Dash&Rush ④

 翌週の土曜日。

 僕は本当に合コンとやらに来てしまっていた。

 居酒屋の店主の方に「未成年が四名居ます」というところをあらかじめ兄から伝えた上で、個室に通された。周囲の声も聞こえるは聞こえるが、個室なだけあってかなり削減されていた。兄が予約した店だ。合コン初参加の僕の視点からみても素晴らしいチョイスなのではと思う。

 僕を含む男性三名が個室に到着した時点では、女性陣の姿はまだ見えなかった。

「よし、今のうちにパパッと今日の段取りを説明するぞ」

 兄は個室の奥側に座り、次に僕が座り、最後に木(き)見城(みしろ)君が席に座った。

「まずは木見城君、来てくれてありがとう。彰輝の友人だからいつもありがとうという言葉の方が正しいかもしれないがな!」

「だ、大丈夫です、寧ろ誘っていただきありがとうございます!」

 木見城君は見るからに緊張していたが、やる気に満ち溢れているのかガッツポーズをしてみせた。

 身長は百八十センチを超えている、坊主頭が特徴的な男だ。全体的に細く表情も普段からして柔らかい。身長と顔つきをみるとモテそうだなと思うのだが意外なことに彼女が出来たことが無く、受験生ながら今回誘ってみたところ、あっさりオーケーを貰えたという次第だった。

「おお、良いテンションだな! 彼女、作りたいか!」

「作りたいです!」

「それは何故だ!」

「彼女と一緒に受験勉強一緒に頑張れるのって最高だと思うからです」

「本当は?」

「受験勉強そっちのけで彼女とイチャコラしたいからです!」

「それで良し!」

「おぉい何も良くない!」

 何だこのやり取りはと思いつつ、とにもかくにも木見城君はガッツに満ち溢れていることだけはわかった。図書館で僕と二人で勉強している際に、遠くの席にて二人横並びで勉強をしている同級生を見ながら歯ぎしりをしているところから察して正解だったようだ。木見城君には今日を機に勉強に集中してもらいたい。

「次、彰輝! 今日の意気込みを教えてくれ!」

「僕の真剣な悩みを聞いて合コンに到達した兄ちゃんの真意をまず聞きたい」

「それはもう言ったろうが! 勇者の剣を手にした『選ばれし者』という状況がどれほど役に立つのか試してみようという算段だ」

「それで何故に合コン!」

「合コンはな、女性陣に自分のステータスを伝えながらどれだけ楽しんでもらえるかを頑張る場だ。この場に立ったとき、彰輝が『選ばれし者』という情報は必ずワンテーマになる。それによりどこまで場が盛り上がるのかを見るだけでも良いのではと考えた!」

「本当は?」

「弟が『選ばれし者』という話で盛り上げれば今日俺に彼女が出来るかもしれない!」

「そんなことだろうと思ったよ!」

 やはりというべきかなんというべきか予想通りではあったものの、両腕を組み豪快に笑っているところが凄いなと思った。

 兄の真意には気づきつつも、合コンという未知の場に興味があったというところと——とある人物が参加してくれるとなったから、のこのこついてきたというところだった。

「それで、今日は結局誰が来るの? 三対三で、女性陣の残る二人がわからないんだけど」

「一人は俺の知り合いの女性だ。職業、教師!」

「どこで出会ったのさ」

「立ち飲みバーで、声をかけた!」

「行動力凄いのに何で彼女出来ないのさ」

「それは俺が知りたい! 教えてくれ彰輝!」

 真剣な表情でこう聞き返してくる兄の姿に笑いそうになるのをこらえて後ろを振り向いた。そこには何故か憧れのまなざしで「すさまじい……!」と呟いている木見城君が居た。身内のこんな姿を友人に憧れて欲しくない。

「もう一人は?」

「教師の方の教え子らしい」

「一気に倒錯した! え、良いのそれ?」

「知らんが、どうしても連れていきたいと言っていたから了承した」

「……となるとこの合コン、高校生が四人で、社会人が二人……」

「女教師と良い関係になりたいんだ! 彰輝、頼んだぞ!」

「弟からのサポート前提なのが悲しいね……」

 こうなると必然的に兄は教師の方を狙うしかないのだろう。教師の方も、同僚や大学の友人ではなくわざわさ教え子と来るということは、兄と良い関係性を気付きたいのかもしれない。意外といけるんじゃないか。となったら、兄のサポートに優先的に入らなければ。

 一方で後ろを振り向くと、僕よりも十センチ以上身長が違う木見城君が全力で「よっしゃ、よっしゃあ!」と叫んでいる。

「ちなみに木見城君、女子高生狙いで合っているよね?」

「あわよくば女教師も行きたい」

「僕の友達が兄ちゃんの対抗馬になろうとしている!」

 兄と木見城君の間に入ったのは間違いだったかもしれない。

 木見城君の発言を聞いて眉間をピクリとさせた兄をどうにかなだめようと思った瞬間——個室の扉が再び開いた。

「よーっす、霧島さん久しぶりー」

 豪快な声を発しながら入ってきたのは見た感じ二十代後半くらいの女性だった。きっちりスーツを着ている点や兄と同じく百七十センチくらいの背丈印象的だ。パーマがかかっているセミロングの黒髪や目鼻たちが整った美麗な顔付きも印象に残りそうだが、前述した二点が兄と話が合いそうだなと思った点だった。

 まず間違いなく、兄が話していた教師だろう。

 こちらの女性が立ち飲みバーに居たことも意外だし、こちらの女性に声をかけて合コンにまでもってきている兄の立ち回りも意外だった。モデルのようなスタイルと顔つきのため緊張が走る。木見城君に至っては綺麗な敬礼をしていた。何それ、軍に就職予定?

「し、失礼、します……」

 次に入ってきたのは小柄な女性だった。セーラー服を着ている。僕と木見城君が通う高校とは違うものだった。腰まで伸びている長髪を持ち合わせており、前髪も長く両目が覆いかぶさっていて表情が見えない。教師の方が威勢よく入ってきた反面、背中を折ってうつむきながら入ってきている姿が特徴的だった。

「失礼しまぁーす」

 最後に入ってきたのは——永久子さんだった。

 室内にも関わらずサングラスを着けているところは、先日会った時と変わらない。

 けれども、異様に高い声と明るい笑顔は違和感しか抱けなかった。

 ああ、そういえばそうだった。

 そういえば永久子さんは、初対面だとこんな風に猫を被るんだった。

「永久子さん、来てくれてありがとう」

「久しぶり! こちらこそ、誘ってくれてありがとう! 嬉しい〜」

「本当は?」

「暇だったから来てやったのよ。感謝しなさいよ、この穀潰し」

「あれ、意外とすんなり本性表すんだね」

「猫被るのしんどいのよ」

「だろうね」

「あざとく生き続けられる図太い神経を持ち合わせたいものね」

「それ以上は言わない方が良いね」

 周囲の面々は一瞬呆気にとられながらも、そういうものなのだろうとすぐに納得したようだった。流石兄が集めた人たちということだけはある。

 ——暇だったから来てくれた。

 モデルとして活躍しながら東大受験を目指す永久子さんに暇なときなどないはずだろう。

 うぬぼれではあるのだろうが——同じ『選ばれし者』である僕の誘いだから——来てくれたと思いたかった。

「改めて、来てくれてありがとう」

「良い息抜きにしてくれるんでしょうね」

「約束するよ」

「なら良いわ」

 そう言うと、永久子さんは座った。

 結果的に、個室の奥からみると、こんな並びになっている。

 兄の前には教師の方。

 僕の前には俯きがちの女子高生。

 木見城君の前には永久子さん——というところだ。

 忙しい合間を縫って永久子さんは来てくれているので本当は僕の目の前の方がよかったのかもしれないが、女性的には木見城君の方が喜ばしいのではと考えた。

 これで良いだろうと頷いた後永久子さんをふと見たところ、永久子さんもジト目で僕を見ていた。

「彰輝君、何でそこに座っているのよ。私の目の前の彼と変わりなさい」

「あ、はい」

 問答無用とはこのことだと思った。

 木見城君はというと、真っすぐに永久子さんの方向に顔を向けている。

 木見城君がもし永久子さんを狙っているのであればよくないかなと思い彼の表情を覗き込むと、瞳孔が開き焦点が定まっていなかった。

 口は小さく動いていたので耳を近づけてみる。

「な、ななななななななななななな何で遠山永久子がここにいいいいいいい」

「あ、ごめん、そういえば言ってなかった」

 僕は今回で会うのが三度目ということで慣れてはいたが、初見で何も心の準備なく目の前に遠山永久子が現れたらこうなってしまうのもわからないでもない。

 木見城君の情報処理が少しでも早く終わるように、固まっている木見城君を動かして、永久子さんの席の前に座った。

「チェンジ」

「永久子さんに言われて僕ここに来たんだけど!」

「外見的要素だけで言えば、貴方よりかはまだ隣の彼の方が幾分かマシって思っただけ」

「彰輝より……よっしゃああああああああ!」

「木見城君冷静に処理してくれ、結構酷い言われ方されているよ!」

「ほら、彰輝君、私を楽しませなさいよ」

「女王の立場! ……そうだね……す、好きなものは何ですか?」

「猫が好きよ。猫アレルギーだけど」

「不憫な人生!」

「引き出し方が悪いぞ彰輝」

「そう言う木見城君はどうなのさ」

「あー、ごほん。永久子さん、ぶっちゃけ異性のタイプ、教えてください!」

「そういうことを言ってこない人」

「「手厳しすぎる!」」

 僕と木見城君からのやり取りを受けながら鼻で笑う永久子さんを見て、この人は心底こういういじりが好きなんだろうなと若干引いてしまった。それでこそ永久子さんと思う気持ちもあるのが怖いところだろう。

 一方、永久子さんの左に座る女子高生は、若干顔を上げて口の端をあげていた。永久子さんの言動で緊張が緩和されたのならば良いと思いつつ、僕としては木見城君との仲を取り持った方が良いのかどうかを見極めなければならなかった。

「考え過ぎ。身の程をわきまえたほうが良いわよ」

「何で永久子さんは僕の考えを見通した上で罵倒できるの」

「ハッ。単純なのよ」

 そう言う永久子さんは何故か少し優しく微笑んでおり——

 唐突なその表情を見て、これまでのギャップで思わずドキッとしてしまった。

「おいおいおいおいそこ! まだ合コンは始まってないぞ!」

 そんな僕を見て兄が声をかけてくれた。

 合コンの幹事に慣れているということもあるのだろう——僕含め周りに気を遣ってくれていた。

 これなら僕がよいしょをしなくても良いのではと思いつつ、幹事として動くことに兄が専念しないように僕が動かなければとより一層気を引き締める——

 と、気を引き締めた瞬間だった。

「あー、すまん、合コン始まる前にちょっと良いか」

 個室の奥にて——兄が狙う女教師が右手を挙げて唐突に発言をした。

 僕だけではなく幹事である兄も戸惑っているようで、「おっと、どうぞどうぞ」と何とか反応していた。

 妙に真顔な女教師が、何故か僕の方を見た後——今後僕が何をすれば良いかが決まった。

 『選ばれし者』になった後、何が出来るのか、ずっと考えていた。

 そんな僕にとってそれは願っても無い機会であり——かけがえのない申し出だった。


「私の隣に居る教え子がいじめられているんだ。『選ばれし者』である彰輝君に、ちょっくら助けてもらえねえかな」

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