旅行先で勇者の剣を引き抜いてしまった

常世田健人

序章 期待していない自分

「勇者の剣を見に行く旅行に出かけるぞ!」

「いやいやいやいや! 僕、受験生なんだけど!」

 兄から唐突にこう言われ連れ出された時はどうしたものかと思った。

 ——口車に乗って一度出かけてしまえば、後はもう基本的に楽しい時間でしかないのが旅行という趣味だ。

 誰と行くかというところも重要だろう。

 その点、兄は最高だ。

 身長は百八十センチを超え、大学中退後ITの企業を立ち上げたやり手だ。日々の効率を求めて坊主なところが微妙に残念ではあるが、温和な表情と筋肉質なガタイはカッコいい要素だと思う。優良物件であるにも関わらず何故かモテないところも好感が持てた。誰にでも優しすぎるところが良くないのではと僕は分析している。

 そんな兄は、楽しそうに車を運転してくれるし、どこに行くか——何を食べるか——宿泊場所をどこにするかまで全て事前に決めてくれる。

 僕を元々連れ出す気ならば、諸々の予約時に相談してくれても良いのではという気持ちは少なからずある。

 けれども、受験勉強をしているとは言いつつ——八月段階で行きたい大学にはほぼほぼ受かる学力に達している僕の気晴らしになればと気にしてくれる兄には、結局のところ感謝するしかなかった。実際勉強に飽き飽きしていたタイミングということもあり、兄が所有する車にいつの間にか乗ってしまっていた。

「もっと上の大学目指しても良いんじゃないのか? 彰(あき)輝(てる)なら行けるだろ」

「近場で学費安いところが最高だよ」

「ほんと俺と真逆だよなあ。一人暮らし、楽しいぞ。なんてったって女性を連れ込み放題だ」

「彼女出来なきゃ意味ないでしょうが」

「失敬な、出来たわ!」

「何人?」

「0.3人!」

「小数点以下四捨五入でゼロだよね。せめて切り捨てさせてほしかったよ」

「ぐうの音も出ない!」

 こんなくだらないやり取りが出来るのも兄との旅行だからだ。

 土日で一泊二日のため、それほど遠出は出来ない。

 愛知県の中心都市である名古屋市の端の方から出発し、岐阜県の観光を楽しんでいた。白川郷の景色を楽しみ五平餅を堪能し、飛騨高山に着くころにはもう夜更けになってしまう。旅館の食事と温泉を満喫した翌日——まず向かったのは、四十七都道府県すべてにある観光名所というやつだった。

 山を車で登っていき、駐車場にたどり着く。

 かなりの車が停まっている。

 数年前から話題に出し尽くされてはいたが、やはりまだまだ注目度は高いのだろう。

 木々が生い茂る中、坂道に長い列が出来ており、僕と兄はそこに並んだ。

 ワクワクしている兄の傍ら、僕は、この列の先にたどり着くのがいつになるのか気になっていた。愛知県では三十分程度並んだ気がするが、岐阜県では果たしてどれだけ並ぶのだろう。贔屓目ながら、流石に愛知より岐阜の方が短いのではと高を括っている自分が居る。精々十分くらいなのではと思っていた僕の見立ては甘く——普通に三十分程度並ぶことになった。

 ここに三十分使うくらいなら他に楽しいところは山ほどあるのではと若干うんざりしつつも、列の先にある代物を見た。

 ——勇者の剣が、地面に突き刺さっている。

 片手で振れそうな大きさの剣が、刃の先端を地面に突き刺している状態でそこにあった。

 山の頂上ではなく五合目あたりの現在地に何故突き刺さっているのかは今でもわかっていないという。台座も何もなく、ただただ地面に突きささっているその様子はゲームの中くらいでしか見たことが無い風景だった。

 愛知、長野、静岡と続いて四回目のため、何の驚きも感動も無い。

 違いと言ったら柄の形状くらいだろうか。

 柄の先端が細くとがっているため、剣と合わせて十字架のようにも見える。あとは、他三県の勇者の剣と比較して柄に若干藍色が入っているくらいの違いしかなかった。

 兄が興奮しながらスマホで写真を撮っている。先に兄が持ちたいのかと思ったが、僕にゆずってくれた。こんなところでそんな気遣いをしてくれるならば他のところでしてほしいと思いながらも、剣の柄を握る。

「全く、こんなもの抜ける訳が無いでしょうに」

 呟きながら柄に力を少しだけ入れて、剣を上げてみた。

 何の抵抗感もなく、すっぽり抜けた。

「…………へ?」

 何の効果音も無かった。

 静寂が周囲を包んだ。

 人は、本当に驚いた時には何も言えないものなのだろう——

 その時点で響いたのは僕の気の抜けた声のみだったけれど——

 持っていたスマホを兄が落とした瞬間、その場にいた全員が叫び声をあげた。

 こうして僕は——勇者の剣を引き抜いてしまった。

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