Dash&Rush ②

『能力名:瞬間移動。

 効果 :念じた場所に、自分及び自分が触れている人や物を瞬間移動させることが可能。

 制限 :瞬間移動できる範囲は、敵対する『選ばれし者』を中心に半径一キロメートルの球体内。』

 

 以上。

 これ以外の情報は一向に流れてこない。

「……論より証拠、か」

 試しに『能力発動』と頭の中で唱えてみた。

 その直後——僕の視界は一変し、目の前に居たはずの永久子さんが居なくなっていた。

 後ろを振り返ると、うろたえている永久子さんの背中が見えた。

「瞬間移動……本当に出来るんだ……」

「いきなり能力使ってくるんじゃないわよ、危ないじゃない!」

「そっくりそのまま永久子さんにお返ししたいよそのセリフ!」

 何にせよ、勇者の剣の設定周りはこれで理解したように思える。

 さて、それではようやく本題だ。

 それぞれに能力なんてものが付随してしまっているのであれば、もうこれは確定してしまったと言っても良いだろう。

「永久子さん。僕らはこの後——何に巻き込まれるの?」

「案外察しは良いようね」

 フフンと笑うと、永久子さんはこう切り出した。

「漫画でよくあるような能力バトルサバイバルが始まるの。戦って、勇者の剣を破壊して——残った一人が何でも願いを叶えることが出来る」

「やっぱりそうなんだ! それならメリットあるかも! いつから始まるの? もう始まっているの?」

「勇者の剣が全て抜かれた瞬間から始まるわ」

「……へ?」

 その発言を聞いて、僕はたじろぐしかなかった。

 勇者の剣は全部で一万本ある。

「日本には四十七本有って、その中の二本しか抜かれていないよね」

「私と貴方だけね」

「勇者の剣が発見されてから何年経ったんだっけ」

「三十五年ね」

「能力バトルサバイバル、いつ始まるの?」

「……さぁ」

 頼みの永久子さんも答えをもちあわせていないようだった。

 勇者の剣を出現させた神様みたいな存在が居るのであれば、恐らくその神様は設定を見誤ってしまったのだろう。

 勇者の剣を見てみる。

 瞬間移動の能力に関しても、先ほどの条件を鑑みる限り、日本では永久子さんの近くに居ないと発動できない。

 つまり今、僕が手にしている代物は——何の役にも立たない代物でしかないことが確定してしまった。

「もうこれでわかったでしょう」

 永久子さんも落胆の表情を見せながら言葉を紡ぐ。

「勇者の剣を引き抜いても——『選ばれし者』になっても——ろくに目標がない貴方にとっては無用の長物なのよ。貴方が望むのなら、勇者の剣、破壊してあげる」

「…………」

 右手にあるものは、現段階では無用の長物でしかない。

 寧ろ、一週間前の様に誰だか知らない人に付きまとわれる可能性だってはらんでいる。

永久子さんの言う通り、メリットをろくに感じられないのならば手放すべき代物でしかないだろう。

 けれども——「ごめん、これは、渡せない」

「何でよ!」

 永久子さんが激昂するのも至極当然だろう。

 先ほどまでのやり取り通り、勇者の剣に対して——『選ばれし者』の価値とやらに対して——魅力を全く感じていない。

 でも渡せない。

 何故なら——

「勇者の剣を、兄の意向で手に入れたから」

「何よそれ、どういう理屈よ」

「……僕さ、兄には感謝しているんだ」

「国防省の人にも聞いたわよ。受験の息抜きで旅行させてくれたんでしょう。確かに優しいお兄さんとは思うけど、そんなのどうでも良いじゃないの」

「それもあるね。でも、それだけじゃない」

「何があるっていうのよ」

「……あまり面白い話じゃないよ?」

「面白さなんて最初からからっきし求めてないのよ」

 これを、初対面の方に話すべきなのだろうか。

 あまりにも家庭の話故、あまり話したくない。

 しかし、眼前に居る女性の目つきは、ちゃんとした理由を話さないと納得してくれない威圧感を兼ね備えていた。

「実は、僕の高校三年間の内約二年間——兄ちゃんが学費を払ってくれたんだよね」

「……何でそんなことになったか、もしよければ聞かせて。駄目なら引き下がる」

「永久子さん、やっぱり優しいね」

 出来る限り茶化してみたけれど、永久子さんは真剣そのものの表情だった。

「高校一年生になりたての時、両親が交通事故に巻き込まれちゃったんだよね。一年以上入院するしかなくて、両親共働きだった我が家は働き手を失っちゃったんだよ」

「…………」

「両親が入院した瞬間にね、兄ちゃん、大学中退したんだ。兄ちゃんと僕が両方とも学校に通う学費はなかったけど、どちらか一方ならギリギリ何とかなったらしくてね。それで、何の相談も無しに兄ちゃんはいつの間にか大学を辞めて、バイトと起業活動を始めちゃったんだ」

「……教えてくれて感謝するわ」

 永久子さんはこれ以上の話を聞きだそうとしなかった。

 ここまで喋ってしまったのなら、本当はもう少し話したかった。

 この話をしたのは、親友である木(き)見城(みしろ)君に続いて二人目だ。

 だからこそ——兄が起業に成功して本当に嬉しかった話とか、いつも気にかけてくれて内心かなり嬉しい話とか、兄に連れて行ってもらった旅行先で勇者の剣を引き抜けてようやく少しは恩返しが出来たのではと思った話とか、いつ何が起こるかわからないからそこそこの人生を送れることが人生において何よりも重要だと結論が出てしまったとか、そのあたりの話をしたかった。

 視界に映る永久子さんは、渋々ながらも納得した表情をしていた。

 それならばひとまず、話すことはもう無かった。

 残る問題はただ一つ。

 勇者の剣をどのように有効活用するかという問題だった。




「本気でどうしたもんかなこれ……」

 家に帰り、自室で一人、勇者の剣を眺めつつ物思いにふける。

 目の前には、日本で二人しか手に入れていない代物がある。

 これは間違いない。

 ただ、これで何をすれば良いのかがわからない。

 前述の通りそこそこの人生が一番良いというのは間違いない。

 でも兄の気遣いの手前、色々取り組んだ上で答えを出したかった。

 唯一同じ立場である永久子さんは、勇者の剣を使って芸能活動をしている。

 あれだけ綺麗な上に『選ばれし者』という特性があるのならば、テレビに引っ張りだこだろう。性格の本性を隠しながらというところが気になりはするが、本人が幸せならイコール幸せと言える。

 対して僕は何をすべきなのだろうか。

 有名人になってちやほやされたいという気持ちは全く無い。

 ニュースに取り上げられたり家に色々な人が押しかけたりした時に、もうこういう思いは真っ平ごめんだと心の底から思ったからだ。

 良くも悪くも経験したことにより、自分の考えに確証を持つことが出来た。

「経験か……」

 とにかく何でもやってみるという意気込みは、兄の考えに近い。

 本人は周囲に助けてもらっているから成功したと言ってはいるが、兄がそもそも起業するという考えを提言して行動に移していなければ成功は生まれていないだろう。

 一方で、兄は仕事に尋常ではないほど時間をかけている。

 たまに旅行する時はとことん遊ぶが、仕事をするときはとことん取り組んでいる。

 今日は僕が心配だと言い張って実家に泊まっている。

 そんな中、夜十一時という時間でも恐らく兄は仕事に取り組んでいるのだ。

 そんな兄を見ながら凄いなと思うと同時に——体を壊さないか心配になってしまう。

 両親が入院している期間、兄が稼ぐ一方で僕は両親の入院の手伝いをしていた。

 それが影響しているのだろう——死ぬ気で頑張って体を壊してしまうくらいなら、そこそこの頑張りの方が良いと思ってしまう。

 ただ、何かに飛び込んでみないと勇者の剣と『選ばれし者』の立場の価値は一向にわからないことは重々承知だった。

「あー、何をすべきかわからない! 僕なんかに何が出来るんだ!」

 ここまで考えて、そういえば受験生だったことも思いだしてしまった。

 勇者の剣にうつつを抜かすべきなのか、それとも受験勉強に正面を向くべきなのか。

 そういえばというか今更ながら——永久子さんは、僕と同い年だ。

 僕と同じく高校三年生なら、受験か仕事かを選ぶ立場に居るということに相違ない。

 受験をする気はあるのか——

 それとも就職するつもりなのか——

 改めて聞きに行かなければと思いつつ——勇者の剣に触れた。

 日本で二人しか手にしていない、凄まじい代物。

 人生を変える何かかもしれないし、そうでないかもしれない。

 何も考えずに放置することだって出来る。

 ——自分はどうしたいのか。

「ここまで悩んで結論出ないか……」

 そうであるならば——自分だけで考えるよりも、自分より色々な人を助けている件の人物に助けを求めるべきなのかもしれない。

 思い立ったが吉日とはこのことだろう。

 勇者の剣を手に取って立ち上がり、自室から出て右隣の扉をノックして開けた。

「勇者の剣で人生が変わるのか——ちょっと調べてみても良いかな」

 その部屋でやはり仕事をしていた人物は、僕の方を振り向いて、想像通りの答えを述べてくれた。

「とにかく何でもやってみろ。兄ちゃんはいくらでも協力するぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る