誰よりも高く跳べ!
決戦の火ぶたが切られた瞬間に、僕は瞬間移動を発動した。
音も無く移動した先は、永久子さんの背後だった。体の向きも指定して瞬間移動出来ることも強みだろう——僕の視界には永久子さんの背中が映っている。
永久子さんは勇者の剣の先端を地面に突き刺しつつ、未だ前方を見据えている。
剣を振り下ろせば永久子さんにダメージ与えられる位置。狙うは永久子さんではなく勇者の剣だ。
——この戦いで、永久子さんにダメージを与えるつもりは全く無い。
僕は、永久子さんを助けたいんだ。
永久子さんを傷つけるためにこの数週間特訓してきた訳ではない。
だからこそ、開幕直後の不意打ちで勇者の剣の柄を狙う。卑怯そのものでしかないがこれが僕の能力で出来る最善の初手だろう。このまま勇者の剣を振り下ろし、永久子さんの手から勇者の剣を外すことが出来ればほぼ目的が達成する——!
「甘いわよ」
完全に不意打ちだったはずだ。
それなのに永久子さんは——こちらを見ずに——地面に突き刺していた勇者の剣で応対してきた。
振り返ってすらいない。
どう考えても、僕がすぐそばに瞬間移動してきたことをわかっていなければおかしい動きだった。
勇者の剣で受けられたらまずい!
すぐさま炎で迎撃される!
「……ッ!」
すぐさま瞬間移動を発動して、開幕の際に立っていた場所まで戻ってきた。永久子さんは僕の方を見ていて、その後方は業火の波が一瞬にして発生していた。
あの場で瞬間移動を発動していなければ、この時点で終わっていた。
「瞬間移動、やっぱり強いわね」
永久子さんがポーカーフェイスでそう述べる。
『やっぱり』ということは、僕が初手でこの動きをとることを予想していたということだろう。
一方で——僕はというと、何故今の攻撃があのように防がれたのかがわからなかった。
予想されていたのなら防がれるのはわかる。
問題は防がれ方だった、
「……何で僕の方を見ないで剣を受けれたのさ」
「ハッ。それ、言うと思う?」
瞬間、永久子さんは身動き一つせずに勇者の剣から炎を巻き起こした。
今僕らが居る荒野はかなり広く、下手な公園の敷地なら五つくらい入ってしまうのではというくらいの規模だ。
そんな規模の敷地で、尚且つそれなりにはなれている僕とその周囲が、即座に炎に包まれてしまう。
言わずもがな、瞬間移動で上空に避難していた。
能力の制限上——永久子さんが位置する場所から一キロ以内しか離れることが出来ない。そのギリギリまで瞬間移動をして、考える時間が欲しかった。
ここまでの動きから、永久子さんは勇者の剣からしか炎を出すことが出来ないようだ。遠隔で炎を出せるのならば僕が姿を見せた時点ですぐに炎を僕に出して終了しているだろう。僕とは違い、攻撃手段を確実に僕自身にも向けている以上、それをすぐにやらない道理は無い。
そこまでは事前に予想が出来ていたことだった。
しかし——こればかりは説明できない。
上空で一キロメートル離れている僕に向けて、ピンポイントで炎を向けてくるこの状況に——!
「何で!」
瞬間移動の連続使用に制限が無いことは外灘先生の特訓でわかっていた。
だからこそすぐに瞬間移動をすることは出来るのだが、何も考えずに瞬間移動をするわけにはいかなかった。
僕はまず、瞬間移動で開幕の位置に戻った。
視線の先には、流石にまだ上を向いている永久子さんが居る。
ただそのあと直後に僕の方を見た。
確実に目が合った。
——完全に動きが読まれている。
何故ここまで移動が読まれているのかわからない。
だからこそ、検証をする。
刹那、少し左に瞬間移動をした。
次にその対角線上に瞬間移動をする。
このような移動を——繰り返した。
何回も何十回も永久子さんの周り三百六十度ランダムに移動していく。
その間、永久子さんは——目をつぶっていた。
当然のごとく視覚情報には頼っていないことが分かった。
ということは、どう考えても勇者の剣の能力に起因するものだろう。
ただ、炎という能力からここまでの索敵を行える背景がわからない。
瞬間移動を小刻みに行う僕に対して微動だにしない永久子さんは、僕の思惑を完全に読んでいる状況とさえ思ってしまった。額から流れる汗が留まるところを知らない。常に瞬間移動を繰り返し考え続ける。
打開策をすぐに思いつくことは難しい。
だったら、試行錯誤するしかない——
小刻み距離で何十回も行なっていた瞬間移動から——
一気に移動距離を伸ばし、永久子さんの背後へと移動した。
勇者の剣に向かって改めて振り下ろそうとした瞬間に——炎が勇者の剣から発生した。
炎を一瞬でもみた瞬間に僕は一キロ移動し、今度は木々の中に隠れた。
決定的でしかなかった。
永久子さんは、僕の動きを完全に読み取っている。
「思った以上にやばいなこれは……」
永久子さんは僕の能力の幅をある程度予測できていた。
かたや僕はというと、永久子さんの能力を予測しきれていない。
となったら、やることは一つしかない。
——外灘先生との特訓で得た『瞬間移動』能力の、二つの攻撃方法で試していくしかない。
ここで、おさらいをしておこう。
僕の瞬間移動の詳細はこうだ。
『能力名:瞬間移動。
効果 :念じた場所に、自分及び自分が触れている人や物を瞬間移動させることが可能。
制限 :瞬間移動できる範囲は、敵対する『選ばれし者』を中心に半径一キロメートルの球体内。』
そして、少し長くなるが、勇者の剣に関するこれまでの実験結果は以下の通り。
・勇者の剣はこの世のどこにも存在しない元素で構成されており、どのような物質なのか特定が出来ない。
・『選ばれし者』の協力の元、重量測定機に乗せてもゼロとしか判定されない。
・それにもかかわらず、台座に差し込まれている勇者の剣はどれほどの力を上方向に加えても抜けず、『選ばれし者』によって抜くことが出来た勇者の剣でもその『選ばれし者』以外に持ち上げることが出来ない。
・『選ばれし者』同士が近くにいない時、勇者の剣はこの世の存在全てに影響を与えることが出来ない。例えば、新聞紙一枚に切りつけても傷一つ付けられない。振り下ろすことが出来る時点で空気抵抗をある程度無視できることだけは判明している。
・『選ばれし者』同士が近くに居る時、この世の全てに影響を与えられるようになる。勇者の剣同士にも影響が与えられるため、勇者の剣を破壊することがようやく可能になる。
・今回実験に参加した『選ばれし者』の二人が勇者の剣の破壊に関しては同意しなかったため、勇者の剣が破壊された場合どうなるのかは不明。
・勇者の剣以外に影響が及ぼされた物質は、『選ばれし者』二人が物理的に離れた際に、物理現象を無視して全てが元通りになった。
以上だ。
これまでの情報を踏まえて外灘先生との特訓を行った成果を、今出すことにしよう。
まず一つ目の攻撃方法を、奮う!
勇者の剣は右手に持っている。
空いている左手は、今、木に触れていた。ぱっと見、八メートルはありそうな木だ。その木を触れながら——炎が襲い掛かりそうになりながら——瞬間移動を発動した。
移動先は、永久子さんの上空百メートル。
右手には勇者の剣——
左手には、八メートルの木があった。
当然持てる訳もなく、重力に従って地面に向かって落ちていく。
その先には永久子さんが居る。
木の落下を横目に再度瞬間移動をして木々の中に隠れた。
視線の先で、永久子さんが木をあっという間に燃やし粉塵と化して事なきを得ていた。
やはりこれだけでは決定打に欠けてしまうのは致し方がないだろう。
同時に瞬間移動した物を他の物の中に埋め込められればえぐいレベルの一撃必殺になったのだろうが、残念ながら瞬間移動失敗と捉えられるのか何なのか、その動きをとろうとしたら瞬間移動自体が発動しなかった。
そのため、出来るギリギリの範囲だと——永久子さんの頭上に木を瞬間移動させるくらいか。
「……木が直撃したら普通に死んじゃうよね」
先ほどはどうせ無効化されるだろうからとった攻撃手段ではあったが、いきなり頭上に木が登場して反応が間に合うものなのだろうか。
僕自身の瞬間移動に関しては瞬時に補足しているため可能なのかもしれないが確信が持てない以上、白紙に戻すしかない。
それにしても汗が止まらない。瞬間移動を繰り返しているからだろうか。いや、能力発動自体に体力は使わないし、僕自身の足はあまり使っていないから息もそれほどあがっていない。
「なんか、暑い……?」
まるで、火の渦に取り込まれているかのような——
「まさか!」
永久子さんから上空二百メートルに瞬間移動を行い、荒野を囲む森を見渡した。
——思った通りだった。
森の周囲を——炎の輪が囲んでいた。
その炎は決して外側には漏れず、内側に熱が流れ込むようになっているように見えた。
炎の輪の近くに瞬間移動をする。
ものすごい熱気だった。上空二百メートルから見た時には縦幅がわからなかったが、先ほど持っていた八メートルの木よりは優に超えている。木々には燃え移らないように配置しながら、この場に居るだけで汗が更に噴き出るくらいの熱が発生していた。
これは永久子さんの勇者の剣から発生している炎であり、熱だ。
そこに動きがあれば、いわゆる肌で感じて察知できるようになるのだろう。
あくまで憶測でしかないが、これほどまでに大規模な炎だ。そうとしか思えない。
であるならばこの炎を消せれば、索敵能力が解除される。
だが——「それが出来れば苦労しない、か」
勇者の剣を振ればもしかしたらこの炎を斬れるのかもしれない。
だがもし斬れなかった場合、勇者の剣が甚大な損傷を負ってしまう。
最後の最後でチャレンジするのは良いかもしれないが、今この場で試しにやるべきではない。
「外灘先生の能力だったら力づくで突破するんだろうなあ……」
瞬間移動は強力な能力ではあるものの、攻撃力に関してはそれほど特化していなかった。
攻撃手段が、剣自体と物体の瞬間移動くらいしかない。
不意打ちして一瞬で勝負を終わらせるのが理想な戦い方だと思うのだが、この炎の輪が発生している以上、永久子さん相手にそれは出来ないと考えたほうが良かった。
——炎。
単調な攻撃能力かと思いきや、永久子さんの手によって天敵にも近い能力に昇華されていた。
それでこそ永久子さんというべきだろう。
瞬間移動を用いて、荒野の中に改めて戻った。
永久子さんは最初から僕の方向を向いていた。
「あの炎の壁みたいなやつ、何?」
「それを言うなら貴方の能力のことも話さないとフェアじゃないでしょう」
「じゃあ良いや。大体わかったし」
「へぇ。奇遇ねえ。私も大体わかったわよ——彰輝君の能力の底」
僕がのこのこと戻ってきた時点で万事休すだと思っているのだろう。若干得意げになりながら永久子さんは勇者の剣から炎を巻き起こす。
「今から一気に炎出すから。逃げ出すなら今の内よ」
「やけに優しいねえ永久子さん」
「それはそうでしょう。だって彰輝君の能力じゃ私に勝てないことがもう証明されているもの」
「どうして?」
「もうわかっているくせに。私は瞬間移動先がわかるのよ。そうなったら『瞬間移動』の優位性は失われるわ。物で落下させて攻撃する以外は、ただただ剣で斬るしか能が無いじゃない」
「……そうだねえ」
剣で斬るしか能が無い。
全く持ってその通りでしかない。
「じゃあ、そうさせてもらうよ!」
瞬間移動を発動させて永久子さんの後方に移動した。
背後ではなく、少し距離をとった場所だ。
永久子さんが振り向く前に——
勇者の剣を——投げた!
「えっ」
戸惑いの声が聞こえてきた。
それもその筈だろう。勇者の剣の破壊が勝利条件になっているこの戦闘下でその勝利条件を自ら手放すなど愚の骨頂でしかないからだ。加えて『選ばれし者』の能力は基本的に勇者の剣に触れていないと発動が出来ない。
総じて、この攻撃方法は思いついてもとることはあり得ないものだった。
それでも、事実としてその攻撃が展開されており——永久子さんに向けて勇者の剣の先端が差し迫っている。
「拍子抜けだわ……彰輝君がここまで馬鹿だなんて」
永久子さんはそう言うと計り知れない業火を僕の勇者の剣に向けて放った。
一瞬躊躇していたが腹を括った——様にも見えた。
まあ、永久子さんのここでの心境なんてどうでも良い。
大事なのは——永久子さんの意識を惹きつけられたということだった。
顛末を述べよう。
——勇者の剣は、業火に包まれなかった。
僕の、右手に、おさまっている。
これは、『瞬間移動』の能力とは全く関係ない事象。
——勇者の剣は、念じれば『選ばれし者』の利き手にどこからでも収まる。
家からでもどこからでも——勿論、投擲武器として扱っている最中でも。
だが、永久子さんはまだその事実に気付けていない。
加えて最悪なのは 炎がその場を包んでしまっているせいで、勇者の剣がどうなっているのかの判別がつかない。
こうして僕は——優位性をこの戦闘で初めて手に入れた。
瞬間移動先は、勿論永久子さんの背後。
振り下ろす先は、勇者の剣の柄。
永久子さんが気付いた時は、もう遅かった。
勇者の剣が、右手から離れていた。
「……そういうことね」
勇者の剣が永久子さんの右手から離れたはずなのに、勇者の剣同士がぶつかり合った衝撃は無かった。
——永久子さんは、僕が攻撃を完遂する前に全てを悟ったのだろう。
永久子さんは、わざと勇者の剣を離したんだ。
僕が完全に空振りをしてしまった後、永久子さんは攻撃に回る。
振り下ろさんとするその右手には——勇者の剣がおさまっている。
「意趣返しでしかない……!」
瞬間移動を半ば反射的に使い、木々の中に逃げ込んだ。
とっておきの攻撃は使い切ったが——決定打を与えるのは今しかなかった。
永久子さんは、地面に勇者の剣を突き刺す動作に入っている。
僕が永久子さんと会敵した瞬間、間違いなく、勇者の剣の先端が地面に突き刺さっていた。
剣道の段位を取得している外灘先生と何度も特訓をしているにも関わらず、理由も無くそんな隙だらけのモーションに入るわけがない。
理由なんて——一つしか考えられなかった。
周囲を囲む炎の壁。
僕がこの場に到着した時には、存在しなかった代物。
いつ出現したのか。
そんなものは、決まっているに決まっている——
「——地面に勇者の剣を突き刺した後だ!」
僕は刹那も迷うことなく左手で木を触りながら瞬間移動をした。
移動先は勿論、永久子さんの頭上から1メートルの場所だ。
「ッ!」
永久子さんは感覚で事態を把握したのだろう。先ほどまでの余裕のある対応から一転、直撃ギリギリのところで何とか炎を射出し木を粉塵と化した。
これで確定した。
永久子さんは、僕の動きを探知するための炎の壁と熱を現在失っている。
考察する必要もないくらいに当然の事実だ——勇者の剣を持っている限りは能力を発揮できるが、一度離してしまうと能力は発動できない。
それ故、僕の注意をかいくぐって発動した炎の壁は消失してしまった。
そうなると、『瞬間移動』に対して後手に回ってしまうことが確定する。
「勝負所は、ここか!」
勇者の剣を投げるという不意打ちはもう通用しない。
ここが正真正銘の正念場だ。ここで決めきらないと、僕に勝機は無い。
「うおおおおおおおおおおおお!」
繰り出せる全ての手段を何度も行なう。
単純な瞬間移動の攻撃は勿論のこと、木を同時に瞬間移動したり、勇者の剣を投げたりもした。
それら全てをギリギリではあるもののいなせるのは永久子さんが外灘先生と死に物狂いで特訓をしてきた成果に相違ない。本当なら炎を全方位に瞬時に出せれば話は変わるのだろうが——勇者の剣を起点としており永久子さんにも炎のダメージが通ってしまう以上、その攻撃方法は叶わない。
能力に全てを頼れずこれまでの積み重ねだけで勇者の剣の能力とほぼ同等の結果を編み出しているのは流石永久子さんとしか言いようが無かった。
けれども、それは、時間の問題だ。
『瞬間移動』が先手に回った時点で、後手に回った相手は早々に限界が来る。
そして——その時は来た。
「永久子さん、ごめん。ありがとう」
木々に隠れながら、左手を地面に付けた。
瞬間移動を少し離れた場所に行い、大量の土が宙を舞うのを確認した後、瞬時に永久子さんの眼前に瞬間移動する。
永久子さんが先ほどまで立っていた地面は、もう、無くなっていた。
「え、あ、あああああ!」
『炎』を勇者の剣から出現させ僕に最後の一撃を食らわせようとするが——もう遅い。
『瞬間移動』を先んじて発動し、永久子さんの後方へと回った。
永久子さんは、自ら発生させた炎陣により、僕が瞬間移動したことさえ気づけていない。
——詰みだ。
勇者の剣を両手でしっかり握り、剣先を上にあげた後、勢いよく下に振り下ろした。
剣先の向こうは、永久子さんの勇者の剣の柄。
当然、永久子さんの手から、それは離れる結果に結びついた。
「あ……」
全てを悟ったのだろう。
もう、永久子さんに打つ手はない。
例えこの場で勇者の剣を右手に収めたとしても、同じことが繰り返されるだけ。
だから、永久子さんの右手は、何も握っていないままになった。
「駄目、駄目よ……ここで負けたら私、もう、何も……」
永久子さんは、両の目に涙を浮かべ始めた。
このままだと嗚咽を漏らしてしまうかもしれない。
違う!
僕が見たいのは、そんな永久子さんじゃない!
「…………ッ!」
僕は、勇者の剣を右手で掴んだまま——
左手で、永久子さんの手を思い切り握った!
「何してるのよ!」
「良いから!」
永久子さんが全力でぶち切れそうになる寸前に、『瞬間移動』を使った。
——否!
『瞬間移動』を、使い『続けた』!
「……な、何よ、これ」
永久子さんが思わず言葉を漏らすのも仕方が無いだろう。
現在、時刻は午後四時に差し掛かるところだ。
まだまだ明るいこの地平線上で、僕と永久子さんは手を握り合いながら——木々よりも遥か上空に位置していた。
視線の先には、後数時間したら地平線の下に向かおうとしている太陽が見える。
「綺麗でしょ」
「綺麗、なのは、間違いないけど……どうなってるのよ、これ」
永久子さんが言いたいことは追及しなくてもわかった。
永久子さんの右手を握って瞬間移動をした後から、数秒が経っている。
けれども僕らは、地面に落ちることなく太陽を真正面から見続けることが出来ていた。
「『瞬間移動』さ、何回でも使い続けられるんだよ。んでもって、連続使用回数に制限は無い」
「…………そんなこと、あり得るの」
左手に何も持っていない永久子さんが、驚愕を露わにして言葉を紡ぐ。
「そんなの——空中浮遊能力と同意じゃないの」
「ご名答」
事実、僕ら二人はずっと空中に浮かんでいた。本当は数コンマに一度瞬間移動をし続けているのだが、設定をしてしまえば僕が改めて念じなくても同じ動きを繰り返してくれることを外灘先生との特訓で実践済みだった。
ああ、感無量だ。
僕は、永久子さんに、この光景を見せたかったんだ。
「何が目的なの?」
永久子さんらしからぬ上目遣いで——しんみりとした口調で——問いかけてくる。
その答えは、一つしか無かった。
「僕の能力はさ、敵対する『選ばれし者』を中心に半径一キロメートルの球体内しか効力を得ないんだ。でも、こうして『選ばれし者』と手を繋いでいれば、瞬間移動を使い続けてどんな場所にも行ける。それこそ、この地平線の果てまで」
「…………」
「加えて、永久子さんの炎に範囲上限はないよね。炎が届く範囲までっていうざっくりした制限はあるかもだけど、炎を出し続ければその条件はあって無いようなものだ」
「つまり、何が言いたいの」
永久子さんは、僕が言いたいことを既にわかっている様だった。
けれども、言葉を欲している。
それは蜘蛛の糸の様に——何かに縋りつくような思いからだったのだろう。
そんな健気な永久子さんの麗しい上目遣いにときめきながら、準備していたセリフを永久子さんに贈った。
「永久子さん! 僕と手を組もう! そうしたら、どんな相手でも絶対に勝てる!」
「…………」
永久子さんは考えあぐねている様だった。何を発せば良いかもわからず俯いてしまう。その様子を見て焦った僕は、言葉を紡いだ。
「と、永久子さんの『炎』の能力、強いと思う。でも正直結構手加減していた僕にこうして負けてしまったように、搦め手を駆使してくる相手には負ける可能性が高いとお思うんだ」
「…………」
「かたや僕の能力は、永久子さんみたく索敵能力持ちの相手だと攻撃力で負けてしまう。それに、対象の相手から一キロメートル区間しか瞬間移動できない時点でかなりの動きが制限されてしまう。それこそ、永久子さんが炎でこの森全てを包んだら、その時点で負けが確定していた」
「……………最終的に、何が言いたいの」
「僕にも永久子さんにも弱点はある。でも、僕ら二人が組めば、弱点は無くなる! どこまででも瞬間移動できるようになった僕が永久子さんと一緒に空高くまで移動した後、永久子さんは空中から大量の炎をまき散らせば、その時点で勝ちは確定する!」
「えげつないこと考えるのね」
「しかも空中故に相手の攻撃は届かない、負けが無い! 勝ちしかない!」
「……………」
「だから、永久子さんは『選ばれし者』の戦いに全力を投じるんじゃなくて、受験勉強と芸能活動に全力を尽くして欲しい!」
再び、永久子さんは、黙った。
けれども今度は俯かず、僕の顔を真顔でじっと眺めている。
数十秒間その状態が続き、気まずさが生まれてきた。
「と、永久子さん? そろそろ答えが欲しいなあ、なんて」
「……ハッ。残念だわ」
視線を真っ直ぐ僕に向けながら——永久子さんはこう言った。
「提案をひっくり返す材料が一つも見つからないの。……うん、そうね。諦めて、勉強するしかないわね」
僕の左手を握り返してくれる。
太陽の光に包まれながらはにかむ彼女は、テレビで見るよりも輝いて見えた。
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