第20話 好きな人についた嘘

「クルスって、実はすごく……強かったんだね」


 シンとした空間にアティナの声が響く。

 閉店して二人だけになったパン屋。

 いつもの様にバックヤードでクルスとアティナは、お茶をしていた。


 否、いつもと違う。


 いつもは、冗談を交わしながら楽しい時間を過ごす。

 だけど今日は、重苦しい空気だけがその場を支配していた。


「あっ、ああ……」


 クルスは気まずかった。

 隠し事がバレた。

 つまり、アティナに嘘を付いていた。

 その事実が彼の心を締め付けていた。


 結局、ガイアナ姫との決闘は引き分けに終わった。



~~~


 カエルはガイアナ姫が苦手とするアイテムだ。

 ゲーム中盤で、彼女がカエルが苦手だということが判明するエピソードがある。

 この異世界でも、ゲームの知識が役に立った。


 クルスはカエルという小道具を使い、ガイアナ姫を戦闘不能に陥れた。


「もぉ、やだぁ! 何これぇ! ちょっと、何で、コイツがこんなところにいるのよっ!」


 カエルを胸に張り付かせたままのガイアナ姫は、半泣きで手足をばたつかせた。

 その様子から、彼女はクルスがカエルを投げつけた、ということを知らない様だ。


(偶然カエルはガイアナ姫に飛びついたんだ)


 クルスの狙い通りだ。

 意図的にやったことがバレたら、村人からも王族からも非難される。

 それだけは家族やアティナのために避けたかった。


 あくまで、決闘中のアクシデント--


 それを装えた。


(あとは、ガイアナ姫に一撃を打ち込むだけ……)


 産まれたての小鹿の様に震え、立つのがやっと……

 そんな女の子を攻撃するのは気が引ける。


 だが、しかしっ!


 アティナと一緒にパン屋を続けるため!


 クルスはヒロインと旅に出る訳にはいかないっ!


「うおおおおっ!」


ガキインッ!


 クルスの動きが止まる。

 ガイアナ姫のレイピアが、クルスの鉄の剣の一撃を遮った。

 彼の目の前には、紫紺の瞳に生気を取り戻したガイアナ姫。

 彼女の胸元にはカエルはいない。


「ゲコゲコ」


 代わりにクルスの懐に入り込み、居心地よさそうに、その糸目をうっとりさせている。

 カエルはクルスのことを飼い主だと思い込んでいる様だ。


(くっ……使役するなら、可愛らしい猫とか、魔法が得意な妖精とかの方がいいぜ……)


 よりによって、カエルとは。

 しかも肝心な時に役に立たない。


「せいっ!」


 ガイアナ姫がクルスの鉄の剣を跳ね上げる。


 その反動で、二人とも後方に……


「いたっ!」

「いてっ!」


 重力に逆らえず、尻餅をつく。


~~~


「私は、諦めない。あなたは選ばれし人なのよ。クルス!」


 そう言い残してガイアナ姫は白馬に跨った。

 その後ろ姿が、クルスの瞼に今も焼き付いている。


「クルス、ねぇ、クルス!」

「あっ……ああ……」


 目の前にはアティナの大きくて黒い瞳があった。


「ごめん。アティナ。僕は……」

「謝る必要なんかないよ。クルスは皆に黙って村を守ってくれてたんだね!」

「あ、ああ……」

「でも、私には言って欲しかったな」


 アティナの白い頬に朱が差し、笑顔になった。

 クルスは安堵感を覚えた。


 クルスはアティナと、ずっと一緒にいたいと改めて思った。



 ひとまず、最悪の事態だけは回避出来た。

 だが、ガイアナ姫は再び、この地に来るだろう。


つづく

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