第21話 父と息子

 ガイアナ姫との決闘を終えた、その日の夜。

 クルスの自宅では、何かが起きようとしていた。


「クルス、ちょっと話がある」


 外に出ようとするクルスを、ナツヤが呼び止めた。

 ゴツイ手の人差し指で示す。


「そこに座れ」


 食卓の椅子をすすめられる。

 クルスは無言で座った。


 父と息子は、しばし、無言で向かい合った。


 緊張が走る。


「お前、強くなったな」


 先に口を開いたのは父の方だった。

 その言葉と同時に、ナツヤの顔はクシャクシャになった。

 顔には満面の笑みが張り付いている。


「ん、ああ……」


 あえて無表情のクルス。

 彼は居心地が悪そうに目を逸らし、素っ気なく頷いた。


「俺との剣術修業以外に、モンスター狩りをして鍛えていたなんて感心する。しかも、村の治安まで維持していたのだから誇りに思う。今も、モンスターを狩りに行こうとしていたんだろう?」

「いや、パン屋に忘れ物したから取りに行こうとしただけだよ」


 それは嘘じゃない。

 クルスがモンスター狩りに行くのは、皆が寝静まってからだ。


「まあ、いい。お前がモンスター狩りをしていたことは、親として話して欲しかった。親子で隠し事は良くないからな。いいか? モンスター狩りは良いことだ。だがな、万一、お前に何かあったら……」

「大丈夫だよ。もう、いい?」


 クルスはナツヤの言いたいことが何となく分かっている。

 だから、この会話を切り上げたかった。


「いや、待て。父さんはな、お前に話したいことがあるんだ」


 クルスは聞きたくないと思った。

 だが、ナツヤの真っすぐな目を見て、このまま席を立つのは息子として、どうなのかと思った。


「お前、ラインハルホ城の騎士になれ」

「……何だよ、それ。やだよ」


 クルスは不貞腐れて見せた。


 もう何度も交わした親子のやり取りだ。


 だが、今日だけは違う。


 あんな出来事のあった後だ。


 ナツヤの言葉にはっきりとした確信めいた力がこもっている。


「あのガイアナ姫が自ら出向いて、お前と戦いたいと誘ってくれたんだぞ!」

「知らねーよ! そんなの。勝手に決めんなよ!」


 クルスはナツヤと目を合わせたくなかった。

 ナツヤが次に発するであろう言葉を聞きたくなかったからだ。


「パン屋なんてな、長く続かない」


ズシッ!


 クルスの心にその言葉がめり込む。


「そんなことより、ガイアナ姫と魔王討伐の旅に出ろ。成功すれば、いずれは……ラインハルホ城の騎士、否、もっと地位の高い……」

「うるさいな! パン屋のことは親父には関係ないだろっ!」


 おかしいな……

 いつからこんな関係になってしまったんだろう。

 クルスはそう思うと、涙が出そうになる。


「じゃあ、お前はアティナちゃんのことをどう思っているんだ? 安定していない商売で、彼女を幸せに出来るのか?」

「だから、頑張ってるんじゃないか!」


 パン屋は儲からなくなって来ていた。

 デルマンが格安で小麦を仕入れて安いパンを売り始めたからだ。

 ラインハルホ城でも、競合する店が沢山出来始めている。


つづく

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