招待

「わぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああっ!?」


「あまり、声を上げない方が良いぞ。舌噛むから」


「はひっ!?」

 

 森の中でぐっしょり。

 無残な姿で地面に倒れ伏していたゲームの主人公、ゼノと軽く言葉を交わした後、僕は彼女を伴って空を駆け抜いていた。


「はい、到着」


 目的地は当然。

 カエサル家の屋敷……ではなく、セレータへと命じて人気ひとけのない深い森の中に用意させた巨大な洋館である。

 この洋館の存在を知っているのは命令を受け取ったセレータと、実際に工事して建てた建築家たちだけである。

 当然、この中に使用人の姿はない。


「お、大きい……」


「まぁな」


「や、やっぱり神様なんじゃ……」


「神様じゃなくて、貴族様だ。ほら、入るぞ」


 僕は自分の腕の中にすっぽりと嵌り、呆けているゼノへと軽く会話を交わした後、魔法で常に清潔な状態に保っている洋館の中へと入っていく。


「おい、自称天使。お前は洋館の中に入ってくるなよ。自称女神と作戦会議でもしていろ」


「はへっ!?」


『……』


 天使は入れてあげない。

 しっかりと女神と天使で話し合って行動方針を決め、向こうの中で意見をすり合わせしてもらわないとな。


「ひ、広いし、綺麗だ……こ、こんなところに自分が入って良いの、か?」


「別に臆することはないよ。好きに過ごすと良い。それで?まずは風呂だな」


 僕は雨と泥でぐちゃぐちゃになったゼノの姿に視線を


「ふ、風呂……確かに、入れてくれるなら入れて欲しいが……お、俺なんかが良いのか?」


 庶民が風呂に入ることなどまずない。

 風呂とは貴族の特権なのだ。


「別に良い。隣に立っている奴が臭いのは不快だ」


「く、臭い……」


「それでだ。さっさと風呂に入ってこい、風邪ひくぞ……ついでに、僕もお風呂入りたいのだが」


 こいつの性自認はどうなっているのか?

 男か、女のままか、どちらだ?もしも、男のままだと言うのなら一緒に入ってしまうのだが。

 こいつの身体がどうなっているのかも知りたいし。


「い、一緒に入るぞ!な、何を言っているのかわからないが、俺は男なんだ!いや、だったんだ!だから、一緒でも大丈夫だ!」


 ……随分と、複雑そうだな。

 体に引っ張られて精神も随分と男から女に寄っている。自分の中で男としての自分と、女としての自分が相反して、かなり複雑なことになっている。


「そう。お前が良いと言うのなら良い。一緒に入るか」


「お、おう!」


 僕はこくこくと首を縦に振るゼノを連れて、共に洋館の浴場へと向かうのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る