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飲んだくれ共の巣窟と化した本堂で、天青は抜け出す機会をじっと窺っていた。
放っておいてくれればいいものの入れ代わり立ち代わり、まあ一献、と顔なじみの妖人たちが徳利や酒瓶を持ってやってくるのだ。
玉藻を待たせているというのに……内心の苛立ちが明らかに態度に表れていようとも飲兵衛には何の関係もない。
わっはっは、ぎゃははと大笑いしながら肴をつまみながら秘蔵の酒を惜しげもなく干していく。大体、酔っている振りをしている者の方が実際に酔いつぶれかけた者よりも多いからなおさら性質が悪い。
「よぉ、蛟の。嫁さんはどこいったんだい」
「そうだそうだ、ウチのとどっちが美人か見比べてやろうと思ってたのによ」
「させるか――貴様らの目に触れさせるのも惜しい」
天青の一言にひゅうと妖人たちが囃し立てる。
どんな返答をしたところで面白がる連中ばかりなので厄介ではあるが取り繕う手間が要らぬので楽でもあった。
「ねえ蛟の旦那ぁ、もうひとりぐらい嫁を迎える気はないかいね? ほれうちの子とかずうっとあんたのことを好いてたんだよぉ」
べろべろに酔って声を掛けてきたのは狸の妖人だ。
目鼻立ちがくりくりとしたこの母親に似ているとすればおそらく美人ではあるのだろうが相手にするつもりもない。無視を決め込んでいると「ちょっと待った」と狐の妖人が狸の妖人を突き飛ばして天青とのあいだに割って入った。
「天青と結婚するのはあたし! ずうっと決めてたんだからねっ……あんなちんくしゃ、あんたには似合わないからとっとと離縁しちまいな。いつまでも待ってるからねえ」
「なにすんだいこの年増の女狐っ!」
「なにが年増だこの太っちょの狸め」
「太ってなんかない、ふくよかって言うんだこういうのは。見なよ、このたわわな胸を!」
言い争いからつかみ合いの喧嘩に発展した妖人たちのやりとりに、酒飲みたちがどちらが勝つかの賭けごとを始める。
いまが好機と、天青はそっと気配を遮断して誰にも気づかれないように本堂を出た。
静謐な気が満ちた廊下に出れば、纏わりついた妖気がはがれて少し呼吸が楽になる。
互いの気を擦り付け合うことによって強さを誇示する妖人たちの習慣によるものだが、混ざり合った臭気で酔いそうになる。
玉藻の肌の清らかな芳しさを思い出し、天青は歩みを早めた。
妖人たちの会合は悪趣味なこの陽月社殿で開催されることが常だが、唯一気に入っている場所がある。
それが玉藻に先に行くように言った中庭だった。
「――っ!」
「……は……っ」
耳に飛び込んで来た争うような声音と悲鳴――天青は中庭に満ちた靄の中に飛び込んだ。先ほどの宴席で見たようなつかみ合いが、此方でも繰り広げられているとは思いもしなかった。
玉藻に掴みかかっていた鳳を、天青はすぐさま引きはがした。
『蛟、構うな。儂はこの娘と話しておるだけじゃ』
鳳は頭の中に直接話しかけてきた。
言葉にして話すのではなく、頭の中に直接意識を繋げて思考を同調させるという妖人の技である。
天青は顔をしかめた。玉藻には聞かせたくないということだろう――どういうつもりかは不明だが。
『いい加減にしろ――この娘に触れていいのは私だけだ』
『はあ……まあよい。とりあえずはな』
鳳は天青を睨んでから、玉藻に目を向けた。
「……行くぞ」
「はい、天青さま」
そのまなざしはまるで――愛しい相手に焦がれるような、憎らしい相手に執着するような……相反する感情が入り混じったような色味を帯びていた。
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