第4話 彼女はどこまでも聖女
クルスは耳を疑った。
「え……?」
(助けてあげたのに……何で?)
「あいつらは君をいじめたんだよ……」
クルスが一歩近づくと、アティナは一歩後ずさった。
だめだ……
こんなんじゃ仲良くなれない。
一緒にケーキ屋をやるなんて、永遠に無理だ。
困惑するクルス。
「アティナ。君は優し過ぎる。あいつらは君に危害を加えようとしたんだよ」
アティナは顔を左右に振った。
白い髪が揺れる。
「人を傷つけるより、自分が傷ついたほうがマシよ!」
「うう……」
やはり、アティナは聖女なのだ。
ゲームの世界でも聖女だし、この異世界でも聖女なのだ。
だからアティナは誰にでも優しく、慈悲深い。
自分を犠牲にしてでも他人を助ようとする危うい存在だった。
そのせいで、彼女はゲームの世界では命を落とした。
まったく、どんな育てられ方をしたらこんな考え方になるのか……
目の前にいる可憐なハーフエルフの少女は震えていた。
クルスの胸の奥底から苦い思いが込み上げて来た。
それを打ち消す様にこう誓った。
(この異世界において、彼女を死なせる訳にはいかない)
「あっ!」
アティナが声を上げる。
「どうしたの?」
「行かなきゃっ!」
アティナはクルスを置いて走り去って行った。
彼女の視線先には、村はずれの山のてっぺんに生えているガジュマルの木が映っていた。
~~~
日も暮れ、夜のとばりが落ち始めていた。
沈んだ気持ちのままクルスは家に辿り着いた。
「ただいま……あっ」
家の中の空気がいつもと違う。
どこか硬い。
クルスは咄嗟に柱の陰に隠れ、様子を窺う。
家の中には客人がいた。
その客人とは、デルマン男爵と村長だった。
父のナツヤと向かい合って座っている。
「いいか、ナツヤ。お前の息子はデルマン様の息子キッシー様に暴力を振るったのだ。これがどんなに大変なことか分かってるな」
「……はい」
顎ひげを蓄えた禿げ頭の村長に叱責される父ナツヤ。
こちらに背中を向けていて表情は分からないが、丸くなった背中からクルスにもその辛さが伝わる。
だが、ナツヤも反論する。
「しかし、うちの息子が理由も無く人を傷つけることはないはず……。きっと何か理由があるはずです」
(親父……)
「ナツヤ!」
「まあまあ、村長」
デルマンはカイゼル髭を撫でながら、余裕の表情を浮かべている。
「ナツヤさん、私が城からこの村に派遣された理由を知っていますか?」
「はぁ……まあ」
「村の治安を守るためだ。だから、どんな理由があったとしても……暴力沙汰を見過ごすわけにはいかん!」
デルマンは口の端に笑みを浮かべた。
「では、村長。後は任せたぞ」
村長は立ち上がり、何度もナツヤを罵倒しながら頭を下げた。
(くそ……!)
クルスは出口に向かって歩くデルマンに飛び掛かろうと思った。
すっ……
両肩に暖かさを感じた。
「クルス」
「母さん……」
「今夜は月が綺麗よ」
その優しい声でクルスは思い留まった。
~~~
「クルスはそのアティナって娘を守るために戦ったのね」
「そうなんだ。だから悪いのは僕じゃなくて、キッシー達なんだよ!」
家から少し離れた丘で月を見ながら、親子は岩に腰掛けていた。
「じゃ、クルスは正しいことをしたんだわ」
月光に青白く照らされた母ユナの顔は、神秘的で美しかった。
クルスは今日あったことを、ユナに全てしゃべった。
アティナと仲良くなれなかったこと。
しゃべらずにはいられなかった。
しゃべっている内に、涙が止まらなく無くなった。
「ほらほら、お兄ちゃんが泣くと……弟かな、妹かな……。ふふふ。笑われるよ」
ユナは少し大きくなったお腹を撫でた。
「大丈夫。ちゃんとクルスの気持ちは、アティナにも伝わっているはず」
ユナはクルスの顔を両手で包み、そのおでこにキスをした。
ユナの長い黒髪から、甘やかな匂いがする。
クルスの心は安心した。
「んっ……ゴホゴホ!」
「大丈夫!? 母さん」
「大丈夫……よ」
(まさか、こんなに早く病魔に襲われるなんて……)
クルスはゲーム内でのユナの運命と、異世界でのユナの運命を重ね合わせた。
~~~
話を聞いたナツヤは、笑顔で顔がクシャクシャになった。
ごつい体でクルスのことを抱きしめた。
いつもの明るく快活な父親に戻った。
「よし。ご飯にしよう!」
クルス、ユナ、ナツヤは、その日の嫌なことを忘れ、家族団欒の時を過ごした。
コンコン……
「はーい」
客人を迎えるため、ユナが扉に向かう。
「夜分遅くにすいません……」
か細い男性の声だ。
声の方に顔を向けると、そこには灰色のチュニックを着た細目の男がいた。
だが、ステータスには目を見張るものがあった。
(この人はもしかしたら……)
「私、オシドスといいます。お礼を言いに来ました」
「お礼?」
「私の娘、アティナがクルス君に助けられたようで」
(やはりアティナの父親……)
ゲームではアティナの本当の父親はオシドスではない。
両親は別の場所にいる。
この異世界でも果たしてそうなのだろうか。
「あなた、クルス」
ユナが声を掛ける。
ナツヤがクルスに向かって頷いた。
一緒にオシドスの方へ向かう。
「いえいえ、当たり前のことをしたまでですよ」
ナツヤが頭を下げる。
「本当ならすぐにお礼を言いに行くべきでしたが……」
「いえいえ、わざわざどうも」
アティナはクルスが助けてくれたことを父親に話してくれていた。
クルスはそのことが嬉しかった。
贅沢かもしれないが、出来れば、アティナもここに来てほしかった。
そんなクルスの想いを悟ってか、オシドスはこう言った。
「本当はアティナもここに連れて行きたかったのですが……」
「どうしました?」
「アティナが昼から家に帰って来て来ないんです」
つづく
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