爆走! キッチンカー!
そうと決まれば出発だ。いざ行かん、エノーラを探す旅へ!
ぼくは意気揚々と歩き出す。
「どこへ行くんだ?」
背後からロボ先生がたずねる。
「もちろんエノーラを探しにさ」
「どこに?」
「どこってそりゃあ……えっと……?」
しどろもどろのぼく。潮風と雨に濡れた手のひらが砂でざらつく。
「まずは、目標の選定から始めた方が良さそうだな」
ロボ先生は、三眼のカメラレンズをカチリと切り替える。
いつの間にか雨はあがっている。
山の向こうにはすきとおる虹の橋。
ぼくは眼をぱちぱちさせる。
ぼくは、いったいどこへ行くつもりだったんだろう。
エノーラのことを、実は何も知らないくせに。夢で見た王女様を助けにでも行くような気になって。
もしかして、ぼくってものすごくバカなんじゃない?
何も知らないくせに、やる気ばっかり先走って、何の考えもなしに、行き当たりばったりで家を飛び出して。まるで井戸の国のカエルの勇者だ。
こんな頼りないぼくがエノーラを探し出すなんて、本当にできるんだろうか。ぜんぜんできそうにも——
ぶるっと頭を振る。
めそめそしてる場合じゃない。こんなときこそクイズで頭を働かせなきゃ。
できなかったことを今さら悔やんでも仕方ないよね。
代わりに、今からできることを考えなくっちゃ。
今の海の色は、エノーラと一緒に見た時とは全然違っている。もう、汽笛の音は聞こえない。
ぼくは消えかけの虹を見上げる。もやの中の呼び声が消えてしまう前に追いかけなきゃいけない。
「何か思いついたようだな」
ロボ先生は穏やかにたずねる。ぼくは、自分のIDカードをぷらぷらと揺らす。
「ロボ先生はぼくのIDカードを読み取ったよね?」
「うむ」
「じゃあ、ぼくのデータからパパのこと調べられる?」
「それは無理だな。吾輩は住民データそのものにアクセスしているわけではない」
「じゃあ、※※※※※※※※」
ぼくは八桁の数字を口にする。下四桁は、今はもうどこにもない玄関の鍵のパスワード。
それは、ぼくにとって絶対に忘れることのできない数字だ。パパが永遠にいなくなった日。つまり、パパが戦友の代わりにエノーラを助けた日だ。
「その日戦死した人の中に、ぼくのパパがいるかどうか調べてくれない?」
パパは虹の向こうにいて、今でもぼくのことを見守ってくれてる。だったら、エノーラの住む街も、きっと指し示してくれる。そうじゃない?
でも、ロボ先生はピコピコと無駄に可愛い電子音を鳴らして、首を横に振る。
「同名の人物が複数存在する。個人番号がないと特定には至らない」
「せめて街の名前だけでもなんとかならない?」
「可能性があるのは、以下の二つだな」
ロボ先生は、二つの街の名前をあげる。
南の半島にある、大海に面した鉄と軍艦の要塞港、ポルト・ロー。
北の果ての紛争地帯のど真ん中。森と山岳と遊牧民の街、ロングフィール。
どちらも、同じ日に爆撃を受けて焼け野原になった街だ。
ぼくは海沿いの道路を見渡す。コンクリートの高架橋が渦を巻いて左右に分かれている。
海沿いに左へ行けば、敵国から遠ざかる比較的安全な道。
内陸へ向かって右に進めば、紛争地域のど真ん中。すごく危険な道。
どっちへ進めばいいんだろう。
エノーラはどっちの街にいるんだろう。
選んだとしても、もし間違ってたらどうしよう。もし、そこにだれもいなかったら。
どうすればいい? ロボ先生に聞く? 自分で決めて、失敗して後悔したりしない?
「急ぐ必要はない」
ロボ先生は、マニピュレータの親指をくい、と立てる。
ぷっぷー、とクラクションが鳴る。ガタピシと揺れながらスクールバスが近づいてくる。
止まる。ぷしゅう。ガス圧の抜ける音。
ドアを開けてくれたっぽい。残念ながらドア自体はもうないけど。
運転席には誰も乗っていない。そもそも、今どき手動で運転するバスなんてあるわけないよね。全部、自動運転だ。
そうだ。
全部、わかってた。
運転手のおじさんは、ぼくが孤独を感じないよう《設置》されていただけだってことも。
運転席に帽子だけが残っている。
「ちょうどいい。乗せてもらおうじゃないか」
ロボ先生はカメラレンズのシャッターを半眼に閉じる。ニンマリ笑っているみたいだ。
ぼくはうなずく。
たぶん、もう、ハイザールには誰も残っていない。
ハイザールは。
かろうじて生き残った絶滅危惧種を保護するために作られた街だ。
かつて人が住んでいたころの街並みを、できるだけ忠実に。精巧に。人々の暮らしや風俗まで再現した——
「君が行きたい道をゆけばいい。君はどこへだって行ける。出会い、別れ、いつの日かまた別の誰かと出会うだろう。そのためには前へ進む勇気が必要だ」
ぼくらはバスに揺られ、分かれ道まで進む。
道端にキッチンカーが止まっている。車体の側面がぱかって開いて、上半分がちょっとした屋根、下半分が階段になって、中は休憩所になっている。
「コーヒーレスト なごやか なごやか なごやかっ!」
「春はアイスで! 絶品アイスコーヒー!」
「夏こそアイスで! 絶品アイスコーヒー!」
「秋はアイスで! 絶品アイスコーヒー!」
「冬でもアイスで! 絶品アイスコーヒー!」
陽気なポポポポいうメロディに謎の歌詞が付いた販促ソングが、ずんちゃかずんちゃかとアイスコーヒーを連呼している。音楽につられて、思わずアイスコーヒーって言っちゃいそうだ。
木製のスイングドアを押す。ドアベルが心地よい音を立てる。
店内に入る。
たぶん、わざと薄暗くしてあるんだろう。木製ラティスに造花のハイビスカスがからみついている。天井にはシーリングファン。
年季の入った丸テーブルが一つ。いすがいくつか。それとカウンターテーブル。その向こうはずらっと並んだグラス。
黒のカフェエプロンを巻いた地蔵型のバリスタロボットがカウンターの向こうから挨拶する。
「アイラッシァーマェーオ持チ帰リッスカァー」
「冷たい牛乳ください」
「吾輩にはホット機械油をダブルで」
「アイスカーヒーッスネェー?」
カフェマスターは隙あらばお腹からアイスコーヒーを出そうとする。腹黒いやつめ。
「アイス牛乳ひとつ」
「ホット機械油をふたつ」
「アイスカーヒートリプルデェッ!」
「牛、乳、くだ、さい!」
ぼくは断固として牛乳を所望する。
カフェマスターはしぶしぶ、カーキ色のオイル携行缶を取り出す。中身はコーヒー色に汚れたドロドロの廃油だ。
「えっ。マジでオイル飲ませる気……?」
ぼくがドン引きしていると。
背後でスイングドアが音を立てる。からんころん。ドアベルが鳴る。
カフェマスターはガラスのコーヒーポットを持つ手を持ち上げる。
「イラッシ」
挨拶が尻切れとんぼになる。
コーヒーポットに、真っ赤なレーザーが突き刺さる。ポットは中身が入ったまま斜めにスパッと切れて、下半分が沸騰しながら落下。
音を立てて割れる。
敵だ!
ロボ先生は、ぼくが悲鳴をあげるより先にぼくのズボンのベルトをひっつかむ。ポイ。
カウンターの奥、カフェマスターの足元へと頭から放り込む。
「あいたっ」
「隠れていたまえ。すぐに片付ける」
激しい銃撃戦の音。
ロボ先生は、丸テーブルを盾に撃っては隠れ、撃っては隠れる。一発撃つごとに何かが吹っ飛んで倒れ、いすやドアを薙ぎ倒してぶっ倒れる。
そして爆発音。ぼくは耳を押さえる。爆風が頭上のグラスを横一線に払い落とす。ガラスがひょうみたいに降る。
やっと、音がしなくなる。
スイングドアが、キィ、キィ、半分ちぎれて揺れている。
「ロボ先生、大丈夫……?」
ぼくはおそるおそるカウンターから頭を出す。
と。
がしゃん!
顔の横ですごい音がする。
「うわっ!?」
天井のシーリングファンが壊れて、ぼくの顔の横に落ちる。
「けがはないか?」
先生はけろりと涼しい顔だ。足が六本ある敵ロボットの残骸から、べりべりと銃をひっぺがす。
「ロボ先生こそ大丈夫? けがは?」
「案ずるな。それほどポンコツではな」
言いかけたとたん。
真っ赤なレーザーがコーヒーショップの天井をバターナイフみたいに切り裂く。
「わあああっ!?」
敵の黒い軍用トラックが突進してくるのが見える。何本もの赤いレーザーがこっちへ飛んできて、キッチンカーの窓やドアを蜂の巣にリフォーム。
ぶつかる!
スクールバスが、タイヤを甲高く鳴らしてバックしてくる。
あわや衝突! の寸前に、がしゃん! キッチンカーの牽引フックと連結、合体。
発車のクラクションが鳴る。プゥー。
「ダァ シエリイェス!! 発射シァァス!」
いつの間にか運転手の帽子をかぶったカフェマスターが、バスの運転席でハンドルを握っている。
猛加速で空転するタイヤを溶かしながら、キッチンカーを連結したスクールバスは走り出す。
「アルハアイス! ジェッピンアイスカーシーハイカァァッスカー!」
キッチンカーが、前方の道をわらわらとふさぐ敵の多脚ロボットを思いっきり全力で跳ね飛ばす。
爆煙を突き抜け、炎を振り払ってキッチンカーはグングン加速。
敵トラックが追いかけてくる。赤いレーザーが何本も飛んでくる。
急ハンドル。避ける。
今度は避けきれない。タイヤが撃ち抜かれる。ガクンと沈む。バキン。何かが折れる音がする。
ごろごろ転がりながら、斜め前に吹っ飛んでいく。振動がががすごごごご。
「あわあわあわあああロボ先生タイヤががががあ!」
「しゃべるな。舌を噛むぞ」
ものすごい火花のエフェクトが一直線に後方へと伸びている。
どこか掴まっていないとあごが外れそうだ。必死にこらえる。
「やれやれ。のんびりホット機械油をたしなむ暇もないとか」
ロボ先生はどこか楽しそうに残念がってみせながら、ぼくの手をぎゅっと握る。
「吾輩の後ろに隠れていろ。決して手を離してはならんぞ」
ロボ先生は、窓から身を半分乗り出す。手にはさっき敵ロボットから奪った銃。狙いをつける。
後続の敵トラックが距離を縮めてくる。側面から多脚ロボットが大量に吐き出される。
「増えちゃったよ」
「気にするな」
赤いレーザーが、ロボ先生の真横を突き抜ける。バスの運転席にレーザーが直撃。ガラスが白くひび割れる。
「このバスァドコ行キッスカァー? 右ッスカー!? 左ッスカー!?」
フロントガラスを叩き割りながら、カフェマスターが聞く。
目の前はジャンクションの分岐点。
右に行けば、国境の街ロングフィール。
左に行けば、海軍の街ポルト・ロー。
分岐点まであと五〇〇メートルもない。
敵のロボットは、六本足を忙しなく動かして、バスとほとんど同じ速度で追いかけてくる。
今にも追いつかれそうだ。
キッチンカーを牽引するバスは、ただでさえボロボロだっていうのに赤いレーザーのせいでさらに穴だらけになってゆく。
早く決めなきゃ。
どっちに向かう?
エノーラがいてくれなかったら。ロボ先生に会えなかったら。スクールバスに乗っていなかったら。キッチンカーに寄っていなかったら。
ぼくは今ごろ、どうなっていただろう。
ひとりぼっちで、何もできなくて、怖くて泣いてた?
ぼくは、ひとりで生きていけるほど強くなんかない。
だからこそ。
みんな一緒に。
「ロボ先生。これからもずっと一緒にいてくれる?」
ぼくはロボ先生の手をしっかりと握り返す。規則正しいアクチュエータ音が聞こえる。心臓の音みたいだ。
さあて、クイズです。
どっちへ向かえばいい?
安全な海辺の街?
それとも、はるか遠い危険な国境の紛争地?
ぼくが選んだ答えは。
「右に行って! 右!」
「了解ッス! 右ィマァイマーーッス!!」
ハンドルを右へ。キッチンカーが大きく斜めにかしぐ。さっき外れたタイヤの軸が、まばゆい火花のアフターバーナーを噴き上げる。
ぼくは、カウンターの奥から引っ張ってきた廃油の携行缶を敵のトラックめがけてぶん投げる。
ふたが外れる。
オイルが道路一面に黒くこぼれる。
ロボ先生はまるで最初からぼくが出す答えが分かっていたみたいに、短くうなずく。
「もちろんだ」
一発分だけ、引き金を引く。
携行缶に命中。発火する。道路は一面の炎。
追いかけてくる敵ロボットがオイルに足を滑らせる。一体が転倒。炎にのみこまれる。続く二体目もつまづいて転倒。後続全てが、次々に玉突き状態で巻き込まれる。
エノーラは言ってた。
もし海辺に住んでいれば誰だって聞いたことがあるはずの「船の汽笛」を聞いたことがないって。
じゃあ、正解は右で決まりじゃないか?
ぼくらが向かうのは右の道。
国境の街ロングフィールめざして、キッチンカーは走る。どこまでも一直線に。
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