約束の卵 ①
由実さんと宵闇さんの関係性問題から一週間が経った。
一度相談を請け負った手前その経過を見なければと思い鳥山高校の校門の前で下校時刻に待っていたところ、由実さんの左腕に両腕と右頬をこれでもかといわんばかりに摺り寄せている宵闇さんの姿が見えた。
幸せそうだ。
宵闇さんは僕の顔が視界に入った瞬間、舌打ちをした。
その後「消えて」と冷たく一言放たれた。
完全に嫌われている。
そんな宵闇さんを隣に、苦笑しながらもまんざらではない雰囲気を由実さんは醸し出していた。由実さんは僕に会釈をすると、そのまま宵闇さんと一緒に歩いていく。
尋常じゃないほど何も心配ない関係性に戻っていた。
恍惚な表情で自身の頬を由実さんの左腕にすりすりしている宵闇さんは心配ではあったものの、一週間前に抱えていた問題は解消されたと言って良い。
——さあ、ここで問いかけだ。
僕は、由実さんと宵闇さんの関係性の問題解消を経て、『選ばれし者』としての価値を見いだそうとしていた。
今回は、結局——永久子さんの機転によって上手くいった。
けれどもそれにより、『選ばれし者』としての価値は僕の中ではわからず仕舞いだった。『選ばれし者』としての先輩である永久子さんが凄まじいというのは今回でわかったけれど、それ即ち『選ばれし者』が凄いとはならないところがやるせない。少しは役立つとは思うのだが、無理して頑張って『選ばれし者』としての地位とやらを利用するに値するのか、自信が持てなかった。
——でも、これだけは言える。
由実さんの明るい笑顔を見ることが出来て、本当に、嬉しかった。
兄が気遣ってくれた手前で何かしようと思っていた当初とは違う。
それだけは、間違いない。
これが前進と言えるのか停滞と言えてしまうのかはわからない。
となった時、僕は次に何をするべきか。
外灘先生に明示されたわかりやすい課題とやらも目の前に無い。
僕は有無を言わさず、相談しやすい相手である——兄に話をしてみた。
「彰輝、そうか! 今そんな感じか!」
兄は、勢いよく立ち上がり、満面の笑みでこう叫んだ。
「外灘さんと木見城君と永久子ちゃんと彰輝と俺で、旅行に行くぞ!」
「だから何で!」
*
勢いに任せて提案された物事は、勢いに任せて提案した人物によってなんやかんやで実現されてしまう。
僕含む計五名は、兄が運転する車によって三重県に向かっていた。
言わずもがな兄が運転手で、これまた言わずもがな助手席に座るのは外灘先生だった。
「外灘さん、旅行、好きなんだな!」
「おうよ! 旅行は非日常って感じがするからなあ。日常の疲れを癒しつつ色々な刺激を受けることが出来る最高の趣味ってやつだな」
「誠心誠意、完全同意!」
そんな二人の楽しそうなやり取りを——僕は、後部座席の真ん中で見ていた。
左には木見城君が居て、右には永久子さんが居る。
「前の席、楽しそうね。貴方、誘った以上は前の席以上に私を楽しませなさい」
「女王気質が過ぎるよ永久子さん……」
「あら、彰輝君はこういう感じが好きなんでしょう?」
「そんな訳無いよ」
「彰輝と違って俺は大好きです!」
「黙りなさいよ汚物。空気が汚れるじゃない」
「……彰輝、どうしよう、やっぱりちょっと良いなと感じ始めている自分が怖い」
右の女友達も左の男友達も倒錯してるなと苦笑いを浮かべざるを得なかった。
「改めて確認だけど、今日は三重県に行くのよね」
「そうだよ」
「おかげ横丁とか伊勢神宮とか、いろいろ行くところあるわよね」
「そうだね」
「何で今更勇者の剣を抜きに行こうとするわけ?」
永久子さんの言うとおりだと思いつつ、僕は昨日兄から聞いた話をそのまま伝えてみる。
「僕が『選ばれし者』としての自信がなくなったから、勇者の剣を抜きに行っている人をいっぱい見れば自信つけられるんじゃないかっていう」
「ハッ。安直且つくだらない提案ね」
「はっはっは! 永久子ちゃん、流石の俺でもその言い草は傷つくぞ!」
「ああ、お兄様が考えられたんですか。それなら前言撤回します、すみません」
「え、僕と態度が全然違わない?」
「妥当」
「短いが故に傷つく返答!」
「良いよなあ彰輝は!」
「どこをどう見てそう言えるんだよ木見城君は!」
「おうおうおう青春だなあお前ら。先生は嬉しいよ、こういうのが見たかったんだ」
「外灘先生は一回職業見直してください!」
愛知から三重に車で移動ということでそれなりに時間がかかったものの、車内は一度も静寂に包まれることなく過ぎていった。
意外だったのは、芸能活動と受験勉強が忙しい永久子さんが会話に乗じてくれることだった。
永久子さんに「忙しいのにありがとう」と不意に話したところ、「良いのよ、ちょうど休憩したかったし」と返してくれたからひとまず安心した。
物憂げな表情だったのが若干気にはなったものの、「私の心配する前に自分の心配しなさんな」と軽口を言ってくれたおかげでまた楽しい雰囲気に戻ることが出来た。
「なあ彰輝」
木見城君が小声で喋りかけてくる。
「『選ばれし者』になって良かったこと、間違いなくあるじゃないか」
「え、何が?」
「彰輝の今右側に居る女性とか、この前彰輝が助けた女性とかと、無茶苦茶仲良くなってるじゃないか。『選ばれし者』になる前は思いも寄らなかった状況だろ」
「た、確かに……でも、ううむ……」
「二人じゃ物足りないってか! 欲張りだろそれは!」
「器用に小声で叫ぶのは称賛に値するけど、語弊しかない発言なのは糾弾するね」
「実際のところ、この前由美さんを助けられたのは彰輝のおかげだろ。何を謙遜してるんだよ」
「そうなのかな……」
木見城君はこう言ってくれているけれど、正直なところあれは永久子さんのおかげと言った方が良いような気がする。
「最終的に由美さんと宵闇さんの仲をとりもったのは永久子さんのおかげではあるけどな」
木見城君は両手を組み頷きながら話を続ける。
「ただ、そもそものきっかけを作ったり——宵闇さん以外の人たちとの関係性を修復したりしたのは——間違いなく彰輝だろ」
「その通りよ」
「うおお、永久子さん! 聞いてたの!」
僕と木見城君の方を見ずに、彼女はそう呟いた。
「まず、私と仲良くなれたことだけでも『選ばれし者』になった価値があるというのは良い心がけね。木見城君のことを少し見くびっていたみたいだわ」
「ありがとうございまぁす!」
「人間として見てあげる」
「ありがとうございまぁす!」
「彰輝君、喜んでる場合じゃない! これまで人間として見られていなかったんだよ!」
「あとは昇るだけだ!」
「そのポジティブシンキングを少しで良いから分けて欲しい!」
「まあそんなことはさておき」
三人掛けで狭い中、隣に居る僕の邪魔にならないように両腕を組み両足を組みながら、永久子さんは僕にジト目を向けてくる。
「何が引っかかっているか知らないけれど、木見城君の言うことに間違いは無いわよ。この私がここまで言ってあげるんだから、素直に誇りなさいな」
「……誇って、良いのかな」
僕は二人にこう言われても、自信を持つことが出来なかった。
由美さんと宵闇さんの件では確かに橋渡しくらいは出来たのかもしれないが、結局のところ決着をつけたのは永久子さんの力が大きい。
というより、永久子さんが居なかったら決着がついていなかった疑惑まである。
しかも永久子さんは、『選ばれし者』としての立場や力ではなく、自身の機転によって解決してしまった。
そうなった場合——やはり『選ばれし者』としての価値というところを見定められない気がしてならない。
これまでそこそこの人生で良いと思っていたツケがまわってきているとしか思えない。
考えすぎとも思うけれど、考えて損はないとも思ってしまうので——僕は二人に向けて、こう言った。
「ありがとう。もう少しだけ考える——けど、ちょっとは自信を持つことにするよ」
「おうよ」「その意気よ」
二人は僕のわがままに対して笑顔を向けてくれた。
「いやー、良いねえ、青春だねぇ。霧島さん、私らもあんな時代があったねえ」
「外灘さん、いつの時代でも青春を味わえると思うぞ!」
「おぉ! 霧島さん、良いこと言うねぇ」
前の座席の二人もなにやら良い感じだった。
期せずして兄の手助けになったことに喜びつつ、ミラー越しで僕に向けて口パクで『ありがとうな』と言ってくるのは全力で止めたかった。
そんなこんなであっという間に時は過ぎ、勇者の剣が刺さっている場所へとたどり着いた。
行列が出来ている。
本当に観光地なんだなと改めて思いつつ、一つの不安がよぎってしまった。
麦わら帽子を深くかぶり、サングラスとマスクを着て身バレを防いでいる永久子さんに話しかける。
「そういえば、僕らが勇者の剣を抜いた場所って観光地として人気失っちゃうのかな」
「勇者の剣の跡地を見たい人も一定数いるらしいわよ」
「じゃあ観光地として継続出来るんだね。よかった」
「意外と思慮深いところがあるのね。褒めてあげる」
両腕を組みジト目で僕を見ながら永久子さんがさらっと言ってきた。
外見の情報からのみだと悪態をついているようにしか見えないけれど、なんやかんや接し続けていた経験から、純粋に褒めてくれていることを感じることが出来た。
「ありがとう」
「どういたしまして。ほら、もう三人とも行ってしまっているわよ」
「うん、僕らも行こう」
こうして僕たちは勇者の剣を抜く列に並んだ。
長い行列の待ち時間では様々なことを話した。兄が起業家だったり——外灘先生の両親が校長先生だったり——木見城君の模試の成績が永久子さんよりも圧倒的に上だったり——色々なことを話しながら、とうとう列の前に出た。
一応永久子さんと僕も抜いてはみたもののやはりびくともしなかった。
永久子さんから以前教えてもらったニュースサイト曰く、勇者の剣が現れてからこれまでで勇者の剣を二本手に入れた『選ばれし者』は居ないらしい。
全国に散らばった一万本を一本手に入れるだけでもとんでもないことなのに、二本目を手に入れるなんてことは不可能といっても過言では無いのかもしれない。
とはいったものの、勇者の剣を『一応』引き抜こうといったレベルの意気込みは他三人も同じなようだった。僕と永久子さんの同級生ということで次に木見城君が引き抜こうとしたがやはり駄目だったのだが、木見城君は「まあそうだろうな」ということで残念がることもしなかった。
単純計算一万分の一なのだ。
日本で引き抜いている人物はこれまでで二人しか居ない。
兄も「うおっしゃああああ!」と力強く叫んでいたが一向に抜ける気配がない。その様子を外灘先生が腹を抱えて笑っていて兄はご満悦だった。僕に向けてグーサインをするのは本当に止めた方が良い。
「皆チャレンジしたし、私もやっておくか」
外灘先生は未だに兄の行動を思い返し「くっくっく」と笑いながら軽い気持ちで握り、引き抜いた。
「……へ?」
——引き抜いたって、何をだ。
この流れだと一つしかない。
勇者の剣だった。
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