約束の卵 ④

「啖呵を切ったは良いものの、直接の証拠材料は残念ながらこの俺のレーダーにも引っかかっていない」

「三回連続で電源ボタン押すね」

「SOS画面展開される奴じゃないか! まあ待て。俺のレーダーの高性能な点はな、情報の収集だけではなく、散らばった情報を集めて新たな情報を生み出せることなんだ」

 そう言うと、卵焼きをほおばりながらスマホをいじる。

 無駄に顔とスタイルが良いので足を組み真剣な表情で取り組んでくれている様子は頼りがいの塊でしかなかった。

 けれども、脳味噌に詰まっているのはいかに女性にモテるかという考えしかない。

 脳内メーカーで調べた結果を見た瞬間に評価が地に落ちること間違いなしだろう。

 ほんと、外見だけは良いのにこの男は何故こうなってしまったのだろうか。

 親の顔が見てみたい。

「信じられないくらい俺のことを罵倒してないか」

「いやいや、いつも通りだよ」

「いつも通りを改めるところからまず始めろ。そうしないと俺の考え、教えないぞ」

「肝に銘じます」

「良いだろう」

 スマホをポケットにしまい二個目の卵焼きを食べた後、木見城君は満を持して発言する。

「結論から言おう。永久子さんは、今、芸能活動と受験勉強の両方で壁にぶつかっている」

「え、そうなの?」

「この結論を導くために用いた情報は三つだ」

 木見城君はわかりやすく説明するため、まず人差し指を立てた。

「一つ目——永久子さんが『選ばれし者』に専念するという報道。

 二つ目——俺達と旅行に行けたこと。

 そして三つ目——永久子さんの成績が思う様に伸びていないことだ」

 この三つの情報を提示されて思った率直な意見は、以下の通りだった。

「永久子さんの成績が伸びていないって、僕、知らなかった……何で木見城君が知ってるの……もしかしてストーカ」

「彰輝お前、俺の友達だよな! 何でそんな発想にすぐ至るんだ!」

「友達だからこそだよ!」

「信じてくれよ! いくら俺が無類の女性好きで高校生の内に彼女作って受験勉強中にイチャコラしてあわよくば社会人まで付き合いを続けて両家に挨拶をして結婚して五人の子どもと愛する妻に囲まれて幸せに過ごしたいからってその言い分は無いだろう!」

「長いよ! 普通は途中で噛むくらい長いよ!」

「何回も思い描いているからな!」

「一般的に幸せな家庭をなまじ思い描いているから余計に性質が悪いんだよなあ」

「ハッハッハ! これが、俺の、生き方だ!」

 ある意味自分に正直に生きているのだろう。

 クラスメートが冷ややかな視線を木見城君に向けているなあと思いつつ——一人、女子が頬を朱くしている様子が見えた。

 視線の先は勿論木見城君だ。

 おおおお、自分に正直すぎる生き方をためらいなく出来る姿に好印象を抱く人物が、ぼく以外にも居るのか。彼女の顔と名前を覚えつつ、いつかこそっと仲を取り持てれば一番の恩返しになるだろう。

「それで、何で木見城君が永久子さんの成績を知ってるのさ。多分旅行先で木見城君が模試成績トップだから相談に乗ったあたりだろうけど」

「予測できているじゃないか! 流石、永久子さんマスター彰輝だな」

「そんなマスターになった覚えは一時も無いよ」

「図らずもマスタークラスになっていたのが彰輝だ。自信を持て」

「何だよそれ」

「そんな彰輝だからこそ、永久子さんの壁を取り除けるかもしれないんだ」

 木見城君は急に真面目な表情になったかと思うと、僕の両肩に手を置いた。

 元々の顔が良いことも相成って、切実な雰囲気に包まれながら——こう続ける。

「直接聞いた話だが、成績は正直あまり伸びてない。加えて芸能活動も上手くいっていない。上手くいっていたら合コンやら旅行やら参加できるほど暇じゃないからな。この二点が上手くいっていないせいで、永久子さんは苦しんでいる」

「…………」

 納得するしかなかった。

 確かに、永久子さんは僕の気楽な誘いに対して全てを受け入れていた。芸能活動が忙しいのならばそんな簡単にはスケジュールの融通は利かないだろう。

「俺では無理なんだ」

 木見城君は、悔しそうに発言する。

「俺は、勇者の剣を引き抜いていない。今の永久子さんへの手助けは、勇者の剣を引き抜いた奴じゃなきゃ出来ない。——彰輝、自信を持ってくれ。永久子さんを助けられるのは彰輝しかいない」

「……わかった。ありがとう」

 ——自信を持つ。

 その言葉は僕には遠くかけ離れたものだと思っていた。

 木見城君だけでなく、彼女も、僕にその言葉をかけてくれた。

 足りない自信を持たせてくれる彼女が今、自信を無くしてしまっている——

 それならば、貰ったものを返しに行こう。

 彼女からもらった自信は——いつの間にか僕の中で膨れ上がり、かけがえのないものになっていた。

 恩返しをせねばと思った。

 そのためには、何だってやってやる。

 僕は、少しの迷いも無く——もう一人の『選ばれし者』にメッセージを送った。

 その文面は、以下の通りだ。

「勇者の剣の特訓をさせてください」

 数分後、『選ばれし者』——外灘先生からの返信は以下の通りだった。

「おうよ、いくらでも付き合ってやる」


 *


 翌週土曜日。

 外灘先生に連れて行かれたのは、外灘先生が勤務している鳥山高校の剣道場だった。

 剣道部が問題を起こしてしまったということで、剣道場が完全に空き部屋になっているらしい。かなりの広さを使えることは嬉しいとは思いつつ、剣道部が活動不能になるほどの問題が発生してしまっているというのは受け入れがたいところだった。

「彰輝君の気持ちもわかるぜ。剣道部員が剣道場で何をしでかしてしまったのかは間違いないし詳細も気になるだろう——でも、そうだな、聞いてくれないという選択肢とってくれるとありがたい……」

「……聞いた場合は?」

「私も彰輝君も、沈んだ気持ちになる」

「聞かないでおきます」

 学校という閉鎖空間は本当に何が起こるかわからないなと思った。

 生徒が何かしでかした時に影響が及ぶのは管理者である先生とその保護者なんだろうなと思った。

「じゃあ早速始めるとしようか。彰輝君、何かプランはあるか?」

「そうですね……試してみたいことはあるのですが、一つだけ前提条件として質問しても良いですか」

「何だ、何でも言うぞ。私の苦手なものか? そうだな、ナッツが苦手だな。軽度なアレルギーらしくてな、謝って食べたらほんの少し体調悪くなる」

「誰もそんなこと聞こうとしてないですよ!」

「お、そうなのか。彰輝君のことだからそういうアブノーマルな感情があるのかと思ったぜ」

「今の情報をどう解釈するとアブノーマルになるんですか……!」

 あっけらかんと受け答えをする外灘先生に——

 真剣な表情を向けつつ、言葉を紡いだ。

「外灘先生は——永久子さんとも特訓しているという認識で間違いないでしょうか」

「…………おお。彰輝君、思った以上にやり手だな。先生、シンプルに驚きだ」

 この反応からして僕の予想は当たったようだった。

 永久子さんが『選ばれし者』として大成するつもりならば勇者の剣を使いこなす練習をしなければならない。

 そして、勇者の剣が能力を発動するためには——『選ばれし者』と対峙しなければならない。

 日本に『選ばれし者』は三人しかおらず、僕に話が来ていないということは、自然と外灘先生にたどり着くという次第だ。

「永久子さんとはいつから特訓しているんですか」

「私が勇者の剣を引っこ抜いた三日後からだな。ちょうど落ち着いた時に連絡が来てその日からスタートって感じだ」

 ということは、永久子さんの方が何日も多く勇者の剣を扱っているということになる。

 しかも永久子さんは随分前に勇者の剣を引き抜いた日本で最初の『選ばれし者』だ。僕と最初に会ったときにもうまい具合に能力のお披露目をしてみせたほど扱いなれている。

 ——炎。

 単純且つわかりやすい能力であり、強力な能力だった。

 この能力をどう攻略するかがカギになる——と同時に、僕の勇者の剣の能力を把握する必要があった。

 僕が永久子さんに対して持ち合わせている唯一の強みは、僕の能力の詳細が永久子さんにばれていないことだろう。

 永久子さんは良くも悪くもメディア露出をしており、過去の動画を漁ればどのような能力の使い方をするのか見当がつく可能性が高い。

 けれども永久子さんは違う。

 何しろ僕の能力は、持ち主である僕でさえもあまりわかっていない。

 であるならば、まず僕が行わなければならない行動は一つしかない。

 外灘先生に向き直し、こう言った。

「僕は永久子さんとの特訓の詳細を詮索しません。ですので外灘先生——僕との特訓や能力の詳細を永久子さんに伝えないでいただきたいです」

「おお、いいぞ」

「ありがとうございます」

 すんなり聞き入れてくれて本当に助かった。

「私としても彰輝君にそう言って貰えて良かったよ」

「どういう意味ですか?」

「もし彰輝君が、永久子ちゃんとの特訓の詳細を聞きたいって言いつつ彰輝君との特訓の詳細は隠してくださいとかいう糞野郎だったら、今すぐ勇者の剣を叩き切っていたからな」

「発言一つ一つが綱渡りになるんですけど!」

「よっし、じゃあ最後にもう一度だけ綱渡りをしてもらおうか」

 外灘先生はそう言うと——勇者の剣を右手に出現させた。

 僕が勇者の剣を出現させる前に、外灘先生は勇者の剣の能力を発動させる。

 バチバチバチという耳障りな音と発光現象が突如として発生する。

 起点は、勇者の剣。

 ——雷。

 外灘先生の勇者の剣は、雷を発生させる。

 その雷は直接僕に当たることはないが、僕の近くを何度も通る。その速度は一瞬で、目にもとまらぬ速さだ。少しでも触れれば感電して動けなくなることは間違いなかった。『選ばれし者』同士の戦い中は身体能力が向上するらしいが——この雷を受けて無事でいられる気が一切しない。

 それほどの威圧感を——外灘先生は、僕に向けている。

「いきなりどうしたんですか。無茶苦茶本気じゃないですか」

「そりゃそうだろう。貴重な休日使ってやるんだ。これくらいは受けて立ってみてくれねえとな」

 剣先を僕に向けて、こう言った。

「霧島彰輝。お前、『選ばれし者』として何がしたいんだ」

 それは幾度となく自問自答した内容で——

 結局答えは出ていない内容で——

 突き付けられた僕は、のどを一度、思わず鳴らしていた。

「何で、今、聞くんですか」

「永久子ちゃんは本気なんだよ」

 雷鳴は依然として鳴り響いている。

 冷汗が留まるところを知らない。

「今まで目指していたものを捨てる覚悟で血反吐を吐いているのが永久子ちゃんだ。だから私は、仕事終わりで死ぬほど疲れている時間帯を永久子ちゃんとの稽古の時間にあてている。それだけ、本気を、見たからだ!」

「…………」

「そして、今、私の今目の前に居るのは——そんな永久子ちゃんを止めようとしている男だ」

 外灘先生は、それ以上何も言わなかった。

 僕の答えを待つ態勢に入っている。

 ものの数秒くらいしか経っていないのに、数分経っているような感覚だった。

 ここが、正念場だろう。

 勇者の剣を手にする前の僕だったら——多分、そこそこの人生が送れるように考えればそれで終わりだった。

 勇者の剣を手に入れた当初は、兄への恩返しくらいにしか思っていなかった。

 ——今は違う。

 兄と外灘先生に梯子をかけてもらい——

 由実さんと宵闇さんの笑顔を見て——

 木見城君に助けを求め—— 

 永久子さんを助けたいと、思っている。

 助けられてばかりの僕が、がむしゃらに、ただただ助けたい。

 これは傲慢なのかもしれないし甚だ出過ぎた真似なのかもしれない。僕が思うよりも永久子さんは今回の決断に前向きで、僕がすることは邪魔でしかないのかもしれない。

 そんな可能性もある中——僕は永久子さんに何が出来るのか。

 どんな可能性を、僕から提示できるのか。

 ただただ対峙するだけなら誰でも出来る。

 永久子さんの考えを否定することは誰でも出来る。

 しかし、勇者の剣を持つ『選ばれし者』しか出来ない何かが——僕でしか出来ない何かが必ずあるはずだった。

 ——ふと、兄の姿を思い浮かべる。

 兄はいつも能天気で女性にあまりモテないところが難点だけれども——自身の会社を大きくして色々な事業を立ち上げ、家族だけではなく色々な人の助けになろうと出来る男だった。

 ——ふと、由実さんの笑顔を思い浮かべる。

 あの笑顔を見ることが出来て、本当に嬉しかったんだ。

 最後の最後は永久子さんがやり切ってくれた案件ではあるもの、僕も『選ばれし者』だったからこそ、由実さんと宵闇さんの仲の良さを取り戻すことが出来た!

 兄の様に、自分の手の範囲以上に助けることは、難しいかもしれない!

 けれども、由実さんを助けられたように——手の届く範囲ならば助けられるかもしれないし、助けたい!

 僕は、そこそこの人生で良い——

「そこそこ手の届く範囲の人を、全力で助けられる男になりたい」

 自然と、僕は勇者の剣を握っていた。

 剣先をゆっくりと、外灘先生の勇者の剣先に向ける。

「そこそこって何だよ」

「僕を体現する四文字熟語なので、これだけは譲れません」

「熟語になってねえんだよ。何言ってんだ彰輝君」

「信条は変えない人生で良い。でも、生き方には、全力を尽くしたい」

「くっくっく——意味わかんねえ」

 外灘先生は、口の端を歪めて笑っていた。

 雷鳴が一瞬止んだと思った瞬間、外灘先生が剣を構えていた。

 それはスポーツにあまり縁が無い僕でもわかる構え——

 ——剣道。

「外灘先生は何段なんですか」

「五段だな」

「それがどれだけ凄いのかすらわからないです」

「後で調べてみろ。慄くこと間違いなしだ」

「調べるまでも無いです。勝つので」

「……あまり大人を舐めるなよ」

 剣道五段かつ雷という絶大な能力の持ち主が、全力を向けてくる。

 剣技は間違いなく僕が遅れをとっている。

 僕の勇者の剣の能力は——瞬間移動。

 これをどのように扱うかで勝敗が決まる。

 やることは——いつも通り。

 考えて、即座に動く。

 これが、僕の出来る唯一の特技だった。

「手合わせ、お願いします!」


 *


 特訓を始めて三週間が経った。

 とはいったものの平日の十九時から二十一時は永久子さんの持ち時間故に休日しか外灘先生に会えない上に流石に申し訳なくて十三時から十五時という時間帯でお願いをした。休日二日間もらえるだけでも有りがたかった。

 試行錯誤を繰り返し——挑戦と失敗を繰り返し——

 戦い方と、一つの考えを導き出した。

 外灘先生もお墨付きをくれた。

 それならば、もう、動き出すしかない。

 永久子さんに、こんなメッセージを送った。

『明日の日曜日、勇者の剣を使った決闘しない?』

 数分後に、こんな返答が来た。

『十六時にここに現地集合で』

 ご丁寧に位置情報も添付されていた。

 マップアプリで確認をすると、かなりの僻地だった。高原といっても過言ではない。それゆえに誰も巻き込まなそうな場所だ。『選ばれし者』同士の対決が終わった後、周囲の損害は修復されるとはいえど——無為に誰かを傷つけるのは良くないという判断だろう。

 完全同意でしかない。

 その場所は最寄駅から歩いて五十分と出てしまうため、駅まで行った後バスを乗り継がないといけないようだった。

 それ故の十六時という遅めの時間設定なのだろう。

 あまりにも用意周到だった。

 ここまでの準備を僕がメッセージを送った数分後に出来るとはこれっぽっちも思わなかった。

 恐らく——永久子さんは待っていたんだ。

 僕が永久子さんを決闘に誘うことを。

 望むところでしかなかった。

「外灘先生、行ってきます」

「おうよ、しっかりな」

 前日の稽古を終える時に外灘先生は笑顔で見送ってくれた。感謝してもしきれない。特訓だけではなく、とある検証にも時間を費やしてくれた。外灘先生自身にもリスクがある内容で申し訳なかったが、快く受け入れてくれた。

 おかげで、永久子さんと向き合える。

 ——そして、十五時。

 バスを降りて、木々をかき分けると——荒野が広がっていた。

 約束の地に到着した。

 一時間早く到着したのに——由実さんは既に到着していた。

「久しぶり。早いね」と僕は言う。

「彰輝君が遅いのよ」と彼女は言う。

 これ以上の言葉は要らなかった。

 僕と永久子さんは——勇者の剣を手に持った。

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