第3話 明るい未来は君の手の中
◇◇◇
『救世主クルスはパラテノ村のユナとナツヤの間に生を受ける。
自らが救世主であることを知らないクルスは幼馴染のアティナと日々を楽しく過ごしていた』
ドラゴネスファンタジア取扱説明書 あらすじの章 1ページ目より
◇◇◇
クルスが生まれてから、10年後。
「おかしい……。説明書にはそう書かれていたんだが……」
クルスは川べりにある岩に腰掛け、頭を抱えていた。
「僕とアティナはもう幼馴染として仲良く遊んでいてもいいはずなんだが……」
10歳になったクルスは未だにアティナと友達になれていなかった。
口すらまともに聞いたことが無い。
ゲームだと仲良くなった状態からスタートしていた。
だが、現実は甘くなかった。
「未来は自分で作れということか……」
現実世界では自己肯定感の低さから、積極的に行動してこなかった。
だが、この異世界では違う!
自分は救世主であるという自信から、クルスは思い切った。
今日こそ、アティナに話し掛けると。
……しかし、自然に話し掛けるのはボッチで陰キャのクルスにとっては難しいことだった。
「やめてぇっ!」
アティナの声だ。
「アティナ!」
何があった!?
クルスは声の方に走り出した。
あの茂みの向こうからだ!
腰の高さまである草をかき分け、アテナの声がする方に進む。
「おっと」
手が空を切る。
そこは広い空き地になっていた。
悪ガキどもがたむろする場所。
あまり近づきたくない場所だ。
実際、悪ガキ3人がアティナを囲んでいる。
「なんだよこのとんがった耳、気持ちわりぃ」
悪ガキの一人がアティナの尖った耳をつつく。
ゲームをクリアしたクルスなら分かるが、彼女は聖女であり、エルフと人間のハーフだ。
ハーフエルフである彼女の耳は普通の人間に比べ尖っていて、肌は透き通る様に白い。
クルスにとってアティナは美しい存在だ。
「痛い! やめてぇっ!」
「おい、こいつ俺らと違う姿してるのに同じ言葉喋るぞ。生意気だ!」
だが、事情を知らない子供にとっては、容姿の違いは、いじめの原因になりがちだ。
率先してアティナにちょっかいを出しているのは、最近ラインハルホ王国から来たキッシーという太った男の子だった。
「やめろ!」
クルスは一喝した。
悪ガキ6つの目が彼に向く。
「何だ? この村人Aがっ! キッシー様のやってることに文句があるのか?」
キッシーの子分Aがクルスの胸ぐらをつかんだ。
クルスは視線を目の前の子分Aに合わせた。
何もない空中に文字や数字が浮かんだ。
名前:ガイズ
性別:男
年齢:10歳
職業:なし
HP:14
MP:0
攻撃力:3
防御力:5
素早さ:1
スキル:不明
魔法:不明
(ガイズっていうのか……。確かにそんなやつもいたな……)
ゲームと同様、クルスはモンスターやNPCのステータスを見ることが出来る。
この能力は、別に魔法やスキルという訳ではない。
ゲームを進めるうえで必要な機能だ。
それを主人公であるクルスが、異世界でも使えるというだけの話である。
「おい、聞いてんのか!」
「うるさいな。NPC」
「えっ……NPC?」
ガイズは困惑顔だ。
モブキャラであることをディスられているが、NPCという言葉を知らないから意味を理解出来ない。
「きゃー!」
アティナの悲鳴と共に、ガイズは自らの意志に反して一回転した。
ドスン!
ガイズは仰向けに倒れていた。
クルスの背負い投げがヒットしたのだ。
ガイズのHPは5になった。
「えっぐ……えっぐ……うわああああん!」
ガイズは泣き出した。
戦意喪失。
「くっ……。貴様!」
キッシーがクルスを睨みつける。
クルスも睨み返す。
名前:キッシー
性別:男
年齢:12歳
職業:なし
HP:30
MP:0
攻撃力:23
防御力:14
素早さ:17
スキル:不明
魔法:不明
(ま、ガイズよりは歯ごたえありそうだな)
「うおおおおお!」
キッシーのパンチは遅すぎた。
(親父の剣さばきに比べれば……あくびが出る程……遅い!)
余裕で避けることが出来た。
確かキッシーは、ラインハルホ城からパラテノ村に派遣されて来た男爵の息子だ。
ゲーム内でも貴族意識の強い嫌な言動が目立ったNPCだ。
「くそ! くそ!」
キッシー頬は顔を真っ赤にして拳を振り回す。
(やれやれ、そろそろ終わらせるか)
クルスはキッシーの背後に回り込み、
トン
その首元に手刀を置いた。
「はい。即死」
「え……?」
キョトンとするキッシー。
そして、なめられていることが分かると彼は激高した。
力任せの突きや蹴りを繰り出して来た。
「うらあああああああ! 俺は誇り高きデルマン家の長男、キッシー・デルマンだぞ! お前みたいな庶民なんてっ!」
「力抜いたほうがいいぜ」
「うるさい!」
「ほれ」
トン。
再びキッシーの首元に置かれる手刀。
「本当の戦闘なら、二度死んでるよ」
「くっ……」
その後は、これらの動作のリプレイだった。
クルスはキッシーの後ろに回り込み、手刀を乗せる。
傍から見ると奇妙なダンスを踊ってるみたいだ。
(そろそろ、かたをつけるか)
ドス!
「ぐがっ……」
貴族の息子は腹を抑えて膝から崩れ落ちた。
物乞いの様に地にうずくまる。
戦意喪失。
「さて……」
残りの一人に目をやる。
ステータスを見るまでも無い。
子分Bは後ずさり逃げて行った。
「おい、貴族なら貴族らしく女性には優しくしろ」
「うっ……うう……」
キッシーはガイズに抱えられ、空き地を後にした。
その無様な後ろ姿を見ながら、クルスはニヤついていた。
(まったく、キッシー達に礼を言いたいくらいだ。アティナにカッコいいところを見せれた上に、自然に話し掛けるきっかけを与えてくれた)
クルスは振り返った。
「え?」
そこには唇を噛み締め、涙をためたアティナがいた。
そして、彼女の小さな口から信じられない言葉が発せられた。
「暴力を振るう人なんて大嫌い!」
つづく
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