青春の馬 ③

 という流れを経て、翌週月曜日。

 午後六時に、鳥山高校の校門前——には行かずに、いつかのファーストフード店に居た。

 目の前には——永久子さんと木見城君が居た。

 土曜日に作戦を考えだし由実さんと別れた翌日、よくよく考えると一応この二人には報告しないといけないのではと思った次第だった。

 永久子さんは由実さんと距離を詰める時に協力してもらったし、木見城君に至っては由実さんに向けて女性として好意を抱いている。

 そういった背景がある中で、何も言わずに『由実さんと付き合うということを噂にして宵闇さんの怒りの矛先をなくす』という作戦を実行してはいけないと判断した。

 思い至った直後に二人にメッセージを送った数秒後、二人からメッセージが来た。

 永久子さんは、『今日は撮影あるから月曜日放課後面貸しなさい』。

 木見城君は、『今日は塾あるから月曜日放課後首洗って待っていろ』。

 ……この二人、案外気が合うのではなかろうか。

 と、思ったことをそのまま話してしまうとそれこそ眼前の二人に怒られそうだなと判断して辞めた。

 特に視線を真っ直ぐこちらに向けてくる永久子さんに対して抱いた感情だった。

 シンプルに怖い。

「言っとくけど、外見だけは良い左隣の男子と気が合っても合わなくても私の人生にナノ単位で影響しないから」

「永久子さんって心が読める勇者の剣の持ち主だっけ」

「ハッ。単純な思考故のクソつまらない返しね。人生単位で悔い改めなさい」

「反吐出過ぎてないかなそれは!」

 真正面からそう切り出された僕は勿論のこと、永久子さんの左隣の外見だけは良い男子も若干怯えた表情をしていた。一気に永久子さんの独壇場になってしまった状況だった。

 全ての空気を支配する『選ばれし者』は、腕を組み足を組みながら、左隣に目線を向ける。

「まあ、今回は私だけの意見じゃないから。木見城君、意見を述べてくれる?」

「オレの名前、覚えてもらえていたんですね……!」

「同級生に割と馬鹿にされているくせに敬語使う男子、どうかと思うわ」

「意見、述べさせていただきます!」

 永久子さんの悪態など意に介さず、木見城君は僕に顔を向けた。

「彰輝。俺さ、合コンで『由実さんを狙ってる』って言ったよな」

「間近でそういう話聞くと心底気持ち悪いわね」

「それなのに何で由実さんと恋仲っていう噂を流そうとするんだ。それをされちゃうとさ、俺がもし由実さんと付き合えた時にいざこざがうまれるだろ」

「付き合う仮定で話を続ける思想、ごめんなさいね、理解できないわ」

「だから、その、撤回してほしいというか、何というか」

「我が身可愛さなのね。木見城君に意見を求めた私を誰か叱咤激励してほしい心境よ」

「……色々ほざいてすまない、助けて彰輝! これ以上はもたない!」

 永久子さんはつらつらと辛辣な言葉を投げつつ、一切合切木見城君を見ずにコーヒーを見ているところが非常に攻撃的だった。わかるよ木見城君、僕も一度通った道だ。

「はぁ。隣の汚物はどうでも良いとして——私としても反対よ。一度宵闇優羽さんを言いくるめられたとしても、その後どうするのよ。ずっと鈴木由実さんと付き合い続けるの」

「それは、どこかのタイミングで別れて」

「どこかのタイミングっていつよ。その期間が不毛だわ。それに、別れた後件の男性がもう一度鈴木由実さんに言い寄ったら問題が再発してしまうのも論点ね。——もっと良い手段、ある筈よ」

「……なるほど」

 木見城君の言い分はともかくとして、永久子さんの言い分はもっともだった。

 諸々の事情を考慮して、この作戦は止めた方が良いということだろう。

 とにもかくにも、もっと根本的な解決を図れる手段があるかもしれないということは検討の余地があるだろう。

 もう少ししたら由実さんが登場するはずなので、その際に直接作戦中止を伝えて、改めて作戦会議に入るとしよう。

「まさか鈴木由実さんが登場するのを待つなんてことはないわよね」

「永久子さん、何で僕の心を全部読めるのさ!」

「かったるいわ。今すぐスマホを取り出しなさい」

 尚も腕を組んでじろりと見てくる永久子さんの迫力に恐れをなしてスマホを取り出し、由実さんに電話をかけた。これで作戦を中止できるなら良いなと思っていたところ——ファーストフード店に有名恋愛曲の着信音が鳴り響いた。

 その音に反応して目を向けると——そこには、涙目の由実さんが居た。

「彰輝さん、何で私が来るタイミングわかったんですか!」

「いや、ほんと偶然」

「そんなことはどうでも良いんです! 昨日、彰輝さんと付き合うっていう話、少し流してみたんです!」

「あ、そうなんだ……」

 しまったと思うが、動いてしまったものは仕方がない。

 対面で座る二人の圧がとんでもないことになっているが、ひとまず動いた結果を知りたかった。

 由実さんはというと何故か追い込まれているらしく、永久子さんと木見城君に恐らく気付かず、僕の両手を突然握り——潤いを帯びた両目を真正面に向けた。

 由実さんが近づきすぎて向こうの二人の様子は見えないが、二人が顔を見合わせている様子は把握できた。

 この後が怖すぎるなと恐怖を抱きながら——由実さんの、言葉を受け止めることにした。

「進捗、駄目です! 優羽ちゃんとより一層仲が悪くなってしまいました!」

「な、何でぇ」

 人間は予想外な出来事が身にふりかかると気の抜けた声が出てしまうんだなと思った。

 意味が分からない。

 作戦のどこに不備があったのかがわからない。

 僕は、一応、『選ばれし者』なんだよな。

 その人物と付き合い始めれば宵闇さんを好きな男子は諦めてくれるはずなんじゃないのか。

 それが、『選ばれし者』としての価値なんじゃないのか。

 勇者の剣を引き抜いてから、その価値をどうにかこうにか見いだそうとしてきた。

 何かできるんじゃないのか。

 しかしこうも上手くいかないとなるといよいよ勇者の剣を捨て置いた方が良い気がしてくる。

 メリットよりもデメリットの方がでかい。

 頭を抱えながら、勇者の剣をこの社会において上手く扱っているもう一人の『選ばれし者』に視線を向ける。僕とは違って『選ばれし者』としての地位をこれでもかと利用している彼女の姿を最後に見ようと思っただけの行動だった。

「ふぅん……」

 永久子さんは——腕を組みながら冷静に由実さんを見ていた。

「鈴木由実さん。その、件の彼女は今どこにいるの?」

「ゆ、優羽ちゃんのことですか? もう帰ったと思いますけど」

「彼女に電話してもらうことは可能かしら」

 それはいきなりの提案だった。

 これまでの話を聞いてその提案に至る経路が見えない。

「永久子さん、それは駄目なんじゃないの。事態をより一層深刻にさせるだけなんじゃ」

「何でよ。関係性を修復する手立て、もう尽きているんでしょう? それなら一度私の考えに乗っかってみなさんな」

「でも……!」

「勿論、決定権は鈴木由実さんにあるわよ。でも、関係性が破綻した後これまで一度も電話したことが無いなら、今かけた方が良いわ。その後の展開は、私がつくってあげる」

「…………」

 由実さんは僕と永久子さんに視線を右往左往しながらかなり悩んでいる様だった。

 永久子さんの言う通り、電話をしたことが無いのは間違いない。

 であるならば、永久子さんの発案に一度乗っかってしまうのも良いのだろうか。

 由実さんに判断が出来ない以上、僕にも判断なんてできっこない。

 しかし、永久子さんは紛うこと無き『選ばれし者』だ。

 その地位を確固たるものにしている、いわば先輩だ。

 必死こいて時間をかければ何かしらの手立ては思いつくかもしれないが、今この瞬間に永久子さんが出す案以上に良いものを生み出せる自信は、正直、無い。

 だったら——「由実さん、電話しよう」

 僕の一言で、由実さんはようやく決心をしてくれたらしい。右往左往していた視線がピタリと止まり、一度頷くと、スマートフォンを手に取り電話をかけた。

 そもそも出てくれるのかどうかが勝負の分かれ目ではあったものの、その心配は杞憂に終わった。

 ——着信音がお店の出入り口付近から鳴り響いたからだった。

 電話を受けた主も驚いたのだろう。

 つい出入り口の付近に近づいてしまい、自動扉が開いてしまった。

 そこには、宵闇さんが居た。

 恐らく永久子さん以外の全員が大きな口を開けてしまっていたことだろう。

 それは例外なく宵闇さんも同じだった。

 突然の展開に驚きつつ、由実さんを見かけた瞬間、クールな表情に立ち戻る。

 ただ、大きな口をあんぐり開けた姿を一瞬でも見せてしまった後では、もう遅かった。

 宵闇さんが冷静に由実さんを拒絶している姿勢が見せかけだと体言しているようなものだった。

「なあなあ彰輝、あの美人さん、紹介してくれないか」

「木見城君、今は黙っていて」

 一人だけ大きな口を開けっぱなしで戯言をまき散らす木見城君はさて置いて——

 僕はちらりと、永久子さんを見る。

 多分永久子さんはこうなることを読んでいたんだろう。

 加えて僕がこのタイミングで永久子さんの方を向くことも読んでいたらしく、大きなため息をついた後——由実さんの方に近づいていった。

「ゆ、優羽ちゃん、何でここに」

「別に。ただ通りがかっただけ」

 相変わらず二人の間には距離があるように見える。

 これをどう縮めるのか、永久子さんの次の行動に期待が勝手に高まってしまった。

 ——永久子さんは、由実さんの左腕を自身の両手で絡みとった後、こう発言した。

「ごめんなさいね。付き合ってから初めてのデート中なの。悪いんだけど帰ってくれるかしら」

「うええええええええええええええええ!」

「んなっ、何を言ってるんだ永久子さん!」

「羨ましいいいいいいいいいいいいいい!」

 宵闇さん以外の面々がどのセリフを紡いでいるのか一目瞭然なのが悲しいくらい単純な反応だった。

 ひとまず、「お、俺も間に入らせてください!」と大罪発言をしている木見城君は捨て置こう。木見城君はこの戦いにはついてこれない。

 深呼吸をして冷静になった僕は、二人が本当に付き合っているのかと勘繰ったが、由実さんが顔を真っ赤にしているところから察するにそれは無いんだろうと理解する。

 一方永久子さんは蠱惑的な表情を由実さんに向け続けていた。

「ねえ由実。この後どうする? あ、そうだ、由実の家に行って良い?」

「わ、私の家、お父さんとお母さんがいるので」

「じゃあ私の家に来てよ。両親、ちょうどいないからさ。二人で楽しもう」

「な、何をして、楽しむんですか」

「決まっているじゃない。いつもと同じ、楽しいことよ」

 由実さんが永久子さんの誘いを断り切れないでいる。

 それほど永久子さんが積極的に由実さんを誘っていた。

 そういえば由実さんって何かのドラマで演技もしていたんだっけか。

 それならこんなに魅力的な誘い方が出来るのも納得がいく気がする。

 ——これは永久子さんがとった作戦なのだろう。

 誰に向けての物なのかは、決まっているに決まっている。

「……なしなさいよ」

 振り絞ったような声が、前方から聞こえてきた。

 その声の主は両の拳を血が出るのではと思うくらい力強く握り、震えながらうつむいている。

「何、聞こえないわ。私と由実の間に入ってこないでよ。これからがお楽しみなん」

「離しなさいよこのド腐れビッチ!」

 宵闇さんは般若という表現するしか仕方が無い表情をしたまま大股で前に進んできた。目標は勿論永久子さんと由実さんだ。尚も由実さんの腕にしがみついている永久子さんだった。しかし、一枚上手なのは永久子さんの方だった。宵闇さんが直前まで近づいたところで瞬時に両腕を離し、軽やかなステップで後ろに下がり、僕の右隣に来た。

「何でそんなに怒るのよ」

「ふざけんな! 由実と一番仲良いのは私なの! 女性と付き合うっていうのがOKなら私が付き合わなきゃいけないの!」

「え、優羽ちゃん、それって」

「うるさくても可愛いから黙っていて! あぁ、でも黙っていても可愛いんだった! どうすれば良いの私は!」

 勢いに任せて色々ぶちまけてしまっている気がするのだが良いのだろうか。

 まあでもひとまず、僕の作戦が上手くいかなかった理由がこれで分かったような気がする。

 宵闇さんは、男性が由実さんと付き合うのは仕方が無いと思っていたんだ。けれどもやるせなさを隠しきれず距離を置いてしまったというところだろう。

 でも、由実さんが同性もアリと思っているのならば話が変わってくる——ということなのだろう。チラリと永久子さんを見てみるとドヤ顔で僕を見上げていた。すみません、イラっとするよりも何だか可愛いなと思ってしまった僕が居ます。

 思わず頬が緩んでしまった僕を見て、「何よ気持ち悪い」と永久子さんが不満げな表情を浮かべていた。

「ねえ由実、何で私じゃないの。一番仲良いの、私じゃないの? じゃあ私にまず告白してきてよ!」

「優羽ちゃん、私のこと、嫌いじゃ無いの?」

「大好きだわ! 性的に大好き!」

「うぇえええええええ!」

「寝る間も惜しんで由実のこと考えているの。妄想といっても過言じゃないわね。校舎裏連れ込んで由実のスカートの中を」

「一旦ストップしましょうかっ!」

 これ以上は恐らく宵闇さんの沽券にかかわると思い中断させた。

 宵闇さんは「何よ!」と叫んではいるが、間違いなくこの後僕に感謝することになると思うのでよろしくお願いします。

 はい、という訳で。

 永久子さんは依然として不満気で——

 木見城君は「間に挟まりてえええええ」と叫び、後で説教するしかなく——

 由実さんと宵闇さんは仲たがいする前よりも濃密な関係性になるのかどうなのかはわからないけれど——

 宵闇さんが由実さんに抱き着いた様子をみて、僕と永久子さんは笑い合った。

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