Dash&Rush ①

「うおおおおお! 彰輝、うおおおおおおお!」

「語彙力!」

 兄が興奮して叫ぶしかない状態だったが、無理も無かった。

 勇者の剣を抜いた人物のことを『選ばれし者』と称されることを知ってはいたけれど——まさかゲームくらいでしか聞かないその呼称が、僕に対して使われるとは兄でさえも夢にも思っていなかっただろう。

 ——勇者の剣が刺さっている場所は一つの漏れなく観光名所化されている。

 ——と同時に、監視カメラと固定カメラの設置と剣を見守る監視員の常駐が義務付けられている。

 『選ばれし者』が誰なのかを記録するためだ。

 当事者ではない頃は、日本でまだ一本しか抜かれていない勇者の剣にそこまでお金をつぎ込んで良いものかと思っていた時もあった。

 だが、当事者になってみると、なるほど確かにその重要性が分かった。

 ——勇者の剣を抜いた後——黒塗りのスーツに身を包んだ人たちが大量に押し寄せてきたからだ。

「国防省軍令部の者です。『選ばれし者』を迎えに来ました」

 身分を明かしてくれた後、これまた黒塗りの車で軍の基地まで誘導された。

 白塗りの壁で囲まれる一室で——兄も居ない中、一人でパイプ椅子に座りながら一通りの話を聞いた。

 ニュースやネットで既に出回っている話がほとんどではあったものの、『選ばれし者』に対して生活上で制限を強いることは現状無いという事実は知ることが出来て良かった。

 日本でもう一人居る『選ばれし者』がテレビに出続けている様子を見たことがあるからだ。

 テレビ出演なんてとんでもない。

 あの『選ばれし者』みたいにテレビにぽんぽん出演していたら、そこそこの日常なんて過ごせるはずが無い。

 まあ、そうはいうものの——普通の日常の中に居られないことはもうわかってしまっていた。

 スマホで動画サイトをあさった所、僕が勇者の剣を抜いた動画は既に大量に投稿されており、再生回数も順調に積み上げられていたからだ。

「僕はこれから、どうなるんですか」

 国防省の人に、悲観しながら聞いてみる。

 僕の心情など意に介さず、淡々とこう答えられた。

「拡散されている動画に関しては全件削除する。個人情報に関しても広まらないよう情報統制を行う予定だ。ニュースで取り上げられる際も、君が望むのであれば個人情報が開示されない形で行われるようにしよう」

「それでも、拡散は完全には止まらないですよね」

「その通りだ。君は図らずも『選ばれし者』になってしまったからな。だから、生活拠点を移すとなっても全面的に支援させていただく。それが国の義務というものだ」

「…………」

 思わず沈黙してしまった。

 生活拠点を移せるのであればそうした方が良いのだろうか。

 どれほどの影響が自分の身に降りかかるかわからない。

「少し後に、結論を出しても良いでしょうか」

「勿論だ。一日後でも一年後でも良い。私たちは君の味方だ」

 そう言われて解放されて——一週間が経った。


 *


「彰輝……何か、拍子抜けだな……」

 兄が若干落胆するのも無理は無い。

 驚くこと無かれ——一週間が経った頃にはもう、勇者の剣を抜く前と比べて特に変わらない日常に戻ってしまっていた。

 確かに数日間は、家の周りに誰かがのぞきに来たり、学校の中でも囲まれたりすることはあった。

 けれども——そこに反応しようとしても、特に何も出来ないのだ。

 何しろ勇者の剣は、今現在何の機能も果たしていない。

 修学旅行にて勢いで買ってしまう木刀くらい使い道がない。

 加えて僕が、インタビューやら質問やらに全く乗り気じゃない。

 以上二点の理由により、すぐさまブームは過ぎ去って行った。

 一週間前のシリアス描写がまるで嘘の様だった。

 家の外で、兄と、勇者の剣を持っている僕は呆然としている。

「実際どうだ? 勇者の剣手に入れて、何か良いことあったか?」

「怖いくらいに何も無いんだよね、これが……」

 恐る恐る兄から聞かれたが、もう本当に何も得る物は無かった。というか寧ろマイナス説まである。片手で振れる大きさではあるものの、何の利点もないため単なる飾りにしかならない。

 となった場合、片手で振れる大きさというものでも自室ではかなりの場所をとられ、邪魔と感じることさえあった。

「勇者の剣、どうするんだ?」

 兄が悲しそうな表情をしながら聞いてくる。

 元々兄は勇者の剣巡りが好きだった。

 ただ、実際に引き抜いてしまった時にこんな現実が待っているとは思いも寄らなかったのだろう。

 兄の気持ちがわからないでもない。

 僕も、ほんの僅かながら期待感を抱いていた。

 旅行に連れて行ってくれた兄のためにも、このまま終わるわけにはいかないだろう。

「勇者の剣で何が出来るか、考えてみるよ」

 そうであるならば、僕がとるべき行動は一つだ。

 僕よりも先に『選ばれし者』となった人物に、会いに行く。


 *

 

 彼女の名前は遠山(とおやま)永久子(とわこ)と言う。

 東京都の勇者の剣を引き抜いた『選ばれし者』だ。

 僕と同じところは高校三年生というところだけで、他は何もかも違う。

 まず、容姿端麗文武両道という点が挙げられる。

 『選ばれし者』として注目される前——中学一年生から読者モデルになり、そのままファッション雑誌の専属モデルとして仕事をしていた。

 身長は僕より五センチ程度低いらしくモデルとしては恵まれていない体格ながらも、特徴的な黒髪ポニーテールと狐目ながら温かみのある魅力的な笑顔を振りかざし、読者からかなりの支持を得ていたらしい。

 その上で、中学高校とバレー部の主将を務め、部員をけん引しつつ、テストの成績はトップを維持していたという完璧超人である。

 何をするにしてもまっすぐ努力し成功をおさめてきた凄まじい人材なのだろう。

 だから、『選ばれし者』だからという理由で緊張することは無かった。

 紛うことなく、僕と彼女は真逆だ。

 僕はのらりくらり生きていきたい性質が強い。

 最上級の幸せではなく、そこそこの幸せが手に入ればそれ以上努力する必要はないのではと思ってしまう。

 誰がどう言おうとこれが自分の中では正解と思っている。

「初めまして、遠山永久子って言います。一人では不安だったので、『選ばれし者』になってくれて嬉しいです!」

 国防省軍令部の方に連れていかれた一室にて出会った彼女は、非の打ち所のない美少女でしかなかった。自分を卑下している僕なんかにも格別の笑顔を向けてくれている。こんなにも完璧な女性が居て良いのだろうか。そしてそんな人が僕なんかに笑顔を向けてくれるという時間があって良いのだろうか。

 世の中には色んな人が居るんだなあとも思いながら感慨に浸っていると、突然彼女は僕の元に近寄ってきた。鼻と鼻の先がぶつかりそうな距離だ。パーソナルスペースというものは彼女には関係が無いのだろう。

「名前、教えてもらっても良いですか?」

 一片の曇りもない笑顔を向けられる。

 ここまでの可愛さを持つ同級生にここまでの距離感で迫られてたじろがない訳が無かったものの、何とか言葉を振り絞る。

「き、霧島(きりしま)彰輝です」

「アキテル? どんな漢字ですか」

「表彰状の彰に輝くで彰輝です。飽きっぽい性格なのでお似合いだと良く言われます」

「アハハ! 無茶苦茶良い名前なのに何その覚えさせ方! 彰輝君って面白ーい」

 目の前の彼女は僕のくだらない自己紹介にも快活に笑ってくれる。

 なるほど、これが世に言う非の打ち所がない女性という存在なのだろう。

 外見だけではなく中身まで綺麗なんだ。

「いやー、そんなことないですよアッハッハ」

 調子に乗りやすい僕はすぐに陽気になった。

 彼女はそんな僕を見て更に笑う。

 おお。

 なんか、良いなあ、この感じ。

 ずっと続いてほしい。

「もっと話したいなー。そうだ、少し、二人きりにさせてもらえませんか。『選ばれし者』同士、誰にも邪魔されずに話してみたいんです」

 永久子さんは国防省の人たちにそんな提案をしてくれた。

 二人きりで話したいなんて、最早脈ありでしかない。

 単純な思考回路だと馬鹿にされても良い。

 そう思っても良いくらいに永久子さんが魅力的過ぎた。

 それに、『選ばれし者』になったからといって何をすれば良いかわからない僕は、既に成功している彼女に色々なことを相談したい。

 国防省軍令部の方が同意し僕も間髪入れずに同意することによって、監視カメラすら無い個室に通された。

 永久子さんと二人きりになる。

 心底楽しみな瞬間で——何を話そうかなあと思った——

 その時だった。

 ——首元に鋭利な刃物を突き付けられた。

 勇者の剣だった。

「ねえ、カス野郎。今すぐ『選ばれし者』じゃなかったって言い張って」

 笑顔でさらっと言われた。

 笑顔なのに、温かみは何もない。

 先ほどまでの楽しい感じとは一変し、冷酷さしか感じられない。

「えぇ……」

 あまりにも非情な展開で目を瞑ってしまった。

「目、開けなさいよ」

「はい……」

 どうやら現実から目を背けることも許されないらしい。

 信じたくはなかったけど、今、二人きりだ。

 僕と、永久子さんしかいない。

 ゆっくり目を開けると、口元しか笑っていない永久子さんがそこに居た。

 狐目が鋭い。

「……永久子さんって意外とキツい人なの?」

「名前で呼ばないでよ気色悪い」

 優しさの欠片もない。

 他愛もない会話で笑い合った時間が恋しかった。

「テレビでは名前で呼んでって言っていたじゃないか」

「あんなもんファンサービスに決まっているでしょう。虚構と現実の区別がつかないなんて本当に悲しい生き方をしてきたのね。いっそ今すぐに社会的に死んでみる? その方が余程有意義な人生を送れると思うわ」

 言い方がキツイにしても限度があるよなと思った。

 特に怖いのが、終始僕の首元に勇者の剣を突き付けているところだ。

 狐目が常に僕を見定めているように思えてしまう。

「そ、その性格でテレビの前に出るのしんどくない?」

「あんた程度が何を私に提言しようとしているのよ」

「え、だって、今の感じが永久子さんの本性なんだよね」

「だから私を名前で呼ぶなって言っているでしょう」

 勇者の剣が僕の首元にとうとうくっついてしまった。

 血は流れないまでも、ひんやりとした感触が身を震わせる。

 流石の僕も笑うしかなかった。

 本当にこれは現実なのだろうか——ふざけてその場をごまかすくらいしか平常心を保てそうにない。

「これからの一問一答が、あなたの生命線よ。一問でもしくじったら一瞬で人生が終わると思いなさい」

「下手な拷問よりも物騒なんだけど」

「黙りなさい」

「これから質問を受けるのに!」

 どうやら何を言っても無駄な様だった。

 顔の造りだけみると天使でしかなかったが言動は悪魔でしかない永久子さんをじっと見据えつつ、質問を受けることにする。

「貴方は『選ばれし者』として有名になりたいの?」

「そんな訳無いよ。今すぐ勇者の剣を手放したいくらいだ」

「ハッ。嘘を吐かず本当のことを答えなさい」

「嘘じゃない。僕は『選ばれし者』なんかにならず、そこそこの幸せを噛み締めながら穏やかに暮らしたかった」

「自己顕示欲の欠片もない答えね。そんなことある筈がないでしょう。『選ばれし者』として生きて、一攫千金を狙いたいというところがあなたの本性なんじゃないの?」

「今日初めて会った君が僕の何をわかるのさ」

「わかるわよ。貴方と同じ、『選ばれし者』だから」

 何のためらいもなくこう言い張る彼女は、鼻と鼻がぶつかる直前まで顔を近づけてくる。勇者の剣が首元になければ最高なシチュエーションではあったものの、今は恐怖が先行してしまっていた。ゴクリと息を呑んでしまう。

「『選ばれし者』は日本だけではなく、世界目線で見ても稀有な存在なのよ。そんな存在になって何も思わないなんてあり得ない」

「別に僕は有名になりたい訳では……」

「じゃあ何で勇者の剣を抜きに行ったのよ」

「受験勉強の気晴らしのための旅行だね」

「観光気分でも、少しは期待していたんでしょう? 勇者の剣を抜いた後、嬉しかったんじゃないの?」

 切迫した状況の中で、僕は先日の状況を思い返してみた。

 勇者の剣を抜いた時——僕は何と思ったか——

「確かにその時は、凄いことになったなとは思ったね。嬉しい気持ちも少しはあった」

「だったら!」

「でも、最終的には、めんどくさいことになっちゃったなって思ったかなあ」

「め、めんど、くさい……?」

 まるで汚物を見るような目つきで永久子さんがにらんでくる。

 若干怖気づいてしまうが、永久子さんが僕の言葉を待ってくれているようにも見えたので話を続けた。

「良くも悪くも有名になったら色んな厄介ごとに巻き込まれるよね。実際、ニュースにとりあげられたり家におしかけられたりもしたし。そのデメリットに対してメリットが勝っていればまだ良いかなとも思うんだけど、『選ばれし者』になったところでメリットが無いというかなんというか」

「有名になること! これがメリットでしょう!」

「だから別に有名になりたい訳では」

「堂々巡りじゃないの!」

 ここにきてようやく永久子さんは怒りの表情を見せた。

 美人は怒った姿も綺麗だから凄いなと思っていたところ、永久子さんはその場から一瞬離れて——勇者の剣の先端を僕に向ける。

「勇者の剣を構えなさい。本当に『選ばれし者』なのかどうか、試してあげる」

「へ? 勇者の剣、家にあるんだけど……」

「何で私に会いに来る時に持って来ないのよっていうのはこの際どうっでも良いわ。頭の中でこう念じなさい——『勇者の剣、顕現』と」

「韻踏んでいて面白いね。永久子さんが考えたの?」

「良いから黙ってさっさとやる!」

 どうやら図星だったらしい。

 何がどうなるのかわからないが、言われた通り『勇者の剣、顕現』と頭の中で唱えてみた。

 その瞬間——僕の右手には勇者の剣が握られていた。

「うおっと! ど、どこでも呼び出せるんだね。どこかに落としてもすぐに回収できる」

「落とす想定を、しているんじゃ、ないわよ!」

 永久子さんの大声は勢いがあるなあとぼんやり思った——その時だった。

 永久子さんの勇者の剣から——『炎』が出現した。 

 剣という定義からは明らかに逸脱しているその現象に慄いてしまう。

「信じたくないけど、本当に『選ばれし者』なのね……」

 永久子さんは悔しそうにしかめっ面をしている。発火現象については織り込み済みらしいその様子を見て、僕はあんぐりと口を開かざるを得なかった。

「何で剣から炎出てるの?」

「そういう能力だからよ。『選ばれし者』が二人以上近くに居る時、勇者の剣はそれぞれの能力を発動できるの」

「何その設定! 僕の勇者の剣はどんな能力なの?」

「急に興味持ち出すんじゃないわよ鬱陶しいわね喋らないで」

「僕にどうしろと!」

「……頭の中で、『能力詳細確認』って念じれば説明流れ込んでくるわ」

「ありがとう!」

 嫌々言いながらも教えてくれる永久子さんはきっと根は良い人なんだろうなと感じながら、言われた通りやってみた。

 すると、大きく分けて三つの情報が一気に流れ込んできた。

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