第26話 戦う ▶逃げる

 潮の香りがクルスの鼻腔をくすぐる。

 海が近い証拠だ。


「アティナ、もうすぐだよ!」


 港町マドニアの灯りが見えて来た。

 あと数百メートルほど歩けば辿り着ける。

 港に船が接岸しているのが見える。

 アティナと一緒にあれに乗って、新天地で暮らすんだ。

 クルスは希望に満ちていた。


ボゴ、ボゴ……!


 その希望に水を差すかの様な不気味な音。

 大地が盛り上がり、ひびが入る。

 裂け目から、身長3メートルはあろうかという影が天を衝く様に現れた。


「クルス、一体……」


 アティナがクルスの袖をギュッと握り締めた。


「だ、大丈夫」


 と言いつつも、クルスは目の前のモンスターが、今のクルスのレベルじゃ勝てないことは分かっていた。


 丸太の様に太い腕と腿。

 巨大な岩の様な拳。

 壁の様に真四角で巨大な足。

 身体に比して意外に小さな頭がかえって不気味だ。

 それは、泥と土で出来た巨大な人形、ゴーレムだった。


「や、やべぇっ……」


 ゴーレムはAクラスのモンスターだ。


「アティナ、逃げるよ!」

「うっ、うん!」


 逃げるのだって立派な戦略だ。

 クルスはアティナの手を掴み、走り出した。


「え!? クルス、そっちは……」

「引き返す訳には行かないんだ!」


 ゴーレムに向かって走り出す。

 ゴーレムの開いた股の間から、港町マドニアが見える。


(パルテノ村には戻らない!)


「グオゴゴゴゴゴ!」


 ゴーレムが両腕を大きく広げた。

 向かって来るクルスとアティナを両手で叩き潰す気だ。


「アティナ、軽くジャンプして」

「え?」

「いいから」


 戸惑いながらもアティナは地を蹴った。


ザッ!


 フレアスカートがフワリとなる。

 羽の様に宙を舞い、地に下降するアティナを、クルスは両手ですくい上げた。

 丁度、彼女の首と両ひざの裏を支点に、抱き上げる形となる。

 その体勢のまま、ゴーレムに向かって疾走する。


(こういうのお姫様抱っこっていうんだよな)


 アティナは羽みたいに軽い。

 彼女の体温を感じ、クルスは身体が熱くなった。


「グオゴッ!」


 ゴーレムのごつい両手が二人を叩き潰そうとする寸前--


ズザザザッ!


 クルスはアティナをお姫様抱っこしたまま、地を蹴った。

 身を後ろにそらせ、スライディングの要領で、地を滑る。

 ゴーレムのアーチの様に開いた股の間を通り抜けた。


 掌を合わせたまま、キョロキョロするゴーレム。

 ゴーレムからすれば、目の前にいた人間が突然消えた様な感じだろう。


「はっ」


 そのゴーレムの背後でクルスは息を付き、アティナを地に降ろす。

 すぐさまその細い手首を握り、パルテノ村から連れ出した時みたいに走り出す。


「行こう! アティナ!」

「うん!」


 二人で目を合わせて頷き合う。

 港町マドニアの灯りを目指して二人で全力疾走する。


 だが……


ゴボ、ゴボボボボッ!


 再び大地が盛り上がる。


「なっ……!」


 急停止するクルス。

 その反動でアティナが前によろける。


「ああ……」


 絶句するクルスとアティナの目の前に、先程のゴーレムが現れた。

 ゴーレムは土の中を潜り移動することで、クルス達の行く手に先回りした。


「アティナ! 危ない!」


 クルスは咄嗟にアティナを突き飛ばした。

 次の瞬間、


ゴツッ!


 巨大な落石の様な一撃。

 ゴーレムに横殴りにされたクルスは、アティナと反対の方向に吹っ飛ばされた。


「ううっ……」


 激痛が全身を走り抜けた。

 一気にHPが危険水域にまで減少する。


「グオゴゴゴゴゴ!」


 ゴーレムはその巨躯の割には驚くほどの速足で、アティナの方に向かって行く。

 地鳴りがクルスの耳朶を打ち、大地の揺れがクルスの全身に伝わった。


つづく

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