約束の卵 ②
「…………マジか」
外灘先生は、心底嫌そうな顔をしていた。
そこからは僕が『選ばれし者』になったときと同じ流れだった。
兄と木見城君を筆頭に雄たけびをあげ、周囲の人たちもそれに合わせて外灘先生を囲んでいく。
このままここに居て永久子さんの素性もばれてしまうのは避けなければならない。
危機感を抱いた僕は、瞬時に、勇者の剣を自分の右手に出現させた。
今この場には、僕と外灘先生の勇者の剣がある。
即ち——勇者の剣の能力を発揮することが出来る。
一か八かではあったが、無我夢中で永久子さんの手を握り——瞬間移動を発動した。
一気に駐車場まで移動することに成功した。
「貴方の能力、そういう使い方も出来るのね。ありがとう」
呆気にとられた表情を永久子さんが浮かべている。
「ど、どういたしまして」
「……いつまで握っているのよ」
「あ、ごめん!」
非常時故に咄嗟に掴んでしまった手を勢いよく引っ込めた。
永久子さんは僕に気をつかってか「別に気にしなくて良いわよ」と言ってくれてはいたものの、視線を合わせようとしないため申し訳なさが勝ってしまう。
「ごめん、あのままあそこにいたら永久子さんが大変なことになるかなあと」
「それを言うなら貴方もでしょう。日本に二人しかいない——今はもう三人だけど——そんな『選ばれし者』が密集していたらどうなっていたかわかったもんじゃないわ」
「でも、永久子さんが僕らと一緒に居るところが公になるのは、良くないと思う」
「私の芸能活動に響くというのはもう無いから安心して」
「へ?」
「……今のは聞かなかったことにしなさい」
「え、どういう」
「いいから」
含みを持った言い方をする永久子さんに詳細を聞きたかった。
だがしかし——にべもない様子を貫く永久子さんを見て、これ以上は追及しない方が良いなと判断した。
勇者の剣を左手に持ち替えて永久子さんの左横に立ち、群衆が沸き起こっている方向を見る。
あそこには、『選ばれし者』となった外灘先生が居る。
監視カメラの映像で確認をした国防省がすぐに登場をして、僕にした説明と同じ流れを踏むのだろう。
これにより、日本に現存する『選ばれし者』は三名になった。
僕が勇者の剣を抜いてからそれほど期間が空いていない状態での『選ばれし者』の出現だ。間違いなく話題になるだろう。
——「コメンテーターみたいな立ち位置でテレビにまた出れるね」
この一言を発するかどうか極限まで悩んで、やっぱり止めた。
結果的に良かったのだと思う。
僕がこの時この一言を口に出してしまっていたら、取り返しのつかないことになっていただろう——
その代わりに、僕はこの一言を紡いだ。
「外灘先生は、『選ばれし者』としての地位をどういう風に扱うんだろう」
永久子さんは一言——「直接聞きなさいな」と呟いた。
それもそうだなと思い、直接聞くことにした。
*
勇者の剣を抜いた後の数日間、外灘先生は僕と同様にしっちゃかめっちゃかな状況に陥った。
防衛省に呼び出されたりメディアに取り上げられたり、悪い意味での非日常に巻き込まれてしまっている。テレビに映る外灘先生は全画面不機嫌な表情だったが、ビジュアルの良さも相成って僕の時より大きく取り上げられているように思えた。
恐ろしいのは、僕にもインタビューが来たりコメンテーターとしてニュース番組やバラエティ番組の出演オファーが来たりしたことだった。
一般人でしかない僕にそんな案件が舞い込む辺り、『選ばれし者』への世間の注目度がわかる。けれどもその役割を担うのは間違いなく永久子さんが最適だと思うので、当然のごとく全て断った。その結果、テレビをつけたらかなりの頻度で永久子さんが出演している様子を見ることが出来て良かった。
色々ある中で、身近で一番苛々していたのは意外にも兄だった。
実家で夕食を食べている中、外灘先生がテレビに出る度に不機嫌な表情をしている姿が印象的だった。兄は天性のムービーメーカーなためマイナスな感情を表に出すことはあまりないのだが、この時ばかりは我を忘れている様だった。
——一度、兄に「何でそんなに苛々してるの」と試しに聞いてみたことがある。
兄は一言——「外灘さん、迷惑に思ってるだろ」と発した。
色々な人たちが巻き込まれながら二週間が経過した後、事態はようやく収束した。
世間の関心は移り変わりが早く、ニュースで取り上げられる話題は全く違うものになっていた。
この時ばかりは世間の飽き性に感謝しつつ、兄に電話をかけた。
兄はワンコールで出てくれた。
「そろそろかけてくる頃だと思ったぞ」
流石兄と言わざるを得なかった。
全てを見越してくれている。
それならば話は早い。
前置き無しに、こう言った。
「ありがとう兄ちゃん。——外灘先生に、会わせてほしい」
「そう言うと思って明日の夜七時にアポをとっておいた!」
「気配りの天才でしかない!」
「夜八時には二人分の高級ディナー予約済み!」
「一時間以内に話を終わらせつつお膳立てさせていただきます!」
この手回しの良さが兄を起業家として成功させる要因になったのだろうと全力で感じた。
本当に兄は凄いと思いつつ——感謝しつつ——その時が来るのを待った。
ちなみに一応連絡はしなければと思い、木見城君と永久子さん、そして由実さんに、外灘先生と会うことを伝えた。
三人の返答は以下の通り。
「同席させてくれよ!」
「連絡が大事なことをわかっているなら、報告も大事にしなさいよ」
「外灘先生に会うなら私に会ってくださいよ!」
一人称を入れなくても誰が何を言ったのかわかるところが凄まじかった。
わかりやすい友人たちに囲まれて幸せだなと思いながら、そこそこにやり取りをして——夜七時になった。
集合場所は、鳥山高校の校門前。
外灘先生の仕事終わり。
兄がしっかりタクシーを校門前に呼んでいる。
校舎から出てくる外灘先生は、この後の高級ディナーに向けてなのか、スーツ姿で身を固めていた。
「よう、霧島兄弟。わざわざ待っていてくれて嬉しいよ」
「こちらから誘った以上、待つのが道理だろう」
外灘先生の声掛けに対して、兄が口の端を上げながら応答した。兄の反応に対して外灘先生が「ちげえねえや」と楽しそうに笑う。想像以上にこの二人の関係性が良好なことに驚いてしまった。僕がお膳立てしなくてもこの後の高級ディナーとやらで決着をつけられる気がする。というかこの場において僕は邪魔者でしかないようにも思える。
早急に話を終わらせることを兄への餞にしよう。
僕はタクシーの助手席に乗り込み、兄と外灘先生は後部座席に乗った。
外灘先生が二週間の愚痴をはきつつ、兄がそれを楽しそうに聞いている。
和気あいあいとしている雰囲気が素晴らしい。
僕が特に割り込むことなく話が盛り上がっていたのでぼうっと聞きながら目的地へと向かった。夜八時からが本番のため僕が居る時にはてっきりカフェでも行くものだとおもったら、見知った居酒屋に到着して驚いた。
「え、飲むの?」
「彰輝、お前、当たり前だろ」
「青春真っ盛りの若者の相談を肴にして飲む酒が一番うめぇだろうが」
「そういうものなの?」
「「そういうものなの」」
息ぴったりだった。
二人ともお酒好きで同い年ということもあり、本当に上手くいく気しかない。
合コンにてあわよくばを狙っていたとある友人に心の中で合掌をしつつ、未成年であることをしっかり提示して居酒屋に入った。
合コンの時は個室だったが、今回はカウンターしかない小さな居酒屋だった。全席埋まっても十人にも満たない店だ。店員さんも見る限り二人くらいしかいないようだ。その二人とも兄を見ると「いつもありがとうございます!」と叫び始めた。
「霧島さん、よく来るのか?」
僕はこの様子を何度も見ているので何とも思わないが、外灘先生は気になってしまったのだろう。
その様子を見て外灘先生が兄に聞いた。
兄は何の気なしに、こう返した。
「よく来るぞ。俺の店だからな」
「……よく来る店っていう意味か?」
「俺が経営している店だからな」
「ハァ! マジか!」
豪快に驚きながら店内を見渡す外灘先生がそこに居た。
小さな店とは言っても目の前に居る男が経営していると言ったら素晴らしい店に思えるマジックだった。
兄は会社も経営しつつ、小さな店も何店舗か経営している。
勿論全てが上手くいっているわけではなく大変そうではあるものの、どんな時でも楽しそうにしているところ誇らしかった。
「いやー、良いな! 経営している店で飲むって、霧島さんのこと、間違いなくもっと深く知れるイベントじゃねえか!」
「そ、そうなんだよ! 何よりも一番言ってほしい言葉だそれは!」
兄と外灘先生は笑い合い、勢いよく握手をした。
もう、本当、僕の話は早く終わらせよう。
以前別の女性で同様のシチュエーションに立ち会ったことがあったが、その女性はこの事実を聞いた瞬間——兄を『お金持ち』として見て媚び始めてしまった。
他に経営している店の話や会社の話ばかりを質問するようになり、その質問に答える度に兄が悲しそうにしている様子を見ていて僕まで物凄く悲しかった覚えがある。
しかし、外灘先生は違う。
兄が経営している店を紹介してくれることを、兄の自己紹介だと思ってくれている。
何だか僕まで嬉しくなってしまったと同時に、僕が邪魔者でしかないというか、早く二人の間から消えて兄に幸せになってもらいたい。
ひとまず二人を奥に通して僕は手前に座ろうと思ったら、何故か外灘先生が奥に行き、僕の手前に兄が座った。
自然と僕が挟まれる形になった。
「何で! 僕が間に入るの絶対邪魔でしょう!」
「何度も言わせるなよ若人」
「彰輝の話を肴に、酒を飲みたいんだ」
「……なるほど」
どう考えても僕を気遣った発言でしかなかったが、満面の笑みに挟まれてしまっては断る方が失礼というものだった。
元々僕も外灘先生に聞きたいことがある。
両隣がビールを頼む中、僕はオレンジジュースを頼んだ。
乾杯をしてひとしきり飲むと、外灘先生の方を向いた。
「いきなりですが、質問しても良いですか」
「おお、良いぞ。私のスリーサイズが聞きたいんだよな?」
「もう酔ってんのかこの人!」
「ハイハイハイ、聞きたいです!」
「もう一人も酔いが早い!」
そういえば外灘先生と直接話すのは合コン以来という少なさだが、話している感じが兄に近かった。
ということは兄二人分か。
話進まないぞこれ。
「とっとと相談させてください。僕はなるべく早めに二人きりにしたいんです!」
「お、良いねえ。景気づけに永久子ちゃんと由実も呼ぶとするか」
「話を聞いてくれない!」
「木見城君も呼ぶぞ、彰輝!」
「そうしたら本当に収集つかなくなる!」
「あ、そういえば由実の問題、解決してくれて改めてありがとうな。由実、最近無茶苦茶嬉しそうに職員室で報告してくれたぞ」
「ど、どういたしまして……いきなりその話展開するのはずるいですね……この前の旅行の時も話したじゃないですか……」
上手く相談できないもどかしさが一気に無くなった。
そうか、由実さん、職員室で報告するくらい喜んでくれたのか。
それは、素直に嬉しかった。
「由実を助けてくれた彰輝君が、私に何の相談をしたいんだ?」
「……ありがとうございます」
オレンジジュースを一口飲み、勢いづけて話を続ける。
「まず、外灘先生。『選ばれし者』就任、おめでとうございます」
「おう、ありがとうよ。おめでたいことなのかどうかは微妙だけどな」
「やっぱり素直に喜べない感じですか」
「そりゃそうだろ。メリットゼロだぜこれ」
外灘先生はビールを飲み欲しもう一杯を注文した後、舌打ちをした。
「そもそも私はよう、駆け出しの教師として頑張ろうと思っていたわけだ。由実のことも含めて上手くいかないことはあるが、それでも何とか色々策を講じて自己成長に繋げようとしていたわけだよ。でもよう、そんな最中に『選ばれし者』になっちまったら、周囲の目が変わっちまって上手くいくことも上手くいかなくなるってもんだ」
「周囲の目、変わりましたか」
「それは彰輝君が一番よく知ってるところだろう」
「いや、僕、高校三年生なので、波が過ぎたらその後はあまり触れられなくなってしまいまして」
「あー、そうか、そうだな……高校生と社会人じゃ土台が違うか……しかも受験生ってんなら尚更か。うううむ、世の中ってのはタイミングが重要だねえ」
ぼやきつつビールを飲み欲し、更にもう一杯を頼んでいた。ペースが尋常ではない。大丈夫なのか不安になり兄に相談しようとしたら、兄もジョッキを空けていた。やはりこの二人、付き合った方が良い気がする。
三杯目のビールに口を少しつけて幸せな表情を浮かべた後、僕に視線を向けてくれた。
「社会人で変な立ち位置ついちゃうとなあ、これまためんどくせえんだわ。教師ってそもそも副業禁止だからな——永久子ちゃんみたく芸能活動しないかどうか管理職に逐一質問されるし、生徒は私のことを『選ばれし者』っていうジャンルでしか見てくれなくなる」
「どっちが辛いですか」
「間違いなく、後者だ」
ジョッキの半分を勢いよく流し込む。
「先生として、生徒と関わりたかった。先生として頑張って、生徒を育てたかったんだ。それが今やどうだ。勇者の剣——『選ばれし者』——一万人の頂点に立ったら願いが何でも一つ叶う——。ハッ、大層ご立派なもんだ。本当にくだらねえ」
「……『選ばれし者』になって、デメリットしかなかったですか」
「今のところはそうだ。だから勇者の剣を家に置きっ放しだ」
「授業だったり生徒指導に役立てよだったりとかは思わない感じですか」
「マジで要らねえ。こんなもんに頼らずとも自分で何とかする。——と、言いたいところだが、由実問題の解決に彰輝君の手助けをお願いしている時点でぶれぶれなんだよなあ……ほんと、こんな姿、生徒には見せらんねえや」
外灘先生はお酒に口をつけた。
その表情を見て、目の前の先生は豪快ながらも色々考えて悩んで最適解を生徒に提示しようとしてくれているんだなと思った。
無理をして考えを一貫するよりも、よっぽど先生として理想的な人物ではないかと思った。右隣の兄が真剣な表情で聞き入っているのが何よりも証拠になるだろう。それほどまでに外灘先生は魅力的で——勇者の剣が不要な人物に思えた。
「俺が思うに! 外灘さんは、教育上必要な時が来たら勇者の剣を手に持つと思うぞ! そしてその時、より一層先生として成長している気がする!」
兄がジョッキを持ち上げながら外灘先生にそう言う。
言われた張本人は、僕と言う邪魔者が間に挟まっていることなど意に介さず——柔和な表情で「ホント、良い男だね」と呟いた。
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