Dash&Rush ③
「で、何でまた私に声をかけてくるのよ」
「やっぱり経験は何物にも勝るかなあと」
土曜日の昼——
永久子さんをファミレスに誘った。
喧嘩別れに近い形でファーストコンタクトは終了したけれど、国防省の方の勧めで念のため連絡先を交換していたことが功を喫した展開だった。ちなみにその時の永久子さんは外面を良くするためニコニコしていたけれど、僕の足を思い切り踏んづけていたところしか印象に残らなかった。
どれだけ僕のことを嫌いなんだろうと傷ついていたため、今回の誘いに関して正直断られるかと思っていたけれど——意外にも、「何時集合?」とシンプルに聞き返してくれたことが嬉しかった。
ファーストフード店にて、永久子さんは白いワンピースを着てサングラスをかけている。特徴的だったポニーテールが、今はツインテールになっている。
店の中でも外さないのは有名人故だろう。
芸能人としてもかなり有名な部類に居る永久子さんは、常に周囲に気を配らなければならない。なかなか難儀な人生だなあとぼんやり感じた。
外出するだけでも間違いなく億劫であろう永久子さんが、こうして僕に会ってくれることだけでも奇跡に近い。
「僕のこと。意外と嫌いじゃ無いってこと?」
「嫌いじゃ無いなんてそんなこと無いわよ」
「二重否定まで使うとなると凄まじく嫌いだね!」
「はぁ……骨の髄まで感じなさいよ、この愚図……」
「ため息交じりに罵声を吐き捨てるのやめてほしい!」
同年代の女子にここまで敵意を見せつけられるのは初めての体験だったため、普通にしんどかった。ハンバーガーを掴みながら沈んでいると「良い気味ね」と楽しそうに言ってくる永久子さんの神経が信じられない。ドSにも程がある。
「何で僕の誘いに応じてくれたのさ」
「日本で貴方しか同類が居ない上に、貴方と一緒に居ないと勇者の剣の能力を発動できないのよ。それなら会うしかないでしょう。例え反吐が出尽くそうともね」
「終始一言余計じゃない?」
「全発言余計な誰かさんに言われたくはないわね」
「うーん、あれだね、永久子さん、清々しいほど性格悪いね」
「面と向かって私に悪態つける貴方に敬意を表して一発ぶん殴って良い?」
と、言いながら拳を握ろうとせずハンバーガーをほおばっている永久子さんの姿が何だか愉快だった。信じられないくらいに口は悪いが、手は出さないところがギリギリ良いところなのだろう。
そもそも論として、僕と永久子さんはスタンスが違う。
共通点は、高校三年生であるというところと『選ばれし者』であるというところ程度しかない。
元々相容れないんだ。
それならばいっそのこと腹を割って話すしかない。
「今日永久子さんを呼んだのは、勇者の剣を今後どうしていくのか相談がしたかったからなんだ」
「私と貴方では根本の考え方が違うでしょう。参考になるとは思えないわ」
「違うからこそ永久子さんの考えを聞きたいんだ。自分が知らない価値観には積極的に触れたい」
「……へぇ。案外積極的なのね」
そう言う永久子さんは依然として真顔だったけれど、声色が若干和らいだように聞こえた。図らずも印象を良く出来たというところなのだろうか。この勢いに乗って、「教えてください!」と頭を下げる。
「ハッ。悪い気はしないから話を聞いてあげる」
「ありがとう!」
顔を上げると満面の笑みを浮かべている永久子さんがそこに居た。
本当にドSなんだなと思いながらも、話に耳を傾ける。
「大前提として、貴方、引き続き大学受験勉強はするの?」
「有りがたいことに、させてもらうことになっているよ」
「殊勝な心掛けね。私も同じ」
「永久子さん、大学行くの? 高校卒業して芸能界に専念でも充分稼げるような気がしていた」
「こんなもの、一過性に過ぎないわよ」
ジュースをゆっくり飲んだ後、永久子さんは話を続ける。
「幸か不幸か、貴方という第二の『選ばれし者』が現れてくれたおかげで改めて山が来ているのは間違いないわ。でも、『選ばれし者』というステータスだけでは今後やっていけないの。ただでさえ平凡な見た目で、平凡な立ち振る舞いしか出来ないのに」
「平凡ではなくない? 無茶苦茶可愛いと思うけど」
正直な気持ちを話しただけだったが、永久子さんがサングラスの下でも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていることが丸わかりだった。
「……面と向かって言えるのは凄いわね……煩悩にまみれて何も成し得ない陰キャラの中の陰キャラだと思っていたのに……」
「うん、あのね、僕じゃなかったら激怒しているからね。気を付けたほうが良いからね」
「貴方への評価を上げなければいけないことが狂おしいほど憎たらしいわ」
「僕の中では永久子さんの印象全然ぶれないのが悲しい限りだよ」
「レベル一からレベル三にギリギリならないくらいね」
「冒険序盤の草むらで得られる経験値レベル!」
こんな内面を隠しながら、芸能界では明るい清純キャラで人気を博しているところは彼女の努力の賜物だろう。
「とにもかくにも、容姿を褒められて悪い気はしないわね。ご褒美にジュースのカップの側面についている水滴をなめさせてあげる」
「罰ゲームでしかないんだけど」
「嬉しいんでしょう?」
「僕を何だと思っているのさ……」
けなされながらもなんやかんや会話が途切れないところから、永久子さんとの会話は存外苦では無かった。止まらない悪口の連打はこたえるところがあるものの、本心で話してくれていると思えば可愛いものだろう。
「ちなみに貴方はどこの大学を受験するの?」
「名栄大学だね」
「そこそこの学力で、近場の大学ね。貴方にピッタリだわ」
「永久子さんはどこの大学に行くの?」
「東京大学」
「へー、そうなんだ、東京大学……東京大学!」
改めて口に出したところで唐突なカミングアウトだと知った。
「東京大学って、東大って略すあの東京大学だよね!」
「そこ以外に何があるのよ」
「何も無いよ、何も無いからこそ驚いているんだよ! え、直近の模試だと何判定だったの?」
「C判定ね」
「これからではあるけれど挑戦できるレベル……! 永久子さん、タレントやりながら無茶苦茶勉強しているじゃん!」
「そこで単純に『頭良い』という表現を使わないところは好感持てるわね。ご褒美にハンバーガーの袋についてしまったケチャップをあげましょう」
「だからそれ褒美になり得ないんだって!」
そんな言葉の応酬はどうでも良く、目の前に居る女性の凄まじさに脅威を覚えていた。
容姿端麗文武両道でタレントとして人気を博し、東大受験を本気で目論む『選ばれし者』。
ここまで要素を入れ込んでしまってパンクしないのかと思うレベルだ。
「タレントやりながら東大目指すってかなり厳しくない?」
「間違いないわね。やりがいがあるわ」
「かっこよすぎる……」
土台、価値観が違いすぎる。
そこそこで良いと思っている僕と話してくれるだけでも有りがたいのかもしれない。
「僕と会う時間、作ってくれてありがとうね」
「理由は最初に言ったでしょう? 同じこと言わせないで。それこそ時間の無駄だわ」
しっかり褒めたにも関わらずしっかり悪態をついてくるところは永久子さんの印象から変わらなくて妙に安心した。悪態をつかれて安心するという状態に達してしまっていること自体が毒されているが、そこは頭の隅にでも捨て置こう。
「それにしても、そこそこで良いって思える人間が『選ばれし者』になったらどうするか……確かに、悩みどころね」
「というと?」
「だって、『選ばれし者』になってしまった時点でそこそこの人生ではなくなるじゃない。間違いなく、常人とは違う個性がついてしまっているわよ。能力バトルの景品だってこの先の人生で付きまとってくるわけだし」
「…………」
確かに、傍からみたらそうなのだろう。
それこそ『選ばれし者』になった当初は他人から持ち上げられまくっていた。
けれども今、正直、他の人と違う個性を持っているという感覚はあまり無い。
「三十五年経っているのに開催されそうにない能力バトルサバイバルの景品には、今のところ興味はないなあ」
「同感。だからこそ、『選ばれし者』っていうステータスをどう使うかが大事になってくるのよ」
「履歴書に書いたら採用してくれるかな」
「エンタメの会社なら一考してくれるんじゃないかしら」
「僕、出来れば公務員が良いんだけど……」
「あら、公務員も今や安泰とは言えないらしいわよ」
「そこそこギリギリ安泰ならそれで良いんだよ」
「逆に徹底しているわね。やっぱり相容れないわ」
永久子さんが大きなため息をついた後、沈黙が生まれる。
——『選ばれし者』というステータスをどう使うかが大事になる、か。
バトルサバイバルが一向に行われないという前提の元であれば、勇者の剣自体に魅力は何もないだろう。それこそテレビ番組に登場する際の飾り程度の良さしかない。だからこそ、永久子さんはそのステータスを全力で利用している。
だったら僕は——「勇者の剣を利用するべきなのかな」
「それは貴方の方針次第でしょうに」
呆れたように吐き捨てた後、残り少ないジュースを飲みほそうとしている。
そんな永久子さんを横目に、僕が追求すべき答えが見えたような気がした。
折角手に入れた機会だ。
兄の手前というところもあるけれど——何もしないで捨ててしまうより、何かして少しでも可能性を見出したい。
「ちなみに永久子さんは他の『選ばれし者』には会ったことあるの?」
「アメリカの『選ばれし者』には会ったわ」
「あ、もしかしてたまにテレビで見る人?」
「そうよ。だから会えたというのもあるわ。彼女も私と同じ考えで、『選ばれし者』として有名になって人生を謳歌していたわ。……『選ばれし者』は世界で百人程度と言われているけれど……そうね、貴方みたいに『選ばれし者』になって有名になろうとしない人ってあまりいないんじゃないかしら」
「まあそうだよねえ……」
世界規模でみても僕の悩みはかなり例外らしい。
勇者の剣とは何ぞやと悩む内に、ふと、勇者の剣自体の性能があまりわかっていないことに気が付いた。
「勇者の剣さ、科学者とか研究者とかに渡したらどうなるかな。結構躍起になって研究してくれるかな」
「……貴方、本当に何も知らないのね」
ジュースを飲み欲し、永久子さんはスマートフォンを取り出し、僕に一つメッセージをくれた。
「今送ったホームページ、確認することをお勧めするわ。その上で貴方が勇者の剣に固執するなら、そうね、ボルボックスくらいの大きさの応援をしてあげる」
「どれくらいの大きさが全然イメージ出来ない!」
僕の反応を見て満足したのか——若干微笑みながら永久子さんは立ち上がった。
「存外楽しかったわ。本当は奢ってもらおうと思っていたけど、特別にやめてあげる」
「ファーストフード店の購入段階で奢りが発生しなかった後に奢らせるって難しくない?」
「やり方は色々あるわよ。試してあげましょうか」
「……断れなさそうだから遠慮しておく」
「英断ね。この後取材撮影だから試せないのが残念」
そう言うと、帽子をかぶり、僕を残して永久子さんは立ち去っていった。
永久子さんは意外と僕に好感を抱いてくれたらしい。
そしてそれは僕の方も同じだった。
口の悪さは凄まじいが、話していて意外とさっぱりしている人だ。あまりにも考えが違う僕のことを頭ごなしに否定しないのも良い。ギャップ萌えというやつだろうか。ギャップと言えるほどの差はみれていないが、それでも、良い人だなと思うことが出来た。涙なんて見せてきた日にはどうなるか、想像だにしがたい。
「ちょろいな本当……」
残りのジュースをゆっくり飲みながら、永久子さんからもらったメッセージを開く。
URLが貼り付けられており、クリックするとホームページが展開された。
タイトルは——『勇者の剣の研究結果は燦々たるものだった』。
そこには勇者の剣に関するこれまでの研究結果がまとめられていた。
そうか、既に研究しつくされているのか。
勇者の剣の出現から三十五年もたっていて、サンプルが百本程度あるならば納得としか言えない。
そのホームページの概要を箇条書きでまとめると、こんな感じだった。
・勇者の剣はこの世のどこにも存在しない元素で構成されており、どのような物質なのか特定が出来ない。
・『選ばれし者』の協力の元、重量測定機に乗せてもゼロとしか判定されない。
・それにもかかわらず、台座に差し込まれている勇者の剣はどれほどの力を上方向に加えても抜けず、『選ばれし者』によって抜くことが出来た勇者の剣でもその『選ばれし者』以外に持ち上げることが出来ない。
・『選ばれし者』同士が近くにいない時、勇者の剣はこの世の存在全てに影響を与えることが出来ない。例えば、新聞紙一枚に切りつけても傷一つ付けられない。振り下ろすことが出来る時点で空気抵抗をある程度無視できることだけは判明している。
・『選ばれし者』同士が近くに居る時、この世の全てに影響を与えられるようになる。勇者の剣同士にも影響が与えられるため、勇者の剣を破壊することがようやく可能になる。
・今回実験に参加した『選ばれし者』の二人が勇者の剣の破壊に関しては同意しなかったため、勇者の剣が破壊された場合どうなるのかは不明。
・勇者の剣以外に影響が及ぼされた物質は、『選ばれし者』二人が物理的に離れた際に、物理現象を無視して全てが元通りになった。
「…………何もメリットが無いな」
読めば読むほど絶望的な記事だった。
勇者の剣単体では何も出来ない可能性が極めて高いことがまとめられている。
——永久子さんには感謝しかない。
この記事を見ていなかったら、僕はひたすら試行錯誤を繰り返していただろう。
考えてみれば、勇者の剣は三十五年前から出現しているんだ。
僕が考えつく実験など、もっと頭の良い大人がやりつくしているに違いない。
唯一判明していないのは勇者の剣が破壊された場合どうなるかという点だったが——確かにこれを試すのは、『選ばれし者』としてのステータスに興味がそれほどない僕でさえ惜しかった。
これを試して戻らなかった場合、折角『選ばれし者』になった意味が無い。
「結局僕は、『選ばれし者』になれて嬉しかったのか……?」
スマホの画面を見つめながら、ファーストフード店で一人呟いてしまった。
永久子さんは僕のことをぶれないと言ってくれたが、そんなにかっこ良いものではない。
——宝くじにあたった方がまだわかりやすい。
宝くじにあたれば、現金という価値が誰にでもわかりやすいものが手に入る。
しかし、僕があたったのは——勇者の剣だった。
何も考えずに捨ててしまうのはもったいない。
だが、三十五年間、誰も価値を見出していない。
勇者の剣を引き抜いた者たちは、『選ばれし者』としてのステータスを活用して人生を有益なものにしている。
そのステータスに興味が無い僕は、勇者の剣の有効な使い道を見いだせないでいる。
であるならば、僕は——どうすれば良いのだろう。
勇者の剣を捨て置いて受験生として勉強に勤しむべきなのだろうか。
それとも、諦めずに勇者の剣の価値を見出すべきなのだろうか。
「あああああああああ、わからない!」
だったらもう、やるべきことは一つしかない!
僕と永久子さんは、所詮、高校三年生だ!
人生経験なんて大したものではない!
そんな存在が考えに詰まったのならば——もっと年を重ねていて人生経験が豊富な人物に相談した方が手っ取り早い!
スマホの電話帳アプリを開き、真っ先に目についた人物に電話をかけた。
その人物はコンマ数秒で電話に出てくれた。
「勇者の剣ってどう使えば良いかな——兄ちゃん!」
「その言葉、ずっと待っていたぞ!」
どう考えても頼りにしかならない兄は、こう言った後——僕の想像が及ばない凄まじい一言を放つ。
先に述べておく。
例えば永久子さんがこの言葉を聞いたら「これが下衆の極みってやつね」と冷笑するしかない。
だがしかし、袋小路に追い詰められていた僕にとっては蜘蛛の糸に近いレベルで可能性を見いだせる一言であり——流石兄だなと思わざるを得ない一言だった!
「合コン行くぞ!」
「何で!」
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