約束の卵 ③
あとは適当に騒いでゼロ次会は終了した。
店を出た後、タクシーが二台目の前に現れた。
一台は僕用、一台は二人用だった。
ここまでの手際の良さを持ち合わせながら、兄は何故モテなかったのだろうと思った時に——逆に兄に誰もついていけなかったのではと思った。
数多の会社やお店を経営しつつ色々気配りも出来る様子を見せた後——僕が知る限りではあるが——女性は誰しも兄に媚びを売るようになってしまった。
普通はそうなんだ。
でも、外灘先生は違う。
タクシー二台を見た時——兄は、こう言った。
「外灘さん! 予約通りタクシーが来たぞ!」
「事前に相談して良かったぜ。そうしなきゃ、ここに四台来てたからな」
このやり取りだけで察した。
外灘先生は、兄と同様——事前にタクシーを用意しようと思っていたのだ。
それも、二台だ。
僕のことも考えてくれている。
兄が先々まで考えているのと同様に——外灘先生はも考えて、二人でこの状況を相談したのだろう。
しかも外灘先生は何故か僕に近づいてきて、五千円を差し出してきた。
「え、ちょ、これ、どういう」
「これで充分足りるだろ。余ったら、大人二人のくだらない話を盛り上げてくれたお駄賃とでも思ってくれりゃそれで御の字だ」
「いやいやいやいやいやいや、何言ってるんですか! 僕の方こそお金を払いたいくらいなんですよ!」
「大人がかっこつけようとしてるんだから、口答えせずに受け取れや」
そう言いながら、明るい笑顔とともに五千円を渡してきた。
マジでか。
ここまでの気遣いを出来る女性が居るのか。
信じられない気持ちを抱きつつ兄を見たら——嬉しそうに外灘先生を見つめていた。
この五千円に関してうだうだいうよりも、この五千円を即座に受け取ってこの場を離れたほうが二人のためになると思った。
「外灘先生、本当にありがとうございます」
「出世払いな」
「ここにきてがめつい!」
外灘先生は僕の反応を見て「くっくっく」と笑っていた。冗談でしかないらしいが、僕がただただ現金を受けとることに配慮してくれたんだろうなと思った。
尊敬の念しか抱けなかった。
外灘先生と兄に深々とお辞儀をしてタクシーが去るのを見た後、僕もタクシーに乗り込んだ。
五千円を手にしながら、外灘先生のすばらしさを鑑みる。
本当に素晴らしい人は、『選ばれし者』にならなくても信念をもって行動出来るんだなと確信していた。大人だからではなく、外灘先生だからなのだろう。
僕とは大違いだなと思った。
そこそこで良いと思いながら少しでも可能性があるのならば誰かを幸せにしたいなっていう安直な考えを否定しつつ、自信の考えを貫いて正解を導いているのが外灘先生だ。
一方で永久子さんは、自信の魅力を打ち出しつつ、『選ばれし者』としての魅力を利用して芸能活動に精を出している。
『選ばれし者』の二例は、二例ともそれぞれの人の価値を押し出している形だった。
一方で、僕はどう振舞うのが良いのだろうか。
永久子さんの様に適度に利用をするのか——
外灘先生のように割り切って使わない方が良いのか——
「わからないなほんと……」
いくら考えても答えは出ない。
由実さん案件の際に行動に移しても答えが出ない。
「……さあ、どうしようか」
外灘先生の様に割り切って勇者の剣を捨てられればそれで良い。
けれども——傲慢ではあるが——なまじ由実さん案件でほんの少し役立てることが出来たからこそ、一概に言えないところがあった。
これ以上誰かに相談した方が良い案件なのかもわからない。
誰かに相談しまくるのではなく自分で解決すべき案件ではあるのは間違いない。
でも、わからない。
根本がそこそこで良い人生なんだ。
そもそも何で僕が『選ばれし者』として勇者の剣を引き抜いてしまったのだろう。
そうだ、そこからして違うんだ。僕ではなく兄が選ばれるべきだった。そうすれば外灘先生の悩みや境遇を同一視してより一層二人は距離を近づけることが出来ただろう。こんなグダグダと考える訳が分からない男よりも一層わかりやすいだろう。
「何度だって言う! 僕は、そこそこ幸せならそれで良いんだ!」
タクシーの運転手の方にお釣りの二千五百五十円を頂いた後、僕は家の前でこう叫んだ。
改めて思う——何でこんな人間が勇者の剣を引き抜いてしまったんだろう。
神様とやらは何を考えているのだろう。
一万もの勇者の剣を誤って配置してしまった神様に今更望むことは何もないが、巻き込んだ以上は責任をとって欲しかった。
選択肢を与えてくれたこと自体は——感謝している。
その先に進めないのは僕自身の問題でしかないのもわかる。
——勇者の剣で戦うバトルサバイバルが起きると判明していたらわかりやすかったのに。
そうしたら、何でも叶う願い事とやらに向けて全力を費やしていたのだろうか。
「外灘先生は、多分、違うな……」
人それぞれだなとしか言えない。
永久子さんは何を願うんだろうか。
それだけでも聞いておきたかった。というよりかは、何だか永久子さんと話したい気分だった。外灘先生と話した感触とそれによって得た気付きを共有したかったと言い換えても良い。
同じ境遇で相談しやすい相手と言うのは何てありがたいのだろう。
そう思ってSNSメッセージを送ろうとした瞬間——永久子さんからメッセージが来た。
奇しくも同じことを考えていたのだろうかとワクワクしたのもつかの間、メッセージの中身を見て——愕然とした。
そこにはこう書かれていた。
「私、もう貴方とは仲良く出来ないわ」
*
毎日一通ずつメッセージを送っても、永久子さんから返信は無かった。
何が起こったのかわからない。僕が何かをしでかしたのかすらわからない。
何度もメッセージを送るのは見苦しいとはおもいつつ、それでも送るしかなかった。
僕と永久子さんのつながりは、SNSしかない。
『選ばれし者』同士とはいっても、やり取りの起点はSNSしかない。
なんて脆弱なつながりなんだろう。
相手から一方的に拒まれたらそれ以上連絡の取りようがない。
「彰輝、どうした」
学校でずっとスマホを気にしている様子を見たからだろう——木見城君が心配そうに声をかけてくれた。
「授業にも集中してない。彰輝らしくないぞ。女子に想いを馳せている俺みたいな状態だ」
「それはあまり好ましくないね……」
「弱弱しいながらも悪態つけるなら、まだ頑張れる方か」
ちょうど昼休みになったタイミングだったため、木見城君が昼食の弁当を僕の机に持ってきた。
「ああ、そうか、僕も昼飯食べないと」
「おいおいおいおい、上の空過ぎだろうが。何かあったのか」
「まあ、『選ばれし者』関連で少々……」
「『選ばれし者』っていうと、そういえば、永久子さん大変そうだよな」
「どういうこと! 何か知ってるの木見城君!」
まさかここで糸口に繋がるとは思ってもみなかった。
僕とはSNSで話しにくいが木見城君と話しやすかったということなのだろうか。
背景は何でも良い——少しでも手がかりがあるのならば、全力でつかみ取りたい。
「勢いが凄いなおい」
「だって、ずっと連絡取れてないんだ! 永久子さんに何かあったのなら力になりたいんだよ!」
「え、彰輝と直接やり取りしてないのか? てっきり彰輝と協働で頑張っていくんだと思ってた」
「それってどういう……」
「彰輝よ、SNS上でも良いからニュースは毎日見たほうが良いぞ。そうじゃなきゃ女子にモテるもんもモテない」
「ニュース?」
「これだよこれ」
木見城君が見せてくれたスマホの画面上には、こんな文面が書かれていた。
——遠山永久子、『選ばれし者』としての活動に専念——
芸能活動を一時休止——大学受験もやめて本格的に『選ばれし者』として取り組んでいくという旨が記載されていた。
「……何だ、これ」
「本当に聞かされてないのか。意外だな、永久子さんが報告するなら一番に彰輝にすると思っていた」
「永久子さんどうしちゃったんだよ!」
他にも生徒がいるなんてことは構わなかった。
叫んだ後——永久子さんに、メッセージではなく電話をかけた。
何コールかした後、意外にも永久子さんは電話に出てくれた。
「何よいきなり」
「『選ばれし者』に専念ってどういうこと!」
「……遅いわよ」
それは、ニュースを見たタイミングに対してなのか——
それとも、僕がこの件で電話をするタイミングに対してなのか——
どちらでも良い。
達観めいた永久子さんの口ぶりに、全力で追及する。
「『選ばれし者』の地位を利用して芸能活動にプラスするのは良いと思うよ。でも、芸能活動を捨てて、尚且つ大学受験まで捨てるってどういうことだよ。何もすることなくなるじゃないか!」
「いいえ、やることはあるわ」
「何を!」
「私は、一万人の『選ばれし者』の頂点に立つ」
「……へ?」
予想だにしていなかった返答で勢いが止まってしまった。
僕の声を聞いて少し気が緩んだのだろう——永久子さんは「何よその声」と軽く笑った後、言葉を紡ぐ。
「『選ばれし者』は勇者の剣を最後まで持っていれば、何でも願いが一つ叶う。貴方も知っていることでしょう?」
「そりゃ知ってるけど、神様が設定をミスっているせいで一万人がまず揃わないじゃないか」
「前まではね。でも、今は違う」
「違うって何が……」
「彰輝君と外灘先生——立て続けに二人も『選ばれし者』が出ているの。このペースはこれまでと比べて異常よ」
「でも、たかだか二人増えただけじゃないか」
「日本だけ見ればね。世界を見渡すと話は大きく変わるわ」
「え……」
「ここ数週間で、世界中の国全てで二人か三人は『選ばれし者』が出現しているの。私一人が出るまで数十年かかったのに——数週間でこの人数。ようやく神様とやらが重い腰を上げてくれたって色んな研究者が活気になっているみたいよ」
永久子さんの言うことに間違いは無かった。
けれども、全てが正しいとは思えない。
「永久子さんの言うことはごもっともだよ。でもまだまだ全然一万人には到達してないよね。それなのに、他の誰でもない永久子さんが全てを投げ捨てて『選ばれし者』なんていう不確実な希望に縋りつくの?」
「……嫌な言い方するわね」
「だって、そうとしか思えないから」
『選ばれし者』に縋るしかないのであればそれで良い。
しかし永久子さんは違う。
僕よりも色々な可能性があって、色々な未来をつかみ取れる人だ。
絶対に、勿体ない——
そう言おうとした。
それなのに、僕の耳に届いたのはこんな言葉だった。
「とにかく、私は、『選ばれし者』として頑張ることにする。『選ばれし者』としての価値訴求、応援してるわ。じゃあね」
「待っ」
全てを言い切る前に一方的に電話を切られた。
その後何度も電話をかけるが留守電にすらならずに途中で切られてしまう。
「何でだ!」
昼休みの教室という場所なんてお構いなしに叫んでしまう。
周りの視線がどうなっているかは——俯いてしまった僕にはわからない。
永久子さんに、何があったんだ。
『選ばれし者』という地位を利用して芸能活動も受験勉強も全力を尽くして前を進む——それが遠山永久子という強靭な女性じゃないのか。
僕が憧れて、こうはなれないと思いつつ、こうなりたいと思った理想像だった。
理想を押し付け過ぎなのだろうか。
いや、そんなことはない。それほど長い付き合いではないものの、これまで接してきた中で永久子さんがどういう人間なのかはわかったつもりだった。
彼女を屈する何かがあったんだ。
その情報をいち早く集めて次の策を考えたい。
昼食を勢いよく掴んだ後——僕は迷わず彼の前に立った。
「遠山永久子の情報、君なら熟知しているよね」
「ふっふっふ、お目が高い。特別サービスだ——生年月日からスリーサイズまで、彰輝の欲する情報を提示してやろう!」
「一旦通報するね」
「一旦やられたら俺の人生終わりだから!」
頼りになる変態である木見城君は、全力でうろたえた後、一応頼りになる満面の笑みを浮かべた。
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