青春の馬 ②
翌日の午後六時。
僕は、鳥山高校の正門前に居た。
まあまあ遅い時間帯ではあるものの、夏真っ盛りということもありようやく夕暮に差し掛かり始めた風景だ。
終業の時間でも完全下校時刻でもないため、鳥山高校生は数人しか見当たらない。
本来ならば完全下校時刻である午後七時が最適ではあったものの、手芸部の終わる時間がこの辺りであるならば仕方が無かった。
正門から少し離れて由実さんを待つ僕に対して、下校しようとしている鳥山高校生のほとんどが二度見してくる。
中には立ち止まって僕に話しかける人も居た。
それもその筈だろう——
——別の高校の生徒が、勇者の剣を手にして正門前に立ち尽くしているのだから。
背筋を伸ばし、勇者の剣の先端を地面に付けて、柄の先を両手で納めている。
物珍しさから僕を見る者もいれば、『選ばれし者』と話してみたいという理由から話しかけてくる人も居た。
この魅力を、永久子さんは芸能活動に用いているんだろう。
それ故、『選ばれし者』で居ることに重きを置いている。
一方僕は、その魅力を芸能活動以外のところで活用できないかを考えている。
今日は、その第一歩だ。
作戦を一言でまとめるとこうだ。
——『選ばれし者』が由実さんの友人と言う話題を学校内に提供し、由実さんに話しかけるきっかけを作る。
外灘先生と由実さんの話を聞く限り、由実さんが今孤立しているのは些細なボタンのかけ違いによるものだろう。
それこそ、クラス内の孤立を生み出している人物もその周辺の人物達も、何かきっかけがあれば元通りに話せるようになるに違いない。
由実さんは、何も人見知り故に疎遠になったわけではない。
勘違いとなっているところを消化出来れば、必ず元通りの学校生活を送れる。
そのきっかけに——『選ばれし者』としての僕がなれるのであれば——これ以上ないほどの存在証明と言えるのではないかと思った。
傍からみたら小さいことかもしれない。
けれども、芸能活動みたいな大っぴらなところにこの魅力を活用したくはない僕にとっては、丁度良い塩梅だ。
そんなことを思いながら校門の前で待つこと数十分——
そろそろ来るかなと思いちらりと校舎の方をみてみると——
由実さんの姿が、そこにあった。
由実さんの前に数人の女子生徒が固まって談笑している。
楽しそうな雰囲気に対して、由実さんは俯いてとぼとぼと歩いていた。
なるほど確かにこの状況だけをみると、由実さんの現在の学園生活は確かに酷なものと言えた。
そして、由実さんの前で固まって談笑している中心には、金髪ツインテールの長身女子高生が居る。
この女子生徒こそ由実さんがとある男子生徒に告白されたことに対して妬み、孤立させた張本人だ。
彼女の名前は、宵闇(よいやみ)優羽(ゆう)というらしい。
事前に由実さんから外見の特徴と名前を聞いてはいたものの、一目見てここまで外見の特徴が一致する人物が居るのかと恐ろしくなった。
由実さん曰く——モデル体型で綺麗で同性でも付き合えたら嬉しくなる人物だった。
確かに彼女の周囲に居る女子たちは皆顔をほんのり朱く染めながら楽しそうに話している。かくいう僕も今は面と向かって接していないから問題は無いものの、真正面で話した時にうろたえずに話せる自信は無かった。勿論、永久子さんの方が外見的にも恐らく内面的にも魅力的ではあるけれど、宵闇優羽も違った良さを兼ね備えていることは間違いない。
しかも、由実さんの言葉を信じるのであれば、優れた美貌を持つ彼女は手芸部に所属しつつ活躍しているという。
この見た目で手芸にも特化しているのであれば、誰から見ても魅力的といって過言ではなかった。
そんな宵闇優羽が、正門を過ぎる。
正門の前には他校の制服を着た僕が居て——勇者の剣を持っていて——そんな僕を一目見て——
宵闇優羽は、何の興味も無く素通りした。
信じられなかった。
現に、宵闇優羽の周囲の女子たちは僕と勇者の剣を見て立ち止まろうとしていた。何ならバックからスマホを取り出そうとしている者も居た。それほどまでに注目を集める状況が作れていたのだろう。
それでも、宵闇優羽は止まらなかった。
周囲の女子たちも、宵闇優羽が全く興味を見出さないところを見てしぶしぶ僕から注意を逸らすことに決めた。
「……この程度、か」
勇者の剣を持ちながら、自信の両手で掴んでいる代物に対して絶望感を抱いていた。
この程度の魅力しかないのかと思ってしまった。
と、同時に、由実さんに申し訳が無かった。
宵闇優羽の興味とその周辺の女子たちの興味を存分に引き付けられなかった。
この状態で作戦を実行しても効力を発揮できないかもしれない。
作戦を中断すべきかどうするべきか考えながら由実さんを見ようとしたその時——
「ごめんなさい、待ちましたか?」
既に、由実さんは、僕の傍に居た。
どういう判断なのかはわからない。そもそも俯いていたため、現状に関する認識が完了していない可能性も高い。
それでも作戦はスタートしてしまった。
であるならば、乗っかるしかない。
「大丈夫だよ由実さん、さっき来たばかりだから」
内心しんどいながらも思いっきりの笑顔を由実さんに向けた。
ちらりと僕を見た後、由実さんは言葉を紡ぎ続ける。
「そんな訳無いじゃないですか。今日手芸部長引いたんですから。二十分は待たせてしまったのではないですか?」
「そんなことないさ」
「そうしたら……彰輝さん、普通に遅刻ですね。謝ってください」
「気を遣った結果がこれ!」
僕と由実さんは先日のカフェでやり取りしたような会話をしてみせた。まあまあな言い草だなとは思いつつ、前髪に隠れる笑顔を見れるのであればなんてことは無いと思えるのも不思議だった。
そんな他愛もない会話を少しだけ続けてみた。
これでだめならばもう別の方向性で攻めたほうが良いだろうと思いつつ、宵闇優羽の——周辺の女子高生たちがどのように動くかに気を配っていた。
宵闇優羽が『選ばれし者』に興味を示さなかったらか、周囲の女子たちは身を引いたんだ。
そうであるならば、今、より興味が惹ける状態になったらどうなるのか。
——答えは、すぐに出た。
宵闇優羽の周囲の女子が一人、僕らの方を見て、こう叫んだ。
「え、ちょっと由実ちゃん、『選ばれし者』とどういう関係性なの!」
この瞬間、僕は『勝った』と思った。
宵闇優羽の周囲には五人の女子が居たが、一人がこう切り出し由実さんの近くに寄ったことで、残り四人の女子も由実さんに近寄ってきた。
「何々、もしかしてゆみゆみの彼氏?」
「な、え、そ、そんなことないよー」
「えー、でも結構親密じゃなかったー? 『選ばれし者』が彼氏なんて羨ましい—」
「いやいやいや、ね、うん、それだけは無いよ」
「ほんとかなー」
「本当。これだけは本当。信じて。お願いだから。やめて」
これこそが『選ばれし者』の魅力の奮い方だと思った。
由実さんの否定の仕方が質問を受けるたびにキレが増していくのは一種の冗談だろうと判断しつつ、僕は満足気に頷きを繰り返していた。
微力ながらも、由実さんの学校生活復活へのきっかけになれた。
それだけでも『選ばれし者』になった価値はあると思った。
これで明日から由実さんの悩みの種は無くなるだろう。
順風満帆な学生生活が戻ってくるんだと思うと、心なしか両手で握る勇者の剣も案外悪くはないなと思えた。
——この時、僕は、気づくことが出来なかった。
いつの間にか、本件の主犯格——宵闇優羽が姿を消していたことを。
*
「彰輝さん、ありがとうございます! おかげさまで皆と話せるようになりました!」
「……へ?」
再び土曜日。
先日のカフェではなく今度はファーストフード店で、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
それもその筈——この前の作戦は、正直上手くいったとは思えなかったからだ。
確かに『選ばれし者』の特性を用いて数人の興味は惹けたのかもしれない。
けれども、肝心の常闇優羽の気は引けなかったのではと判断したからだ。
「良い感じなの?」
だからこそ、純粋に質問をしてしまった。
由実さんが先日の結果に対して——『選ばれし者』の評価に対して——どのように考えているのかを聞いてみたかった。
内心びくびくしながら、両腕を組んで若干考え込む由実さんを見る。
そうして、彼女は、こう言った。
「良い感じどころか大成功ですありがとうございます! ……一人を除いては、ですが」
彼女は、愁いを帯びた表情を備えてしまっていた。
この言動で、全てを悟ってしまっていた。
由実さんにとっては、他の誰がどうなろうと、宵闇優羽の反応が大切なのだということを——
「宵闇優羽さんって、由実さんにとってどんな人なの?」
「うぇええええええええええ! な、何なんですか急に!」
顔を真っ赤にしながらわかりやすくうろたえてしまっている。
それこそ結果はわかりきってはいるものの、我ながら気持ち悪くニヤニヤしながら追及を続行してしまった。
「先日の僕の行動でさ、多分、ほぼほぼの友人からは以前と同等の接し方をされてるんだよね。だって由実さん、元々からして話していて楽しい人だし」
「な、え、そ、そんなこと、無いですよ」
前髪で両目を隠しつつもわかりやすく顔を真っ赤にする由実さんが分かりやすいなと感じると共に——由実さんはまだ現状に満足していないことがわかる。
だからこそ、僕は、こう続けるしかない。
「でも、それ以上に——宵闇優羽さんと元通りになれないことが引っかかっているんだよね」
「…………彰輝さん、一体全体何者なんですか」
「……何者なんだろうねぇ」
由実さんの驚愕の目線を受け取りながら、発された言葉を受け止めていた。
僕が何者なのかなんて、当人が一番知りたいところでしかない。
「実を言うとですね、私が手芸部に入れたのは優羽ちゃんのおかげなんです」
『ちゃん』付けで呼称するほどの仲とは、最初にこの話が来た時には思いも寄らなかっただろう。先にどの程度の関係性なのかを聞いておくべきだった。そうしたら打つ手が変わっていたかもしれない。
考え込みそうになるのを抑えながら、由実さんの話を聞く。
「私、かなりの人見知りなので、新しい環境に入るのって無茶苦茶苦手なんですよ。入学当時、手芸部には入りたかったんですけど正直クラスに馴染むことからしてどうしようも無かった状態だったんです」
「…………」
「でも、ずっと一人でいる私を見かけて、クラスで声をかけてくれたのが優羽ちゃんでした。優羽ちゃんは本当に優しくて、本当は別の部活に入りたかったかもしれないのに一緒に手芸部に入ってくれました」
「親友クラスの親密さじゃないか」
「そうなんです! 優羽ちゃん、私の他にもいっぱい友達居るのに、いつも私を最優先してくれるんです。こんな友達、今後一生現れないと……思っていたんです……」
「そこまでの仲の良さを一気に瓦解させるのが、男女の色恋沙汰って訳か」
良くも悪くも僕にはそういった経験が全く無いが、例えば僕に恋人が出来たとしたら木見城君とは間違いなく険悪な仲になってしまうだろうなと思った。
シンプルに木見城君から怨念を飛ばされそうだ。
それを避けるべく、やはり木見城君には早急に恋人を作ってもらいたいものだと思う。
「宵闇さんと由実さん、高校生の内に彼氏できた?」
「セクハラで訴えますね」
「判断が早い! え、こういう質問する流れじゃないの今の話の感じ!」
「私から言うのは良いんですけど、彰輝さんから聞かれて言うのは釈然としません」
「あ、そういう言い方ってことは少なくとも由実さんは彼氏できたこと無いんだね」
「セクハラで訴えますね」
「だから判断が早いって!」
前髪で両目が依然として隠れてはいるが、間違いなく険悪な視線をこちらに向けているんだろうなと思った。
女性と話すというのは本当に難しい。
「ごめん、それじゃあ、由実さんから自発的に話してもらえる……?」
「謝罪があっただけ良しとしましょう」
大きなため息を吐いた後、由実さんは続ける。
「まずお察しの通り、私に彼氏はいたことがありません」
「読み通りだね」
「次その口から汚穢がこぼれたらスマホの電源ボタンを三回連続で押しますからね」
「それするとどうなるの」
「標準設定ですと『緊急SOS』のページが開きます」
二度と不用意な発言はしないことを心に誓いつつ、両手を口に持って行った。
「殊勝な心掛けです。では話を続けます」
由実さんは満足げに頷いた。
「そうですね、正直私に彼氏が居ないのは人見知り故仕方のないです。でもですね、優羽ちゃんも、私が知る限り彼氏はいなかったんです」
「え、だってあの外見でコミュ力高いんだよね? 少なくとも僕の友人だったら話しかけられただけで好きになっちゃいそうな人だと思うけど」
「木見城さんのことですね。合コンのキャラそのままなのは面白いです。評価は一層下がりましたが」
一方の木見城君は由実さんのことを「奥ゆかしくて可憐な女性だ」と絶賛していたのだけれども、これを伝えるのは止めておこう。
「宵闇さんと恋バナしたことはないの?」
「何度かありますよ。それこそ、優羽ちゃんが誰かに告白されたっていう報告をよく聞きました。全部断っていたみたいですが」
「なるほど」
「ただ、そうですね……思えば、私が告白されたという報告をしたのは、今回が初めてです……」
「そして、由実さんに告白をした男子のことを、宵闇さんが実は好きだった」
「そういうことになると思います」
親友の仲といっても、隠したいことはあるのだろう。
由実さんと宵闇さんは確かに恋バナをしてはいたものの、お互い受け身の報告しかしていなかった。
誰々を好きなんだけどどうしよう的な会話まではしておらず、今回、それが嫌な形で露見してしまったということだ。
「由実さんとしては、宵闇さんと仲直りがしたいっていうことなんだよね」
「そうです!」
返答の勢いがこれまでと段違いだった。
それほどまでに宵闇さんという存在が大切なのだろう。
さっきも思ったけれど、この情報を最初に聞けていれば第一手をかえることができていただろう。
僕が思いつく手は、ひとまず一つしかなかった。
ただ、これを言った途端、由実さんが多分怒る気がひしひしとする。
他に良い手はないかなと頭をひねってみるけど——
うん、やはりこの手しか無い気がする。
「由実さん。一つ聞きたいんだけど、宵闇さんと仲直り出来るならどんなことだってする?」
「何でもします!」
「凄く不愉快なことでも?」
「それが優羽ちゃんとの楽しい日々を取り戻せる行動ならば!」
「良し。じゃあ、提案するね」
由実さんが固唾を呑む。
僕は大きく深呼吸をして、言葉を紡いだ。
「僕と由実さん、付き合おう」
由実さんはピタリと動きを止めた。
静寂に一瞬包まれた後、口元だけ、ニコリと笑った。
僕もつられて笑うが、全くほんわかした空気にならない。
それからおもむろにバッグの中からスマホを取り出し電源ボタンを押そうとする由実さんを全力で止めた。
「待って待って待って由実さん、説明させて!」
「忠告はしたはずです」
「ちゃんとした理由があるし、もし純粋に告白だったとしてもその反応は切ない!」
「ちゃんとした流れならば検討の余地がミクロレベルでありますが、今回は私の悩みにつけこんでいる感があって嫌です。ごめんなさい」
「シンプルに振らないで!」
僕の静止を振り切りながら今度はスマホで『110』をすかさず押そうとする由実さんの指を両手で全力で阻止した。それでもゆっくり指が動こうとするところが本気さを感じてしまう。こんなところで由実さんの本心を感じたくなかった。
「理由説明するから!」
「十秒待ちましょう」
「待ってくれてるのこれ! 死に物狂いで指の動き止めてるんだけど!」
「いーち、にー」
「あ、いや、あのね、とにもかくにも宵闇さんの好きな男性に由実さんが目もくれていないって証明することが重要だと思うんだよ」
有無を言わさずカウントダウンをし始める由実さんに恐怖を覚えながら、マシンガントークを繰り出さざるを得なかった。
「しかも、『選ばれし者』である男と恋仲になったって知ったら由実さんを好きな男子に関してもすんなり諦めてくれるんじゃないのかなって思った次第なんだ!」
そこまで話したところで由実さんはようやくカウントダウンを止めてくれた。ちなみに既に「きゅう」まで進んでおり、文字通り九死に一生を得た状態だったらしい。由実さん、恐るべし。
「理にはかなっていますね。癪に障りますが」
スマホをバッグにしまった後、盛大なため息を吐く。
僕にまっすぐ視線を向けた後「渋々ですよ」と口火を切った。
「彰輝さんと、付き合ってると、学校で、渋々、明言、させていただきます。渋々ですが」
「そんなに渋々繰り返さないでよ」
「茶渋でしたら重曹でも落とせないレベルです」
せめて漂白剤では落とせてほしいと願いつつ、苦笑いを浮かべる他無かった。
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