主人公
深い深い森の中。
多くの魔物の唸り声が低く響き、常に生命の争いが繰り広げられている森。
「……冷たい」
だが、そんな森の中であってもすべてを洗い流すような豪雨の前には自然と、争いの種も流されていた。
「……ぐすっ、なんで、私は」
一時的な平和が訪れた森の中で、一つの木の下に腰を下ろしているつい先日まで男の子であった女の子が泣き言を漏らしていた。
そんな彼女の服は雨と泥に汚れてぐっしょりである。
雨のせいで少女が着ている服が体に張り付いているせいで乳首が浮き出てしまっており、それに対して彼女は羞恥心を抱いていた。
そして、それが少女の心に深い影を落とされ、彼女の絶望を加速させる。
「なんで、私は……ッ!俺はぁ!」
こんなところに逃げてきてどうなるというのか。
深い雨のおかげで生きながらえることができているが、それも長くは続かないだろう。このままこの森の中にいても魔物に食い殺される。
かといって、少女には行く当てがなかった。
もう村の方には帰れない。
自分に下衆たる視線を向けてくる村の大人たちも、女の子として村の男子と子供を作る心構えをしておきなさいと話してくれる両親にも、自分に馴れ馴れしく触れてくる友達だった男子たちにも、もう会いたくない。
このまま帰っても好きでもない男の子と無理やり婚姻させられ、そのあげくに大きくなっても色々な人から夜這いされるだけの人生だ。
そんな人生、男である自分が受け入れるはずがない。
それじゃあ、街の方に出るか。
それも駄目だろう。街での仕事もないし、誇れる技能もない。
何も出来ずに餓死するか、それとも奴隷商に捕まって奴隷になるかしかない。
もし奴隷として出されたら本当に見たこともないおっさんから……っ。
「おぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ」
そこまで想像してしまった少女は思わず胃の中のものを戻してしまう。
「……離れ、なきゃ」
獣は人の痕跡に敏感らしい。
吐しゃ物の近くにいるのは不味いと判断した少女はゆっくりと歩き始め、その場から離れ始める。
「いった……」
その途中で、少女は木の根に引っかかって転んでしまう。
「……うっ、うぅ……」
豪雨が降りつける森の中で、一人。
地面に倒れて雨に当たり続ける少女は涙を流し始める。
「大丈夫?」
そんな中で、自分の身体を雨から守るように一つの傘が差しだされる。
「……えっ?」
そちらの方に視線を向ければ。
「こんなところでどうしたの?」
そこにいるのは傘を持ったゾッとするほどに美しい少年が立っていた。
その背後には、雨が晴れたことによって少年へと差し込んだ日の光に、真っ白な羽を携えた天使が輝いている。
「神、様?」
少女は、少年を見つめながらぽつりと言葉をもらすのだった。
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