打ち上げ花火とひとりぼっちのどきどきキャンプ

 海の向こうから無数の赤い点がやってくる。まるで赤いホタルだ。

 広がったり、ちぢんだり、急に一直線に並んだり。恐ろしくきっちりした網目模様をつくって街の上空を飛び回っている。

 打ち上げ花火みたいな対空砲火が斜めに上がる。命中。


 どん。


 空一面が真っ赤に染まる。煙が流れる。どん。地面が揺れる。

 《夜間外出禁止令》はいつまで続くんだろう。夜間どころか、これじゃあ、昼間でさえまだ安心して街に降りられない。


 街の上空を我が物顔に飛び回っている赤いホタルは、敵国の自立型殺傷兵器。いわゆるAIドローンだ。ママの働く軍需工場でも、あれと同じ機械の汎用部品を作ってた。

 機械は善悪を判断しない。画像認識して目標を設定するだけ。

 赤いホタルが荷物を運べばそれは宅配ドローンだけど、もし荷物の中身が爆弾なら爆撃ドローンになる。使い道を考えるのは結局、人間の仕事さ。



 夜が明ける。赤いホタルは海の向こうに帰ったみたいだ。でもまだ安心はできない。


 ぼくの家だった場所の地下に秘密基地がある話は前にしたよね。

 ひとりで耐えしのぐぶんには十分すぎる備蓄が残ってるから、そういう意味では余裕で持ちこたえられるけど。

 もし頭数が増えてくるとすれば、ちょっと真面目に生存戦略を考えなきゃならない。


 海の方角にある空が暗い。風もだんだん強くなりかけてる。雲が近づいてるみたいだ。

 湿気が多いせいか、土の匂いが濃い。たぶん、もうすぐ雨になる。意外と雨も悪くはないかもね。だって……


「ぼくより街の人たちの方がずっと大変そうだよね」

 今はもういないエノーラの幻影に向かって言ってみる。いつもなら腰に手を当て、つんとあごをそらし、ほっぺたをふくらませて言い返してくるエノーラの姿は、もう、そこにはない。


 ひとりぼっちのぼくのもとへ現れたエノーラは、ぼくを秘密基地へ導くとそのまま消えていなくなった。

 質問。エノーラはいったいどこに行ってしまったのでしょう?

 答えは、うん、そんなにすぐ分かったら苦労しない。


 でもそれが何か? ラッキーなことにぼくはぴんぴんしてるし、備蓄食料も一ヶ月分。考える時間もたぶん、イヤになるぐらいある。

 家はきれいさっぱりなくなっちゃったけど。

 どうせ生きてる限りお腹は空くし、出るものは出るのだ。

 だったら、ついでにこれからの方針もプリッと景気良く出せばいいだけのことさ。


 決まった。出すためにはまず食べねばならない。エノーラも『先に食べておくべき』って言ってた。

 ならばまずはベースキャンプの建設だ。雨よけの屋根がいる。

 行動開始。そうだよね、エノーラ。ぼくはもうひとりぼっちじゃない。


 秘密基地から外に出るための縦穴は半分ぐらい瓦礫で埋もれちゃってて、危うく生き埋めになるところだった。秘密基地の中にはしごがあったおかげで、何とかよじのぼれたけど。 


 でも、もし雨が降ったら、大事なぼくの秘密基地が水没してしまう。


 まずは、けがをしないよう軍手をはめて。


 ばきばきに割れたガレージのトタン屋根を引きずってきて、出入り口の穴に木の枝を差し渡して、ずり落ちないようかぶせる。

 屋根の残りはルーフに使える。瓦礫の壁に斜めに立てかければ、ちょっとした雨よけになるだろう。よしできた。

 ぼくは立ち上がって、エノーラみたいに腰に手を当てて完成した匠の仕事を眺める。

 うん。いい出来栄えだ。本物の秘密基地より、こっちの方がずっと秘密基地っぽい。


 さて、次はテーブルだ。

 ガレージで倒れてたメタルラックを引きずってきて、横に倒してトタン屋根の残りを乗せる。椅子はそのへんのブロックとかでいいや。

 テーブルセットができたらお茶を淹れよう。


 物置にあったブリキのばけつを持って、ぶらぶらと裏の畑の横にある井戸へ。

 手押しポンプを上げ下げする。最初に出てくる泥水を捨てて、しばらく出しっぱなしにしていると、いつの間にか澄んだ山の水になるって寸法だ。


 井戸の横にある畑のきゅうりが枯れている。せっかくネットを張って大きく育てたのにな。きゅうり食べたいなあ。残念。

 でも、きゅうりネットはまだ何かに使えそうだ。カラスよけとか。


 そんなことを思っている間に、水汲み終了。

 では続きまして。

 サバイバルクイズ第二問です。

 お湯を沸かすにはどうすればいいでしょう?

 まずキッチンに行って……は? キッチンありませんが? じゃあなべに移して……なべもありませんが? ならばばけつをコンロにかけて火を……コンロはどこに?

 うーん……。


 ブー。時間切れ。思いつかないので後回し。


 逆に、火を起こすのはわりと簡単だ。

 火事になるから普段は絶対に外ではやらないけど、秘密基地の道具箱から、メタルマッチとフリントライターを持ち出してある。

 フリントライターは、よくある安いライターの、火花を起こす部品だけを取り出したみたいなやつだ。じゃりって回すと火花だけが出る仕組み。


 あとはそのへんの石を五徳ゴトクがわりに丸く並べて、枝をナイフで削ったおがくずと家の中の壊れた家具の燃え残りなんかを集めて、着火。


 とりあえず湯を沸かして飲めるようにしたい。水分補給がいちばん大事って勤労動員の先生も言ってた。

 もちろん備蓄用のミネラルウォーターもあるにはあるけど、そういうのはできるだけあとに——移動時のためにキープしておきたい。


 無駄に景気良く火を焚きながら、ぼくはテーブルに缶詰を並べる。


 どれにしよっかなあ。


 今夜のディナーは、パンの缶詰。スープの缶詰。焼き鳥の缶詰。よりどりみどりだ。

 ぜんぶ美味しそう。もちろん欲望に負けていっぺんにぜんぶ食べたりはしないよ。しないってば。うへへへ。


 ぼくは、ぼんやりと遠い海の向こうの打ち上げ花火を見ながら、火ばしで焼けた石をつつく。あー。これがバーベキューだったらなあ……

 燃え残りの炭が、息を吸うみたいにふっと赤くなる。

 はっ!? 

 もしかして、焼けた石を水いりのばけつに突っ込んだらサウナみたいになるのではっ!?


 ナイスアイデアだ。嬉々として放り込む。ドボン。

 すごい勢いで瞬間沸騰。熱々の飛沫が四方八方に飛び散る。ぎゃあああああ何だこの地獄絵図は。こんな砂と灰だらけのお湯なんて飲めるわけがない。


 でも、おかげで思いついた。お湯そのものは飲めなくても、缶詰を温めれば健康で文化的な食事を取ることができるってことに。


 焼き鳥の缶詰を熱湯のばけつに放り込んで、しばしのんびりと湯せんする。

 よし、そろそろいいかな。

 取り出すとほっかほかだ。


 さっきナイフで木を削っておがくずを作るときに作った串で、焼き鳥をつっつく。ぼくがおじさんなら、密造酒でいっぱいやるところだけど、残念ながらぼくは牛乳派なんだ。

 食べ終わった空き缶はきれいに洗って資源ゴミの日に——ちょっと待って。捨てるなんてもったいない。


 ぼくは空き缶に水を汲んで火にかけた。

 いい感じに沸騰している。よし、うまくいった。これで、飲料水となべ問題はクリアだ。

 よって第二問の答えは、空き缶で湯を沸かす! でした。

 やったあ、大正解。


 さてと。

 お腹もいっぱいになったし、おさゆのお茶ものんだ。食事の後は、お楽しみクイズ大会の再開といこう。


 いつまでものんびりとスローライフごっこをしてるわけにはいかない。

 現実逃避はほどほどにしとかないと。前に進むためにもね。


 ぼくは首に下げたままのIDカードを持ち上げて、ぷらぷらと揺らす。この鍵を使うべき玄関はもう、ぼくの背後でぷすぷす煙をあげてとっ散らかっちゃってるけど。

 カード本体の機能、身分証明カードとしてはちゃんと使える。街の電車やバスにも乗れるだろう。システムが動いてればだけど。


 ママの無事を確認したら次にエノーラを探す。でも、闇雲に探し回るんじゃダメだ。

 何かヒントが欲しい。


 答えの分からないクイズは、まるで開かないビンのふたみたいだ。どんなに力を込めてうんうんひねってみても、ピクリとも動きやしない。

 中身が見えているのに。すぐそこにあるのに。

 どうしても取り出せない。手が届かない。


 エノーラの家は爆弾で壊れたって言ってた。どこの街だろう? いつの爆撃だろう? 頭の中がモヤモヤして、スッキリしない。今にも雨が降り出しそうな、ちょうど今日の空模様みたいだ。


 もしかしてスッキリすれば思いつくんだろうか。


 ひらめき三上さんじょうっていうぐらいだからね。馬上ばじょう枕上ちんじょう厠上しじょう。トイレに行けばいいアイデアが浮かぶって、今の人も昔の人も考えることはおんなじだ。


 ぼくは火の元を離れるものの常として、ばけつの水を焚き火にしっかりとかける。指差し確認。消火完了。

 家の裏側だったところの物陰に行って、ご機嫌に用を足して、井戸水で手を洗う。それから。

 瓦礫の壁を曲がるところで、息が止まる。


 甲高い羽音に似たプロペラの音。カラスを思わせる真っ黒な機体に、真っ赤なプロペラ。周囲にちらちら走る、真っ赤なレーザーポインター。


 ついさっきまでは影も形もなかったものが、さっきまでぼくが座っていたあたりを飛び回っている。

 赤いホタルだ。


 ぼくの住んでいた家と、ぼくの住んでいたハイザールの街を瓦礫と灰に変えた爆撃ドローンが。

 生存者がいないかどうかを探している。


 レーザーポインターが、ばけつに当たる。次に空き缶へ。突き刺すような甲高い音がして、空き缶が斜めに空中へ跳ね上がる。

 カラン。カラン。缶蹴りみたいにあちこち向きを変えながら、ぼくの足元へと転がってくる。

 あっ、ばか、何でこっちにくるんだよ。気づかれたらどうするんだ。


 ドローンの羽音が大きくなる。近づいてくる。

 どうしよう。やばい。どうしたらいい?


 ではサバイバルクイズ、最終問題です。壁の向こうに攻撃ドローンがいます。あなたにはまだ気づいていません。どうしますか? 十秒以内にお答えください。

 一、石を投げて攻撃する。

 二、この場から逃げる。

 三、大声をあげて助けを呼ぶ。

 四、何もしない。


 ……ええっ? この中から選ぶの? どうやって? 全部無理でしょ?


 あと九秒。

 心臓が、どっ。どっ。と音を立てる。ドローンに耳があれば絶対に聞こえてる音量だ。

 本当に、どうしたらいいんだろう。肝だめしじゃあるまいし、こんなドッキリはいらない。


 あと八秒。


 攻撃する? 冗談だろ。相手は街ひとつをあっさり破壊しちゃうようなドローンだ。勝てるわけない。

 じゃあ、逃げる? 無理だってば。時速五十キロで追いかけられて、さっきの空き缶みたいに穴だらけになって終わり。

 大声をあげて助けを呼ぶ? 誰に? 山にいるイノシシにでも助けてもらう? 笑えてくるね。


 あと五秒。

 どうする。ああ、もう時間がない。どうする。どうしたらいい?

 ぼくは深呼吸する。そっとかがんで足元の石を拾う。それと一緒に——


 ドローンの赤い点滅が、壁を回り込んで近づいてくる。あと四秒。

 井戸のステンレスポンプに、黒いカラスみたいな姿が写る。

 レーザーポインターの赤い光が反射する。

 来る。

 あと三秒。

 もう、逃げることはできない。

 二秒。

 一秒。

 今だ。


 ぼくは、井戸めがけて石を投げる。ポンプに命中。

 こん、と音が響く。

 ドローンが急加速して、壁の向こうから姿をあらわす。

 その場で九十度旋回。ぼくに気づいた。羽音が近づく。ぼくは、投げた石に結びつけていたものを大きく振り出して広げる。


 カラス避けにしようと思っていたきゅうりネットに、ドローンの羽根が引っかかった。ドローンの羽根はあっという間にきゅうりネットを巻き込んで、ぐちゃぐちゃにからまり、そのまま泥んこの地面に落下する。


 甲高いモーターの音ばかりが高まる。しばらくの間、ドローンは泥まみれになって水たまりの中を転がりまわり。

 やがて、ギュギギギギ! みたいな部品の軸に石を噛んだ音を立てて動かなくなる。赤いレーザーポインターの光も消える。

 そりゃあ、精密機械だからね。泥をかぶったらアウトだよね……これ、一機いくらぐらいするんだろう? きゅうりネットで壊したって言ったらすごく怒られそうだ。


 ぽつ、とほっぺたに雨つぶが当たる。

 雨が降り出す。

 精密機械に悪天候は厳禁。たぶん、しばらく敵の赤いホタルは来ないだろう。


 ぼくはシャベルで泥んこをすくい、ドローンにたっぷりと何度も泥を塗り込んで入念に壊してから、準備を始める。


 いつ終わるともなく続いていた打ち上げ花火も、雨が降り出すと同時に止んでいる。

 雨が止んだら、ぼくも出かけよう。ここはもう使えない。急いで準備をしなきゃ。後の祭になる前に。


 旅に出るんだ。どこかで僕を待ってるエノーラを探しに。

 だって。


 ぼくはもう、一人aloneじゃないから。

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