生存競争

文重

生存競争

 俺は今、過酷な競争のただ中にいる。俺は運よく先頭集団に入れたが、後ろのやつらはどう考えても無駄な疾走をしているとしか思えない。それでも本能で進んでしまうのは、俺たちの悲しい性(さが)なのだろう。一緒に出発した億単位の同期のうちの大半が、酸の攻撃によって最初の部屋でやられてしまった。何とか酸をかわしたとしてもあの逆流だ。流れに逆らって進むのは至難の業だった。数え切れないほどの数のガードマンたちに捕まり殺されてしまった者もいる。


 やっと細い回廊に到達した。ここを通過すれば大ホールだ。だが、そこに待ち受けていたのは、俺たちを搦め捕ろうとするおびただしい数の触手だった。いつしか脱落者の数は億を超え、残りは数十万を切っている。せっかくここまで来たというのに力尽きていく者たち。そんなやつらを尻目に俺はひたすら進み続ける。


 大ホールの出口が見えてきた。しかし、ここでまさかの二股の分かれ道が目の前に現れた。どちらの道を選ぶか瞬時に判断しなければならない。なぜなら間違った道を選べば、そこには虚無と死だけが待ち受けているからだ。左利きだということもあるからだろうか、俺は直感的に左の道を選んだ。


 行けども行けどもたどり着かない。やはり道を間違えたのだろうか。一抹の不安がよぎる。いや、そんなはずはない。俺の中の内なる声が、そのまま真っすぐ進めと告げている。大丈夫、突き進むんだ!

 ここから目標までは一本道のはずだからもう間違えようがない。逆流は前にも増して激しくなっている。しかもここにもガードマンたちが待ち構えていた。時間との戦いもある。俺たちに残された猶予はあとわずかなのだ。


 あれだ! ついに行く手に神々しい球体が見えてきた。俺の選択は間違っていなかったようだ。よし、一気に加速するぞ。ライバルたちをどんどん追い抜いていく。もうすぐ透明な扉に到着する。まだ他のやつらが数十うろちょろしているが、俺がもらったぜ!

 もう帽子は脱いでもいいだろう。ふと隣を見ると他にも帽子をとっているやつがいる。まさかあいつのほうを受け入れるのか。嘘だろう? 俺じゃだめなのか? ここまで幾多の修羅場をくぐり抜けてきたのに、最後の最後で俺が負けるのか?


 諦めかけた時、俺のむき出しになった頭がするりと透明な扉をすり抜け、同時に体全体が吸い込まれていった。振り返ると扉は既に閉じ、大勢のライバルたちは皆、脱落したようだった。ご愁傷様。間一髪、選ばれたのは俺だった。俺は女神の懐深く抱かれながら、やがて誕生する新たな生命の神秘に思いを馳せていた。

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生存競争 文重 @fumie0107

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