切り株に腰掛けたユナは、長いサラサラの黒髪を風に揺らしながら、こう応えた。


「今日は何だか気分がいいの。たまには外の空気も吸いたいし……」


 病魔はユナを容赦なく蝕んでいた。

 ゲームでのユナの寿命を考えると、この異世界でのユナの寿命はあと数カ月だ。


(一旦元気な姿を見せるなんて……。まるで死亡フラグだな)


「わーい、わーい! てんとう虫さん。まてぇ~」


 デメルはそんなこと知るはずも無く、無邪気に虫取りに夢中だ。


「親父は?」


 ナツヤの顔が脳裏に浮かび、クルスは気恥ずかしいやら気まずいやら不思議な気分になった。


「畑仕事に出てるわ。昨夜はクルスに言い過ぎたって反省してるのよ」

「そっか……」


 ナツヤにも謝らなきゃ。

 クルスはそう思った。

 でも、話し合えば分かり合えるんだろうか……

 味方だったユナもまもなく、この世を去る……


 その時、ふと思い出した。


◇◇◇


『ナツヤ


 ラインハルホ王国の元騎士。

 救世主クルスの父親。

 やりたいことがあり、騎士という地位を捨て、ユナと結婚しパルテノ村で暮らす。


 ドラゴネスファンタジア取扱説明書 登場人物紹介の章 10ページ目より


◇◇◇


「親父って、やりたいことがあって騎士を辞めたんだよね」

「うん」

「やりたいことって……何だったの?」


 ユナはクルスから視線を外した。

 彼女の長いまつ毛の横顔は美しかった。

 沈黙が流れる。

 どこから話そうか、考えているのだろうか。


「そうよね。クルスもお父さんのこと、知らないと納得出来ないよね」


 ユナは話始めた。


 ナツヤがラインハルホ城で騎士だった頃の話。

 ラインハルホ一族の侍女だったユナと出会った頃の話。

 やがて二人が恋する様になった話。


 クルスは両親のなれそめを、くすぐったい気持ちで聞いていた。


「で、親父はどうして騎士を辞めたの?」

「お父さんはね、前ラインハルホ王の国の治め方に不満を持っていたの」


 ラインハルホ王国の前国王、ラインハルホ・ウラヌスは、権力で民を押さえつける圧政で国を統治していた。

 多額の税金や、個人の自由を制限した。

 それは自らの権力維持と富を守るためだった。


「父さんは仲間を募り、ラインハルホ前国王を暗殺することを計画したの」


 クルスは父の壮大で勇気ある行動に驚いた。


 ナツヤと仲間達は騎士を辞め、城下で一般人として隠れる様に生活した。

 ユナもナツヤと結婚すると同時に侍女の職を辞した。

 二人は夫婦として同じ屋根の下で暮らす様になった。


 そして、ラインハルホ・ウラヌス国王の就任10周年を祝うパレードの日を待ち続けた。


「そして、その前日、私は父さんと仲間達にこう告げたの」


~~~


「ナツヤ。やっぱりやるの?」

「ああ……。この暗殺は、俺と仲間達……そして、苦しんでいる民達の悲願であり、願いなのだ」

「でも失敗したら……」

「ああ、命は無いだろう。だからこそ成功させるしかないんだ!」


「ナツヤ、皆、聞いてください」


「私のお腹の中には、ナツヤの子供がいるんです」


~~~


つづく

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