メイド

 方針は決めた。

 だが、だからと言っていきなり過去の自分をがらりと変えるのも違和感が強いだろう。

 少しずつ印象に関しては良いだろう。


「思ったよりも理論的だ……高位次元魔導論証とかアトラスの法則とか当たり前のように出てくる専門語がまるでわからん」


 というわけで普通に日常を送っている僕はやってきた書庫の中で頭を抱える。

 適当に一つ、魔法に関する書物を手に取ったのだが、その中身はまるでわからなかった。


「まぁ……そんなものか。いくらここの文明レベルが高くないと言えども、学問が高度になるのなんて紀元前からだものな。いきなり入れるレベルじゃないか」


 僕は適当に取っただけの本を元の位置へと戻し、もっと簡単そうな本を真面目に探しに行く。


「……ぁ?」


 そんな中、僕はこそこそ書庫の中で本を開いているメイドの姿を発見する。

 本とは非常に高価なものだ……当然、この書庫の中にある本は我が血族だけのものであり、本来は


「何をしているメイド」


「……る、ルガン様!も、申し訳ありません」


 熱心に本へと視線を送っていたメイドは僕を見て慌てて頭を下げる……そんなメイドの手にあるのは魔素熱に関する本である。


「動くな」


 僕は今にも恐怖で泣き出しそうなほどに震えているメイドの手にある本を取り上げ、代わりに一つの本を本棚から取り出す。


「こいつじゃ駄目だ。この作者は耳障りの良いところだけを語るインチキ野郎だ。読むならこちらの方がよい」


 そして、それをメイドの手へと強引に握らせる。


「えっ……え?」


「あまり知らせてはいないことだが、既に魔素熱は不治の病から治療法が確立された病となっている。治療に必要となる薬の材料が高価すぎてあまりポピュラーにならないが、それでも金さえあれば素人でも治せる病である」


 僕はこれでも貴族家の者であり、持っている小遣いの金額も規格外。

 己が懐に仕舞っている財布を取り出してそれごとメイドに渡す。


「ど、どういう……こと、でしょうか?」


「……わざわざ僕に説明させるのか?お前、魔素熱に罹ってしまった母を持つメイドであろう?金と治療法が明瞭に書かれた本をやる。さっさと治してやってこい。しばしの暇なら認める。父上とてたかがメイドの一人や二人に僕が勝手に使っても何も言うまい。さっさと帰って来いよ。本は最悪捨てることになっても構わぬ。ではな」


 僕は自分にとって何の痛手にもならない金と本をメイドに与え、恩人ずらしてみせる。


「……ッ!あ、ありがとうございます!今回の恩!私は障害忘れはしません!」


「好きにしろ。だが、二度僕の前でこの話をするなよ?僕は覚えてないから、己の知らぬ話などしたくない」


 僕は自分のキャラを最低限崩さず、メイドに絶対的な恩を与えてその場を立ち去るのだった。

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