第11話 近藤先生の秘密②

「奈津子が死んでから、もう20年になるのか‥‥俺は歳を取っちゃったけど、奈津子はあの頃の可愛いままだな。今日は奈津子に言い難い話をしなくちゃいけないんだ‥‥この校舎も、残しておくのにはもう限界かもしれないんだ‥‥実はこの前、大地震がきたら校舎の倒壊の恐れがあるって診断されちゃって、次回の旧校舎保存会会議の時に、反対派の人達から、追求を受けそうなんだよ。なんとか守ろうと思ってたんだけど‥‥ごめん‥‥‥」

また少しの沈黙の後、近藤がまた話し出した。

「奈津子とのこの時間も‥‥もう限られてきてしまうと思う‥‥本当に‥‥‥ごめん」

近藤は震える声で言った。

「奈津子のこと‥‥守ってあげられなくて‥‥‥ ごめん‥‥‥」

近藤は泣いていた。声だけを聞いている翔と優にも、あからさまにそれがわかった。翔と優は顔を見合わせた。興味本位でここに来たが、近藤が頑張って校舎を守りながら、想い人の未練仏に隠れて会いに来ていたとは、想像もつかなかった。2人は複雑な気持ちになってきた。

「奈津子‥‥‥本当に大好きだよ‥‥」

その言葉の後すぐに、近藤が動き出した気配がした。2人はマズイっと思ったが、咄嗟のことにどうすることもできずに、硬直していた。足音はこっちには来ずに、数歩だけ歩いたような音がして、止まった。そして、近藤のすすり泣く声だけが聞こえる。翔と優は、どうしようという気持ちと、中の様子が気になる気持ちで葛藤していた。2人は顔を見合わせ頷くと、また教室に顔だけ出して、中の様子を覗いてみた。最初に目に入ったのは、近藤の後ろ姿だった。さっきまでソファに座って話していたが、こちらに背を向けて立っている。そしてその立っている場所は、さっき女子高生が立っていた場所と同じ位置だった。近藤は、触れることのできない未練仏を抱きしめよう、寄り添おう、触れようとしていた。もちろん、触れられないことなどわかっているはずだ。本当にその彼女のことを愛しているのだろう。触れることはできないが、気持ちで抱きしめていたのかもしれない。その姿に、2人の胸も締め付けられる思いだった。2人は顔を引っ込めて、目を合わせると、静かにその場から離れていった。さすがの優も、これ以上隠れて見ているのは、よくないと思ったのだろう。優はチャラチャラした感じのお調子者だが、根は優しい。ちゃんと人の気持ちや思いを理解できる人間だ。2人は来た道を戻って、旧校舎から出ていった。旧校舎から出てしばらく歩くと、優が言った。

「昼休みに近藤が職員室にいなかったから、また放課後にでも行かないとだな」

「うん、そうだね。また放課後にでも行ってみるよ」

翔が答えた。2人の会話はそれだけだった。その後は普通に教室に戻り、いつもと変わらずに過ごした。何も言わずとも、今見たことを胸の奥にしまっておこうと2人は思っていた。なぜ旧校舎が壊されないのか、なぜ旧校舎の裏口の鍵が空いていたのか、なぜ教室にソファが置いてあったのか、なぜ近藤は結婚しないのか、色々な謎が解けた気がした。そして、人が人を想う深い愛に、触れた気がした。

未練仏の存在する世界。

存在してることにより、色々な人間模様、そしてそれぞれの人が、どういう想いで生きているのか、生きていたのかを、考えさせられる。

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