レオ、危機一髪!

あそうぎ零(阿僧祇 零)

レオ、危機一髪!

 最近、レオの心中は穏やかではない。

 すでに男の盛りを過ぎ、年々、毛の量が減ってきているのだ。

 時々沼のほとりに来て、水面みなもに自分の姿を映している。

<こりゃぁ、いかんなー>

 決して目の錯覚などではない。厳然たる事実であることを、認めざるを得ない。


 たかが毛の量だと、侮ることなどできない。なぜならそれは、レオのリーダーとしての地位、さらには生命までをも左右する大事だからだ。


 レオの群れは20数頭から構成され、レオ以外はすべて、メスと子供だ。子供はみな、レオとメスたちの間に生まれた。

 レオは、この群れのリーダーだ。


 レオの血筋は代々、この「メレンゲティ国立公園」のサバンナで、かなり広い縄張りを守ってきた。

 初代のレオは、群れのリーダー「パンジャ」の子として生まれた。

 どういういきさつか定かではないが、ここからずっと東にある国で、レオの事が漫画やアニメ、さらには映画にもなり、一時大人気となった。

 現在のレオは、初代レオから数えると、7代目に当たる。


 ライオンの群れの多くは、リーダーのオス、10数頭のメス、そしてリーダーとメスたちとの間に生まれた子供から構成される。

 ところが、オスの子供は2~3歳になると、群れから追い出されてしまう。そうした「離れオス」は、グループを作ることもある。しかし、そのままオスのグループに居続けても、自分の子孫は残せない。

 どこか別のグループのリーダーを倒して、リーダーの座を奪わなければならない。

 初代レオのオスの子供のうち、独立したあと最も早く自分の群れを手に入れた者が、代々、レオの名跡みょうせきを継いできたのだ。


 レオがたくさんいてはややこしいから、現在の第7代レオを、仮に「レオッチ」と呼ぶことにしよう。

 レオッチも3歳の時に、自分が生まれた群れを追い出され、離れオスとなった。彼は兄弟たちと群れを作って、狩りや戦い方を学び、腕を磨いた。

 十分熟練した後、「ホーク」とう名のリーダーに率いられた群れに目を付けた。ホークに戦いを仕掛けて見事これを倒し、リーダーの座を手に入れのだ。レオが5歳の時の事だ。

 レオッチがまずした事は、子供のライオンをすべて殺す事だった。前リーダー・ホークの遺伝子を持つ者を抹殺し、自分の子供に自分の遺伝子を託すのだ。一見残酷なように感じられる。しかし、より強いオスの遺伝子を子孫に伝えていこうとする、生物として自然な行動なのだ。

 レオッチはやがて、立派なたてがみを持つ、堂々たるライオンとなった。ただ、初代レオのように、漫画やアニメになることはなかった。


 リーダーとなって5年。レオッチにも、老いが忍び寄ってきていた。ライオンの寿命は、例外はあるにしても、約15年なのだ。

 群れを乗っ取ろうとする離れオスたちは、平原をうろつきまわって、リーダーが老いや病気のために弱っていそうな群れを虎視眈々と狙っている。

 最近、レオッチにちょっかいを出す離れオスが、ぼちぼち現れるようになった。

 今のところは、レオッチとの力の差が開いているので、簡単に追い払うことができた。


 ここで、リーダーと挑戦者の戦いのルールについて述べておかねばなるまい。

 昔は、文字通り命を懸けた、血みどろの果し合いであった。どちらかが、あるいは両者が死に至ることも珍しくなかった。

 しかし、ライオンの頭数減少に危機感を感じた彼らは、「全ケニア・ライオン協議会」を結成し、白熱した議論の末、戦いのルールを決めた。

 その内容は、次のとおりだ。


【リーダー決定戦要項】

 リーダーと挑戦者の戦いは、下記の順で行い、勝者がリーダーとなる。

1.咆哮ほうこう合戦:互いに大声で吠え合う。→ 怖気づいて逃げた者が負け。

2.ジャブ合戦:前足や口を使って、軽く相手を叩いたり噛んだりする。→ 同上。

3.たてがみ合戦:鬣の立派さを比較。→ 立派な方が勝ち。※「実施細則」を参照のこと。

4.無制限一本勝負:どちらかが戦闘不能になるまで戦う。


【鬣合戦 実施細則】

1.「鬣の立派さ」は、鬣の総延長(鬣1本ずつの長さの総和)が大きい方を勝者とする。

2.総延長の計測は、メレンゲティ草原東部に住むマンドリル「赤鼻長老」とそのグループに委嘱する。なお、赤鼻長老への謝礼は、1合戦につき、イボイノシシの脚100本とする(赤鼻長老承諾済み)。

※ 鬣の総延長計測方式を導入したのは、見た目の「立派さ」という主観的な要素を排し、客観性・公平性を担保するためである。


 レオッチの悩みが深まっているのを見透かすかのように、逞しく精悍な若オス「タイガー」が、挑戦してきた。

 リーダー決定戦要項の1と2は、引き分けに終わった。

 次はいよいよ、3の鬣合戦だ。


<これは、マズい。このままでは、負けてしまう>

 心配すると、レオッチの鬣はますます抜け毛が増え、毛量が減っていくように感じた。

 タイガーは若いだけあって、ふさふさとした鬣だ。これからもっと増えるだろうが、待ちきれずに挑戦してきたらしい。

<ここは、あの手を使うしかあるまい>

 レオッチの腹は定まった。鬣合戦は、5日後に迫っている。急がねばならない。

<百獣の王らしからぬ手であることは、百も承知だ。だが、我が子らを殺させるわけにはいかん>

 レオッチは、夜陰に紛れて、西にある森に赴いた。そこには、チンパンジーの長老「ほとんど人」が率いるグループが暮らしている。

 レオッチと「ほとんど人」は、旧知の間柄なのだ。


 いよいよ、鬣合戦の日が来た。

 平原の真ん中で、レオッチとタイガーが少し離れて座っており、それぞれの脇には、マンドリルが3頭ずつ付いている。

 彼らを取り囲むようにして、見物に来た近隣のライオングループが陣取っている。ほとんどが、ショーでも見るように、勝ちはどっちだろうなどと、楽し気におしゃべりしている。

 その中で、レオッチの群のメスたちは、ひどく心配そうだ。もしレオッチが負ければ、子供たちはタイガーによって皆殺しにされるからだ。


「計測開始!」

 赤鼻長老の塩辛声が響いた。

 2頭のライオンの脇にいる計測係のマンドリルが、鬣の1本1本の長さを図る。記録係がそれを記録する。

 すべての計測を終わるまで、2時間もかかった。


「静粛に! 結果を発表します」

 赤鼻長老が声を張り上げると、辺りは水を打ったようになった。

「挑戦者・タイガー殿、総延長2,350m。リーダー・レオ殿、2,351m。従いまして、この合戦、レオ殿の勝ち!」

 そのとたん、ウォーというライオンたちの咆哮が平原に響き渡った。

 レオッチは、1mという僅差で、辛くもリーダーの座を守ったのだ。


 その夜、第1夫人の「アマンダ」がレオッチのそばに来た。

「あなた。急に鬣が増えちゃって、どうしたんです?」

「お前だけには話しておくが、他言無用だぞ」

「分かってます」

「チンパンの『ほとんど人』長老に頼んで、付け毛を作ってもらったんだよ」

「え⁈ ずいぶん精巧に出来てますね。ライオンの毛なんすか?」

「いや。シマウマの尻尾の毛を染色したものだ。編み込み法といってな、今ある毛の根元に編み込むから、ちょっとやそっとでは取れない」

「お高いんでしょ?」

「ああ、バナナ1年分だ。お前たちにも、明日からバナナ集めをしてもらうぞ」

「はい。子供たちの命が助かったんですから、何でもします。それにしても、差が1mとは。長い鬣、1本分じゃありませんか、危ないところでしたね」

「これが本当の、危機一髪ってやつだ」


《完》








 



 


 

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