第22話 逃避行

 ナツヤはクルスを説き伏せる様にこう言った。


「兎に角、明日、デルマン様に話を通して一緒にラインハルホ城へ行こう。そして、ガイアナ姫に頭を下げてお願いしよう」


 クルスは父に対して、苛立ちと憎しみを感じ始めていた。


「何でデルマンが出て来るんだよ! 親父はあいつにヒドイ目にあわされてるくせに、いつも頭を下げてばっかりで情けないんだよ」

「お前っ……」


 ナツヤは眉根を寄せ、口がへの字になる。

 悲しみと怒りが混じった様な複雑な表情だ。


「親父は、やりたいことがあるから、騎士を辞めたんだろ? じゃあ、何で僕に騎士になる様にすすめるんだよ!? 矛盾してるじゃねーか!」

「ぐっ……」


 ナツヤは言い返せず、呻くだけだった。


「俺はお前のことを思って……」

「思ってなんかないよ! 親父は自分勝手を押し付けてるだけだよ! 僕はあんたの言いなりになんか絶対ならないからなっ!」


 クルスは自分でもヒドイことを言っているのは分かったが、もう、止められなかった。


「お前……親に向かって……」


 ナツヤは拳を握り締めた。

 クルスは覚悟した。

 ナツヤが殴り掛かって来たら、殴り返すと。

 これで親子の関係が壊れる。

 でも、もう……


「クルス……」


 細い消え入りそうな声に、クルスは振り返った。

 そこには壁に寄り掛かり、立つのもやっとといった感じのユナの姿があった。


「母さん! 寝てなきゃダメじゃないか!」


 クルスはユナが味方になってくれると内心期待した。

 だが……


 ユナは最後の力を振り絞る様に、しっかりとした足取りでクルスの方に向かって歩き出した。

 そして……


バシンッ!


 クルスの頬が痺れた。


(ぶった? 母さんが僕を?)


 信じられないクルス。

 そんなクルスを、ユナは潤んだ瞳で見つめていた。

 彼女の口が開き、病人とは思えない力強い言葉が発せられた。


「親に向かって、なんですか! その言葉は!」


(母さん、僕の味方じゃないんだねっ……)



「ゲームばかりしてないで、学校行きなさい!」

「ゲーマーになりたい? だからゲームの専門学校に行きたい? そんな職業、無理だ。大学に行って食える仕事を目指せ」



 現実世界の記憶がフラッシュバックする。


 クルスは涙があふれた。


 ここに自分の味方はいない。


「うああああああああああ!」


 泣き叫びながら、家の外へ飛び出した。


 クルスは行こうと思った。


 自分の味方になってくれる人の元へ。



~~~


 クルスの視線の先には、三角屋根の家があった。

 村のはずれに建つ、ポツンとした小さな一軒家。

 腐った木で出来ていて、強い風が吹けば倒壊しそうなほどだ。

 それが、アティナの家だった。

 ここでオシドスと暮らしている。


 クルスは小石を拾った。

 それを窓に投げた。


コン


 間隔を置いて、もう一回。


コン


 何回か、間隔を変えて投げる。


 クルスは信号を送り続けた。


 そう、アティナとクルスだけが分かる信号。


 すると、窓が少し開いた。


「クルス、何……?」


 アティナは窓の隙間から顔をのぞかせ、掠れた声で問い掛ける。


「アティナ、外に出れる?」

「ん……」



 アティナは目をこすりながら、眠たげな顔でクルスの前に現れた。

 リボンのついたブラウスとフレアスカートといった服装だった。

 クルスの前だから寝間着は恥ずかしいと思ったのだろう。


「何?」


 アティナは首を傾げた。

 深夜にクルスに呼び出されることは何度かあった。

 その時は、


 星を見に行こう

 とか、

 蛍を見に行こう

 といった、

 可愛らしいものだった。


 誘いに来る時のクルスはいつも優しい笑顔だった。

 だが、今日のクルスの表情はアティナにとって尋常じゃなかった。


「アティナ!」


 クルスはアティナの右手首を掴んだ。


「え? ええ?」


 アティナは目を白黒させた。

 強い力で引っ張られる。

 クルスがアティナを連れ出そうとしている。

 信じられない言葉がアティナの耳朶を打つ。


「この村を出よう!」


つづく

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